9.諦めた方がいいのかな……?
「お姉さま、顔色が悪いわ」
「うん……なんか、ちょっと……」
義妹のメロディとヴィーラント様が見つめ合っていた光景に私は動揺してしまいました。もしかしたらヴィーラント様はメロディの事を好きになっちゃうのでは? だってヒロインだし、可愛いし……。
乙女ゲーの中のメロディだったら、正直ナイけど今のメロディは私を気遣える優しい子だもの。成績だってSクラスに入れる位で脳内お花畑にはなっていないもの。
私は一年間ヴィーラント様と仲良くしていたけれど進展もない位で……メロディは婚約者もいないし、私みたいに面倒な立場もないもの。
普通に考えて私は殿下の婚約者候補になっているのだから、隣国の王太子とどうのこうのっていう話になるはずがないわよね。私の不貞問題になっちゃうもの。
ヴィーラント様と会えて浮かれていたけれど……いくらお兄とマリアンヌ様と私の中ではお兄と婚約も結婚もないと思ってはいても、表向きには私の方が婚約者の立場が優位だと思われているわけで。
お兄はヴィーラント様には一応婚約はないとか、色々話してくれているらしいけれど、それでも何の進展もなかったんだもの……。
それなのにヴィーラント様が助けてくれたりするから……。今日だって頬に触ってきたり……ああいう事をされるからつい、もしかしてだなんて期待しちゃうのよ。
でも、メロディの事も助けていた……。あんな風に視線を絡めるように目を合わせて、ヒロインのメロディを好きにならないはずないわよね。
私は中身が変わったとしても悪役令嬢枠のファビエンヌなんですもの。
「お姉さま、お休みになって! 本当はちょっと聞いて欲しい事があったのですけれど……私の話なんかよりもお姉さまのお体の方が大事だわ!」
馬車が我が屋敷の車止めに到着するとメロディが私を支えるようにしながら馬車を降りた。別に具合が悪いわけでもないけれど、今はなるべくメロディと顔を合わせたくなくてメロディに言われるがまま自室に引っ込んだ。
昔は離れのボロ屋が私の居場所だったけれど、一応王太子殿下の婚約者候補になったので体面上、私の部屋も本宅に用意されました。でも部屋の中に物はあんまりないですけど。客室となんら変りはない位。
別にそれで私的には何も問題がないので。離れのボロ小屋に比べたら暖炉もあるし隙間風も入って来ないので快適です。
「お嬢様? どうされました?」
メロディがお休みなってくださいね! と言っていなくなってから私はソファに横になり、ぐでーっとしてました。小さい頃から味方になってくれいた侍女のコラリーが失礼しますと部屋に入ってきたのに私は復活できずぐだっとしたまま。
「どうもするけど、どうもしないよ……」
なんですか、それとコラリーが笑った。お茶を入れてくれたので座り直してコラリーのお茶を飲んでちょっとほっとした。
「はぁ~~……」
「……本当にどうされました? ボロ小屋に追いやられても全然平気だったお嬢様がそんなに打ちひしがれて」
そりゃ打ちひしがれもしますよ。これからどうしたらいいのかしらね? 私の中ではすっかり勝手に! ヴィーラント様について隣国に行く気になっちゃってたわ。隣国バルリングのお勉強もいっぱいしたのに。ヴィーラント様を避けた方がいいのかしら? でも学校に行っちゃうとどうしたって顔は合わせるわけで。
「どうしたらいいか分かんない」
コラリーについ、愚痴ってしまいます。
「……本当にお珍しい。父親に冷遇されても義理の母に罵倒されても飄々としていらっしゃるお嬢様が!」
そこはほら、ファビエンヌってこうやって育ったんだねー、みたいな? 自分なんだけど俯瞰で見られるというかそんな感じだったから。
ただヴィーラント様に関しては私の意志ですからね! 最初は勿論推しが見たかった、推しと会ってみたかったってだけだったけれど。実際に会って話して接した今となっては……。
もしヴィーラント様がメロディを選ぶなら私は夜逃げでもしよっかな……。お兄、助けてくれるよね? 私の事は死んだ事にでもしてくれないかな? そしたら家にもバレないし、お兄達の婚約にも問題ないし。
一人でぐだぐだ悩んでいても仕方ない! やめやめ!
そう思うのに帰り際の光景がどうしても過ってしまって心がぎゅっと苦しくなってしまう。
これからイベントが色々あるのにな~……。イベントを見せられる事になるのかなぁ? だってこの乙女ゲーの世界の主人公はメロディなのだ。きついねぇ……。
「今日はさっさと寝る事にする」
「その方がよいかと。明日には元気なお嬢様に戻れますように」
くすりとコラリーが軽く言ってくれてちょっと気分が上昇した。そうだよね。ぐだぐだしていたってどうしようもないもの。
…………そう思っていたんですけどね。
「ファビエンヌ……大丈夫か?」
「…………一応。多分。でももう脱落しそう」
お兄がこそりと話しかけてきたので私は泣き言を言います。
「メロディはヴィーラント狙いなのか?」
「…………知りません」
私達三人は生徒会に所属しています。ヴィーラント様は隣国の王子殿下なので生徒会役員ではないのですがいつも手伝ってくれているので準役員みたいな感じでしょうか。
なのでいつも授業が終わった後は生徒会室にいる事が多かった私達ですが、そこにメロディがきました。私と馬車が一緒なので仕方ないとはいえ……。
図書室で待つとか出来るではないの? それなのにメロディがお姉さま~と現れるとヴィーラント様が生徒会室で待てば? と声をかけていました。
そして今現在。確かにヴィーラント様は生徒会役員ではないし、メロディも違う。お兄殿下と将来の王妃様、そして私と他の生徒会役員と年間行事の打ち合わせとか、予算の事とか会議をしているのですが、ヴィーラント様とメロディが仲良さそうにこそこそとお話中です。
勿論私達の邪魔にならないように声は聞こえない位に小声ですし。邪魔にはなりません。
でも!
私には二人がいちゃいちゃしているようにしか見えないですよね。
そっか~……私とは一年かかってもちょっと仲いいよって言える位でしかなかったのに、メロディとはたった一日でこそこそ話をする位になっちゃうんだ……。
「ファビー……」
マリアンヌ様が心配そうに私を見ています。ごめんさい、大丈夫です! 私が諦めればいいだけですものね。何しろメロディはヒロインだもの。ヴィーラント様狙いならそりゃあっという間にそうなるよね。はぁ……。
上の空のまま会議を終えました。あとで資料をきちんと読み返さないといけないですね。
「お兄……」
ちょんちょんとお兄の制服の袖を引っ張った。ヴィーラント様の方は見たくなくて背を向けている。何が悲しくてメロディと仲良くしているとこばかりを見せられなければならないのか。
「家を出るの、早めてもいい……?」
「いや、ちょっと待て」
「だって……メロディはもうお花畑にはならないだろうし。これ以上長引かせてもお兄とマリアンヌ様の邪魔にしかならないもの。王都にいれば父と義母に見つかるかもしれないし……もう、早く出たい……」
「…………準備は色々しているが急すぎる。もう少し待て。……待てるか?」
お兄が私の肩に手を置いて私の顔を覗き込んできた。マリアンヌ様も心配そうに私を見ている。
「ちょっとだけなら……」
本当に、きつい。メロディの事は嫌いじゃないけど……悲しすぎるね。
「あんの……ヘタレがっ!」
チッとお兄が舌打ちしてます。王子殿下が舌打ちってダメだと思うんですけれど? マリアンヌ様的にどうなの? と思ったらうっとりしてお兄の事を見上げていました。あー、うん。ちょっと荒い所も偶に見ると新鮮に見えるよね。ご馳走様です。ラブラブで羨ましいね。
「ファビエンヌ嬢? どうかしたのか?」
おおっと! ヴィーラント様が私の方に来ました。メロディを置いてきてますよ? するとヴィーラント様が私の方に手を伸ばしてきて私はびくっとし、ついすっとその手を避けました。
「!」
あ、……あからさますぎたかしら? だって……メロディに触れた手で触れないで欲しい。
「ご、ごめんなさいっ」
つい! お兄の後ろに隠れるように逃げてしまいました。だって、お兄は無条件で私を守ってくれるんだもの。前世の最後だって……自分の事よりも私の事を守ろうとしてくれたんだもの。今は本当の兄妹じゃないけれど、それでもいつでもお兄はお兄だったんだもの。
お兄の広い背中が私とヴィーラント様を隔てていました。
「マリアンヌ」
お兄が振り向きながら私をそっとマリアンヌ様の方に押し、マリアンヌ様は行きましょう、と私を抱きかかえるようにした。
「お姉さま! 昨日も具合が悪そうでしたけど、治っていないのでは!? 早く帰りましょう!」
メロディがたたっと小走りで私の傍に来た。
「ファビー……うちに来ない?」
マリアンヌ様が小さな声で私を気遣ってそう声をかけてくれましたが私は俯いて首を横に振りました。ずっと迷惑をかけっぱなしなのにこれ以上迷惑なんてかけられないよ。
「お姉さま、帰りましょう! 殿下、マリアンヌ様、ヴィーラント様、失礼致します。行きましょう」
メロディが私を支えるようにして生徒会室を出た。ヴィーラント様のお顔は見られなかった。見たら泣いちゃいそうで……。
メロディはヴィーラント様の事をどう思っているの?
「お姉さま、ヴィーラント様の事だけど……」
帰りの馬車の中でメロディが口を開いてびくっとしてしまった。何? 譲ってとか言われたりするの?
「あの方、ヘタレじゃないですか!? どこがいいのです!?」
「ヘタレ」
…………乙女ゲーの世界ですが、ヘタレって言葉あるんですか? 一応なんちゃって西洋な感じの世界ですけど、ヘタレ。元が日本のゲームなんだからアリなの? そりゃ制服が高校生みたいな制服だし。でも一応お貴族様の世界でドレスとか社交界とか、そういう世界のはずなんですけど。
「お姉さまをお任せするにはちょっと頼りがいがない気がします」
ええっと……メロディはヴィーラント様の事は好きではない……? なんだ、とちょっとだけほっとした。メロディがその気じゃなくてもここは乙女ゲーの世界。男性はヒロインにメロメロになる世界だもの。
ヴィーラント様の気持ちが分からないのだから……。でも、少しだけ、安心してしまった。まだ、ちょっとだけとはいえ望みはある? どうかしら……?