陽炎の傷跡④
翌日。彩花が目を覚ますと、夜月は台所に立って朝食の準備をしていた。
「おはようございます。彩花さん」
夜月は彩花を見るといつものように可愛い笑みを浮かべて挨拶をした。基本的に夜月は寝て起きると、元気になることが多い。しかし、彩花にしてみれば、気を張っている姿にしか見えなかった。今回の原因は明らかに魔王のせいであると分かっている彩花は湧き立つ気持ちを抑えて会話をする。
「今日も魔王の所に行くでしょ?だったら私も行くよ。」
彩花はいまだに眠っている希の側に座って見つめながら夜月に提案する。
「でも希ちゃんはどうしますか?」
夜月は封魔に希を見せるのに抵抗があるようで、ためらいながら話す。
「別に魔王だって襲う事なんてしないでしょうし。見せても減らないよ」
夜月は彩花が封魔に怒鳴っていた事が忘れられず、再び怒るのではないのかと心配で悩んだ。
「彩花さんはもう怒りませんよね。」
「怒らないけど?」
想像以上に大人しい彩花の姿に違和感があるものの冷静になっていることが分かったため、夜月も楽しそうに行く支度をする。
朝食を食べる二人にようやく起きた希がうめき声で応える。
「怖い夢を見たのでしょうか?」
夜月は希を抱っこすると、台所に向かい哺乳瓶を持ってミルクを作る。
乳幼児のミルク作りに慣れていない夜月は、手間を惜しまず、基本に忠実に作る姿が新妻感があり、可愛く感じる。そんな姿を見た彩花は今まで近くで仲良くしていた幼馴染が遠ざかってしまったような感覚になり、悲しくもあり、嬉しくもある落ち着かない行動が増える。
「もう大丈夫かな?」
人肌に冷ました哺乳瓶を片手に確認しながら準備をする。
「夜月も食べたら?希ちゃんは私が見るから。」
夜月が付きっきりで希を見ているのが気になっていた彩花は率先して世話をすると言う。
「ではお願いします」
彩花に希を預けて夜月も朝食を食べる。
希は彩花にも嫌がる事なく笑顔で見ている。
「可愛い」
彩花は希の柔らかい頬をつねって遊ぶ。
「夜月に似てる。」
「そうですか?」
ご飯を食べながら話を聞く夜月は希の方を見つめて自分と比較する。可愛いと言われるのは嫌いではないが、恥ずかしさもある。
夜月がご飯を食べ終えると、希も嬉しそうになり、夜月の方に抱っこを求める。
「やっぱりお母さんが良いのね。」
彩花は夜月に少し悔しそうな表情を作って見つめる。
「もう魔王の所に行く?」
「行きます」
夜月は彩花が提案を冗談と言う間もなく応えた。
時計の針は、八時前。従来の病院は、九時以降にしか開かないものである。しかし、無条理な戦いの中で建物の形とともに固い考え方が無くなり、臨時で開いている。
現在の病院は、中央フロントの広場に仮で建てられているテントで賄っており、順次患者の容体を見ている。
「本当に心配なのね。夜月は…。」
彩花にしてみれば失敗してしまった発言であるが、そう言う彩花自身も封魔に合いたい事には変わらなかった。
「私は先輩がまた暴走してしまうのではないのかと心配で」
「そうでしょ」
「彩花さんだってそう言う気持ちありますよね…」
夜月は地震だけが打ち明けるのが恥ずかしく感じたのか、彩花に対しても同じように質問した。
「私は別に心配なんてしていないから、ただ夜月が行きたそうだから行くだから…」
お互いに思いを正直には言わずにいるが、気持ちだけが先急ぐことで言わなくても伝わり、何も言えない空間の中、行く準備だけが淡々と出来て行く。
「彩花さん。行きますか?」
静かな空気に耐える事ができなかったのは夜月だった。支度を整えた事でやる事がなくなり、家から出るしかなかったのだ。
「行きましょ」
ぎこちない二人は、玄関から出ると、歩く速度を合わせて進む。
『お互いに分かっているのになぜ静かになるのですか?魔導書の私には分かりません。』
アイリアが目覚めたのか、急に空気を切るように口を開いた。言い返せない二人は、目を合わせて病院の道すがら封魔の話を始めた。
「先輩は本当にどうしようもないお人好しです。」
「全くだわ。しかも女子にはさらに優しくする変態だし。」
「はい。」
二人は今まで言いたかった事を恥ずかしさを忘れて暴露する。時折、ため息とともに愚痴を溢すこともあった。しかし、どう話を続けて行っても恋焦がれる少女たちの嫉妬があり、思いがなくなる事がなかった。
お互いが言い切る前には、病院がある中央フロントに着いてしまい、笑顔で封魔が休んでいるテントへと向かった。
「お互い大変ですね」
「えぇ。そうね…」
二人が封魔の休むテントに入ると、封魔は未だに寝ていた。いつもと違って大人しく何をしてもバレない状況であった。二人で封魔を挟むように座り、目が会うと封魔の頬へと近づき、少し恥ずかしい悪戯をして、笑顔を作った。
「内緒…ですね」
夜月は頬を赤らめながら口元に立てた人差し指を当てて言った。
夜月と彩花が封魔の休む病院の仮設テントに入ってしばらくすると、連れてきた希が眠っていた封魔をおもちゃのように叩いた。
「イテ。」
封魔の目の前は、小さな手が見えた。
「おはようございます。先輩」
夜月はいつもと変わらず笑顔で挨拶をした。
「今日も来てくれたのか?」
「当然です。私は先輩の監視をしているのですから」
封魔はお見舞いをしてくれたことに嬉しくなり、ホッとしていた。
「笠木も来ていたのか?」
「何よ。」
彩花は封魔に強い口調で反応した。
「暇なの?」
「はあ?あんたには興味ないわよ」
彩花は先程の行動を思い出してしまい、顔が少し赤くなった。封魔も彩花の調子が悪いことに気がついて見つめる。
「大丈夫か?熱でもあるんじゃ…」
封魔は彩花の額に手を当て、熱を確認する。自分の額にも手を当てる。彩花はいきなり触れられたため、熱を上げてしまう。
「大丈夫か?熱が高くなっているぞ。笠木こそ、休めよ」
彩花は封魔の行動に一々反応してしまい、見ている側も焦ったさと恥ずかしさでいっぱいになりそうな雰囲気になっていた。
「どうした?夜月。」
「何もありません」
見ていた夜月からは、彩花だけに優しくする封魔に嫉妬の視線を送っている。
「夜月?」
「はい。どうしましたか?彩花さん」
夜月の頬は大きく膨らみ口を尖らせながら言った。
「ごめん。私が悪かったから。」
彩花は夜月に何とは言わないが、謝罪し続ける。
「何かしたのか?」
「何もしていませんよ」
夜月の気持ちには、動揺と戸惑い、恥ずかしくもあった。
「私たちの話は良いのよ。あなたの体は大丈夫なの?」
彩花はいつの間にか封魔の事を『魔王』と呼んでおらず、笑顔も増えていた。
「彩花さん?」
夜月は彩花の封魔に対する対応の違い、驚きが隠せなかった。
「九時三〇くらいには、診断があるみたいだから、終わり次第。今後の事を話そう。」
封魔は動じる事なく、彩花の質問に応える。
時刻は九時二〇分を過ぎており、テントの外では人の通りが増えているように感じる。
「診断の時間がそろそろで行くけど、二人はここで待つか、他の所に行って良いぞ」
「私も行きます。」
「同じく」
二人は封魔の診断に興味があるようで、率先して行く準備をする。
「行きますよ」
夜月は封魔の側に立ち、一緒に歩く。一方で、彩花は希を抱えて前を先導して歩いている。
「それで」
「何よ。」
封魔は彩花の胸元を見つめて言いました。
「その子、誰?」
「え?」
封魔と希の初対面であったことなんて忘れていた夜月と彩花は、思い出したかのように紹介する。
「この子が学校で保護した子でして、希ちゃんと言います」
「へー」
封魔はどこか間の抜けた声で言葉を返した。
「私たちが育てるのよ。少しは興味を持ちなさいよ」
「え?育てる?俺たちが?」
なぜよその子を育てるのか分からない封魔は、不思議そうに二人の顔を交互に見て確認をとってみる。
「この子、親御さんがもう亡くなってしまったようで、加えて私が見ていましたから」
「そうなのか?」
大抵の場合、預かる側の生活を見ることや生活に対するメンタルチェックがあるものだと考えていたが、封魔自身で考え直してみる。
「まあ。やるしかないか。子どもを助けるのも必要なことだからな。」
封魔は仮設テントの外に出ると、医師が診断している仮設テントに入った。待合室には数人が座っており、負傷の具合も軽度から中度の人が集まっていた。
「望月封魔さん。一番にお入りください。」
呼ばれた封魔は一人で歩き、紙に一番と書かれた診断室に入った。
「昨日ぶりだね。ちょっと見せてくれるかな?」
医師は男であり、前振りをした後に健診をする。
封魔は何も考えず、体を出して医師に診てもらう。
「ちょっと。」
彩花は妙に気にし出して、目を閉じて顔の向きを変えた。
「俺の体を見たくないのに何で来たんだよ。」
彩花は急に篭って話しだした。
「別に恥ずかしいわけではないけど…」
封魔は落ちていた写真立てに写っていたのは、幼い頃の自分と行方不明の麻奈が笑顔で写っていた。
一人で写真を見ていると、クルスリアが玄関から来ていた。
「どうした?」
『客が来たぜえ。マスター』
「先輩。私の家で晩ご飯を一緒に食べましょう」
夜月は封魔がすっかり忘れる頃の約束であるご飯の振る舞いを招待する。
「夜月。どうしてこの男と一緒に食べないといけないのよ」
拒絶している彩花をよそに封魔を家に招き入れて晩ご飯の準備を行う。
「彩花さん。麻奈さんもいないですし、今は緊急時なので、一緒にいる時間を多くした方が不安も少なくなると思います」
夜月の仕方ないの発言に封魔は寂しさと疎外感を感じながら聞いていると、彩花が先ほどと打って変わって顔をニヤつかせながら見つめる。夜月は、全く気付いていないようで話を続けていた。
「先輩。今日は彩花さんも手伝ってくれたのですよ」
彩花が手伝った料理と聞いて封魔は、毒薬でも入っているのではないかと心配そうに皿に盛りつけられたビーンズカレーを持ち臭いを嗅ぐ。
「ちょっと、先輩。彩花さんに失礼ですよ」
夜月は彩花の料理を食べたこともあったため、おいしそうにいただく。
「あんたに食べさせるために作ったわけじゃないのに毒物を入れないわよ」
彩花が封魔に作った場合、殺す気で作ると宣言した姿が恐ろしく見えた。
「あんたも食べなさい」
心配そうに封魔は、夜月の顔を見ていると、彩花は封魔の口に作った料理をねじ込んだ。
「う…うまいな…」
封魔は全くなく、おいしい晩ご飯を食べる。
「当然でしょ。私が作ったのだから」
彩花はどこから湧いたか分からない自信で封魔に言う。
「それでは私も食べよう」
封魔の魔導書クルスリアがネックレス状態から人型になり、彩花の料理を椅子に座り待ち構える。
「アイリアもどうだ?」
『私もいただきます』とアイリアも人型になり、椅子に座る。
「先輩、今後のことですが、恐らく学園内には魔王と言う存在に神経質で先輩を殺そうとする人もいます」
「確かに…彩花にも最初は殺されかけたし、夜月にだってあまりいい評価されていなかったしな…」
「何よ」
彩花は不満げに問いかける。
「彩花さん言及はあとで、私が言いたいのは私たち以上に魔王を敵視している人が学園内に多く居ますので殺されないようにと言うことを助言します」
夜月も少々不満げな態度で封魔に助言を行う。
助言する理由は、学園にいる生徒の多くは、ずっと魔法都市に住んでおり、教育において魔王は敵として教わっているためだという。
「俺は何もしていないのにか?」
「当然、魔王なので脅威だろうな」
「あなたが魔王の力を制御出来たら和らぐと思うけど」
「魔王化を制御するまで脅威には変わりませんね」
三人と二冊の魔導書は晩御飯を食べながら今後の話し続けた。
「食い終えたから俺は帰る」
封魔は、晩御飯を食べると自分の家へと帰って行った。
「明日は早いので、遅く寝てはいけませんよ」
夜月は、封魔の健康に対して指示した。
「まるで、母だな」クルスリアは、笑いながら冗談で言ってみる。
「先輩。さっさと寝て下さい。もしかして、私に寝かしてもらいたいのですか?」
夜月は不気味な笑顔で封魔に案内する。封魔とクルスリアは夜月の機嫌を損ねたことに後悔した。
「遠慮する。ではまた明日…」
「じゃあな」
封魔の別れの挨拶に隣の部屋でありながら笑顔で大きく手を振る。
「怖かった。夜月に怒らせないでおこう」
「そうだな」
二人は部屋に入り、お風呂に向かいながらそう呟いた。
『マスターも大変だな。魔導書と契約して最初に魔道着を着て、一般的な魔導士と同列になったのに先週は、魔王化までしてしまったのだ。体が休んでいても危険な状況は変わらないようだな』
クルスリアは洗面所で服を脱ぎながらマスターである封魔の体調を心配そうにする。
「お…おい、そう言いながらマスターより先に入るのか?」
封魔は今言っている事と異なった言動をとる下着姿の魔導書に目を逸らしながら聞く。
「何を言う一緒に入れば良いだろ。マスターと魔導書は一心同体だ。マスターはこういうのは好きだろう…」
クルスリアはそう言うと、バスタオルを巻き封魔の右腕にしがみつく。
「まぁそうだな」
二人は一緒に入る事にした。
「マスターのご奉仕は私、魔導書の責務だぜぇ」
封魔にとって久しぶりのお風呂と妹のような関係に嬉しくなっていた。
「全く、先輩は何をやっているのですか」
夜月は耳を封魔の部屋側の壁に着けて会話の内容を全て聞いていた。
「私には夜月の方が何をやっているのか気になるわ」
彩花は壁に押し付ける夜月を心配にじっと思い見ていた。
「こ…これは、先輩が魔導書に不純異性交遊をしていないかを確認を…そういう彩花さんは何をやっているのですか?」
彩花も夜月同様、封魔の部屋側の壁にコップを壁に着け反響音を聞いていた。
「これは魔王の監視よ」
夜月と彩花はお互いの言い訳を答えながら怪しい行為を続けていた。
「私たちもお風呂に入りましょうよ」
魔導書のアイリアは、クルスリアと違い、マスターであるヘンタイな夜月と只のヘンタイな彩花をお風呂の方へと連れて行こうとする。
「ちょっとアイリアさん。魔王を監視しないといけないのよ」
「先輩の監視役でない彩花さんが行動を確認しないで良いのではないでしょうか」
「夜月が先にお風呂に入った良いでしょ」
「そうはいきません」
二人の言い争いを見て疲れ切ったアイリアは、大きな声で怒鳴った。
「二人ともいい加減入って下さい」
「はい…」




