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ユーキに送ってもらうわけにはいなかなくて、ダイニングには寄らずにそのまま外に出る。ひとつの決意を胸に秘めて。
雨はさらに激しくなっていて、傘を持たない私の体を伝って落ちていった。素足にはいたミュールが泥だらけになっていたけど、私は少し早い歩みを止めようとはしなかった。
アルを、幸せにしてあげたい。そのために、アルがまだここにいるうちに、かすかにでもリシィのことを思い出せたら。
私にできることは、きっともうそれだけ。
十六年生きてきた奏子の記憶がどこへいくのか、気にはなるけれど、もうそれもどうでもいい。
アルは、リシィを守れなかったことを、ずっと後悔してきたんだ。
もしこのままリシィに会えなかったら、アルは、この先もずっと、自分を責め続けていくのだろうか。いくらアル達が長寿とは言っても、百年も彼女を追い求めるのは並大抵のことではない。それでもアルは……
雨の降り注ぐ暗い空を見上げる。涙は、雨に隠れてすぐに冷たくなる。
ねえ、アル。
隣にいない誰かを想うのは、切ないね。今の私なら、アルの気持ちが少しだけ、わかる気がするよ。
リシィに、会いたいよね。
私がリシィだった時のことを思い出せたら、またアルは私に笑ってくれるのかな。たとえそれが、奏子にむけたものでなくてもいい。もう一度、心からの笑顔を見せてほしい。
私は立ち止まると、両の手を開いて、じ、とそこを見つめる。
きっと、彼女は私の中にいる。確信めいた気持ちが、今の私にはあった。答えは自分の中にあるのにどうにもならないもどかしさ。それが、腹立たしくてくやしい。
だから、私はこうすることを選んだ。
「お嬢さん、夜道の一人歩きは危険ですよ。お送りいたしましょう」
聞いたことのある声が後ろから聞こえた。思い当たって、ゆっくりと後ろを振り向く。
「あなたは……」
「ああ、まだ名乗っておりませんでしたね。私はアルトの叔父で、ディード・ソート・ド・グリフォルドと申します。またお会いできて光栄ですよ」
うやうやしくお辞儀をするのは、いつかの紳士。言葉遣いも態度も丁寧なんだけど、今日は全身を包む禍々しい空気を隠そうともしていない。私と同じように雨に濡れていても失われない堂々とした風格は、やはり持って生まれたものなのか。
「私も、もう一度お会いしたいと思ってましたわ」
アルの立場を知るこの人に、ざわりと心が逆立つ。
長ではない、と言っていたけれど、その命令で来てるんだから同じようなものよね。
座った目で話す私の言葉に怪訝な顔をするも、叔父さん……ディードは作ったような笑顔はくずさなかった。
「消えていただく覚悟ができたのですかな」
「私が消えたら、アルは自由になれますか?」
そのセリフを聞いて、ディードはなんとも奇妙な顔になった。
「あなたたちの囲う檻から、どうしたらアルを自由にしてくれますか?」
「これはこれは……」
ディードの顔から作り物の笑顔が消えた。表情のない顔で、私を見つめる。
「思い出して……いるようには見えないが。何も知らないくせに、我らのことに口をはさむのは僭越であろう」
「だって、私以外の誰も言わないから。あなたはアルを大事に思わないの? どうしてアルを餌にするような真似、許しておけるの? 私にできることなら、なんでもする。消えろと言われれば……死ぬのは嫌だけど、二度と会わないようにどこか遠くへ姿を消すことはできるわ。だから、アルをもう解き放って」
ディードは、じ、と私を見つめていた。何を考えているのか、その表情からは読み取れない。




