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 促されるままに歩き出すけれど、足に力が入らない。肩を抱いて支えてくれる野宮君にすがって、ようやっと私は足をすすめる。


 去っていくアルは、振り向きもしなかった。『彼氏』と呼んだ野宮君に抱かれている私に背をむけて。

 私を見下ろす冷たい視線。あの日と、全然違う。

 そんな目で見られるくらいなら、いっそ、あんな思い出なんて、ない方がよかった。ずっと、冷たくしててくれたらよかったのに。


 こんなに好きになる前に、その顔を見せてほしかった。


「なあ」

 歩きながら、野宮君が言った。

「俺なら、お前を泣かすようなこと、絶対しないぜ?」

「え?」

 野宮君を仰ぎ見ると、切ないような、慈しむような笑顔が返ってきた。その手が、私の頬をぬぐう。

 私……泣いているの?


「俺にしとけよ」

 肩を抱いていた腕がそっと私を引き寄せて、私は野宮君の胸に抱きしめられた。

 暖かい。

 力の抜けた体を預けても、揺るぎもしない力で私を支えてくれる腕。

「辛いなら、一緒にいてやる。乃木が笑えるようになるまで、ずっと、そばにいるから」

「……野宮、君……」

 野宮君の腕に、力がこもる。

 その言葉は、きっと嘘ではないだろう。野宮君がどんな人か、私は知っている。きっと、野宮君は、私に優しくしてくれる。

「今はあいつの代わりでもいいよ。だから……」

「だめ」


 私は、ゆっくりと野宮君を押し返した。その顔を見上げたけれど、うまく笑えているのかな。

「代わりは、代わりでしかないもの。だから、そんな風に言ったら、だめ」

 私も。

 『乃木奏子』は、アルの一番には、なれない。

 それでも。どうしようもないの。私の中の一番は。


「野宮君の気持ちは嬉しい。でも……ごめんなさい」

「そっか」

 ふ、と野宮君が笑った。切なそうな……けれど、そこにわずかな満足感を見たような気がしたのは、私の罪悪感のせいだろうか。

「わかった。俺の方こそ、ごめんな」

 ゆるく首を振った私に、帰ろう、と言って野宮君は歩き出した。


  ☆


 次の日、私は早紀の家へと向かった。

「奏子」

 玄関で出迎えてくれた早紀は、驚いたような顔になる。

「どうしたの、その顔」

 一晩泣き明かした私の顔は、そりゃあひどいものだった。

「とりあえずあがって」

「ん。これ、お土産」

 私は、途中で買ってきた箱を差し出す。早紀のお気に入りのシュークリーム。

「先、行ってて。お茶持ってくから」

 そう言って早紀は、白い箱を持ってキッチンへと消えて行った。勝手知ったるなんとやら、私は階段をあがって早紀の部屋へと入る。

 机の上には、物理の課題。来週提出の奴だっけ。

 あー、私もこれやらなきゃなー。


「で、どうしたの」

 トレーにお茶のセットとシュークリームを持って部屋へと戻ってきた早紀は、紅茶をカップに注ぎながら聞いた。

「うん……」

 どこから話したらいいのかな。考えながら、私は紅茶を一口飲む。

「野宮君、なんだって?」

 話しあぐねている私を見て、早紀が水をむけてくれた。私は、顔をあげる。

「好きだって、言われた」

「それはおめでとう」

 ぱちぱちと拍手する早紀に、私はうつむいて首をふった。

「でも、ごめんなさい、って答えた」

「なんで? 奏子、野宮君と仲良かったじゃない。お似合いだと思うけど」

「私、好きな人がいるの」

「マスター?」

 顔をあげる。

「わかる?」

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