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「お前を抱きしめたあの日から、意識はされてるみたいだったから、もしかして、って少し期待していた。でもさ、今週に入ってから、お前急に様子がおかしくなって……気付いてないだろ、自分がどんだけ色っぽい顔して悩んでたか」
「えええ? 私、どんな顔……」
「ふられることがわかってる俺に、こんなこと言わせるくらいの、切ない顔」
どうやって答えたらいいんだろう。野宮君が真剣に言ってくれてるのがわかるから、私も真剣に返さなければいけない。
「私……」
その時だった。
ふ、と違和感を感じて、私は公園の入り口に目を向ける。そこには、いつの間にか男の人が一人、立っていた。会社帰りのサラリーマンらしい中年の男。
ぞわり、と背筋に悪寒が走る。この気配は。
「野宮君、こっち」
急いで立ち上がった私は、野宮君を引っ張って反対側の出口に向かう。
「乃木?」
「いいから!」
あの人、多分……
振り返ると、無言でその人も追いかけてくる。私たちを目指して。
様子に気づいた野宮君が、私を引き寄せた。
「なんだ、あいつ」
「きゃ!」
突然足がもつれて、私はつんのめったように転んでしまった。振り返るけど、転ぶようなものは何もない。けれど、まだ足には何か、引っかかったような感触。
振り返ると、あの男の人が立ち止まって、くん、と何か引く仕草をした。それにあわせて、私の足も見えない糸にひかれる。
つかまったんだ!
「乃木!」
「逃げて!」
狙いが私だけなら、野宮君までは標的にされないかもしれない。
「なに言ってんだ、こんな状況でお前を置いていけるかよ」
無言で迫ってきた男の人が手をのばしてきて、私は思わず硬直する。野宮君が、私をひきよせると、かばうように抱きしめた。
「だめ!」
と。
「奏子!」
聞こえた声に、は、と顔を向ける。目の前にせまっていた男の人の背中で、音もなく光がはじけとんだ。同時に、私の足に絡まっていた見えない戒めが消える。目の前で動きをとめた男の人が、ゆっくりとその場に倒れていった。
その後ろで、肩で息をする黒い影は。
「アル!」
立ち上がって駆け寄ろうとした私は、向けられたアルの視線に足を止めた。
冷たい視線。感情のない顔。
「いちゃつくなら、もっと場所を選べよ」
「え……?」
アル、何言って……
「たまたま俺が通りかかったからいいようなものの……怪我でもしたら、どうするんだ。もっと自分の体を大事にしろ」
乱れた髪をはらって、アルは背筋をのばした。
体って……それは、私の中にリシィがいるから?
それを口に出せない私に、アルは冷たい口調で続けた。
「彼氏と一緒にいたいのはわかるけど、さっさと帰ることだな」
「ちがっ……!」
「あんたこそ、大丈夫なのか? 具合悪そうだけど」
否定しようとした私の肩を、野宮君が引き寄せて抱いた。それを見て、アルは、ふ、と笑みをこぼす。
「余計なお世話だよ」
そう言うとアルは、私たちに背を向けて公園を出て行った。振り向くことなく。
「アル……!」
「行こう、乃木。早くここを離れた方がいい」
野宮君の視線を追って、倒れたままの男の人に視線を向ける。アルがああして行ってしまったからには、この人についていた何かは落ちたんだろう。




