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 私は、視線を夜景に落としたまま言った。

「アルが私のためにこれだけのことをしてくれたんだもん。私だって、がんばらなきゃ。今のところどうしたらいいのかまだわからないけど……そうだ、催眠術で前世のこと思い出すとかいうの、あるじゃない? 私もそういうの、やってみようかな」

 明るい口調で、はしゃぎながら口にする。わざとらしく聞こえてないといいのだけど。


 アルが望むなら、かなえてあげたい。ずっとずっと追いかけてきたリシィに、会わせてあげたい。それは、私にしかできないことだから。

 たとえ、これから私に向けられるアルの笑顔のすべてが、本当はリシィに向けられたものだとしても。強がっちゃうのも少しキツいけど、しょうがないわよね。順番からいったら、向こうは百年も前から……


 あれ?


 その可能性が頭をよぎったのは、そんなことを考えていた時だった。

 それに思い至った瞬間、すう、と体が冷えた。


 もし。

 もしも、昔の記憶がよみがえったとして。

 ゆっくりと顔を上げると、青ざめて大きく目を見開いた私がガラスに映っていた。

 リシィだった時のことを思い出したとして、『私』、は?


「ねえ」

 呼びかける私の声が震えた。

 そのことで頭がいっぱいになっていた私は、その問いかけにアルの返答がないことにも気づかなかった。それが、さっきからずっと、ということにも。もしそこで振り向いていたら、呆然としたアルというものを初めて見ることができたはずだったのに。


 私は、無理やり笑おうとしている自分の顔を見つめながら続ける。

「もし……もし、私がリシィのことを思い出したら、私は……『乃木奏子』は、どうなるのかな?」

 私は、リシィに、なるの? その時、『奏子』は……

「アル、私……」

 どん!

 突然聞こえた大きな音と視界に入った影に、びくりと肩をすくめる。

 いつのまにか私の背後に立っていたアルが、両手をガラスに叩きつけた音だ。


 私を後ろから囲うように伸ばした両手が、強く握りしめられたまま窓に押し付けられている。伏せられたその顔は、私の頭に邪魔されて伺うことができない。

「……アル?」

 小さく、呼ぶ。

「ん」

「アル」

 そのまま、アルは動かない。

 突然のことにどうしていいのかわからず、私は動けないまま固唾をのんでアルを見つめていた。

 急に、どうしたの? 私……何か、変なこと言った?

 それとも。

 私の疑問に、アルは、答えを持っているの? 

 私に、言えない答えを。


 ゆっくりと、アルの手が降ろされる。顔を上げたアルは、微かに笑んでいた。

「送るよ。帰ろう」

「……うん」 

 かがんで自分の荷物を持とうとした手が、震えて荷物がつかめない。アルは、そんな私の代わりに荷物を取り上げて。

「ありが、と……」

 仰ぎ見ると、アルは細めた目で、じ、と私を見下ろしていた。


「乃木、奏子……」

「はい?」

 唐突に呼ばれた名前に、返事とも疑問ともつかない声を出してしまった。

 その表情からは、アルが何を考えているのかわからない。

「アル?」

「いや……なんでもない。行くぞ」

 胸に大きな不安を抱いたまま、私は、小走りにその背中を追った。



第八章終り。長かった……。これから終わりへと進んでいきます。

あ、あと、都合により、今夜は一回休みにいたします。その代り、番外編をぽちりとひとつあげますので。

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