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ほこりだらけになって遊んでいたアルが、子供たちに手を振って戻ってきた。
「あーあ、汚れちまった。どう? かっこよかっただろ、俺」
「子供相手だけどね。うまかったじゃない」
「俺にできないことはありませーん」
その台詞聞くの、本日二度目だよ。
今のアルにジャケットを渡したらそれも汚れてしまいそうで、持ったまま車に向かって歩き出す。
「動いたら腹減った。何か食いに行こう。俺の知っているところでいい?」
「まかせます。あ、でもあまり高くないところ」
そういえば、遠出するつもりじゃなかったから、手持ちがあんまりないや。
「なに言ってんの。おごりますよ、もちろん」
鼻歌でも歌いだしそうなほどご機嫌なアル。
本当に、あの渋いマスターと同一人物なのかしら。猫被ってたって言ってたから、こっちが本当のアルってこと? イメージがずいぶん違うけれど……こういうアルも、悪くない。
「ずいぶん今日は、機嫌がいいのね」
車のドアを開けてくれたアルに言うと、アルは、シートに座った私の耳に口元を寄せた。
「奏子は、違うの?」
思わず振り向いて、まともに目が合ってしまった。動揺する私に、一拍分の意味ありげな微笑をくれて、アルはドアを閉めた。
心臓がばくばくしてる。うわー、今の、やばかった。
「さて、行くか」
エンジンをかけたアルは、海辺のほうへと車を走らせた。
着いたのは、大きなショッピングモールの入っている外資系の一流ホテルだった。見たことはあっても、入るのは初めて。こんな高級なところ、高校生では寄り付けもしない。
そのホテルの入り口に車を止めると、黒い服を着た年配の人がすっと近づいてきた。
「いらっしゃいませ、アルトレード様」
「食事を。いつもの部屋は使える?」
「もちろんでございます。すぐにご用意いたします」
「あと、柴田を呼んで」
「かしこまりました」
その様子をぽかんと見ていると、ホテルのボーイさんが車のドアを開けてくれた。緊張しながら車を下りる。ホテルに入っていく私たちに向かって、その場にいた全員が頭を下げて見送っていた。
「ア、ア、アル。あんた、何者?」
そんな様子にも全く動じないアルを、問い詰める言葉が動揺で乱れる。
「ここ、一族の系列のホテルだから」
私たちの行く先に、ホテルの制服に身を包んだきれいな女性が待っていた。
きっちりと髪を結いあげて眼鏡をかけたその人は、いかにも仕事の出来そうな切れる女性といった感じ。
「よくおいでくださいました、アルトレード様」
「彼女に服を選んでやってくれ」
彼女は、ちらりと私に視線を送ると、心得たという顔で頭をさげる。
「では、トータルコーディネートということで」
「服って、ちょっとアル?! どういうこと?!」
「せっかく奏子に合わせてきたのに、俺の服ほこりだらけになっちゃったし」
そう言って、両手をお手上げポーズにしてみせた。あ、やっぱり合わせてたんだ。
「俺、着替えるから、奏子も着替えて」
「それ、理由?!」
「そう、理由。あえていうなら、俺のわがまま。じゃ、柴田、彼女を頼む。……離れるなよ」
最後の言葉を聞いたその女性は、一瞬だけ、きゅ、と鋭いまなざしになった。そんな私たちを置いて、アルはさっさと行ってしまう。
「お嬢様は、こちらへ」
私に振り向いた女性は、にっこりと微笑んだ。
こんな一流ホテルで、こんなきれいな人に連れられて着替えって、服を贈るって。
頭の中はパニックになりながらも、とりあえずおとなしくその人について行くしかなかった。




