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「は、はいっ」
「こういうバイト、初めて?」
「はい……」
「そう。慣れないうちはいろいろ大変かもしれないけれど、二人でがんばってね」
柔らかく私に微笑んだマスターは、それだけ言ってまた早紀に視線を戻す。
……あれ?
変な話だけど、それだけ? という肩透かしを食った感じは否めない。多分、私はぽかんとした顔になってたんじゃないかと思う。
店の名前のことだとか、アルとユーキに似ている二人だとか、このマスターがさっきのユーキ君のいとこだとか。
いろいろ符丁は一致するけど。
声をかけられることを期待していた自分に気づいて、急に頬が熱くなる。
この人が私のことなんて全然知らないとしたら!
うわわわ、私ったら、あんな夢に踊らされて何を期待してたんだろう。普通に初対面なんじゃない。一人で期待して一人でがっかりして……うわー、恥ずかしい!
一人、頭の中でぐるぐると混乱していると、マスターが履歴書を閉じて顔をあげた。
「さて、話はこれくらいとして。今日は時間あるのかな」
「はい、大丈夫です」
「じゃ、少し研修してもらおうかな。それと、いとこも紹介しよう」
マスターは立ち上がると、左手にあった部屋の扉を開いた。両開きのその扉の向こうは、少し広めのウォークインクローゼットだった。
「ここをロッカールームに使って。着替えはここですればいいから」
「制服があるんですか?」
「うん、これ」
マスターがクローゼットの中から取り出したのは、黒に近いほど深い緑のワンピース。と、胸まで覆う白いエプロン。大げさにならないほどのフリルがついていて、すごくかわいい。
あ、このワンピース、マスターの着てるベストと同じ生地だ。ちょっとレトロな模様が上品でおしゃれ。
「かわいいですね」
「そ? 気に入ってもらえて嬉しいよ。着替えたら出ておいで」
言って、マスターは出て行った。
「奏子、なんか様子がおかしくない? 一体、どうしたの?」
着替えながら、心配そうに早紀が聞く。
「え、そ、そう? えーと……あ、ほら、あんまりマスターが美人だから気おくれしただけ」
「そうね。びっくりしちゃった。まるでモデルさんみたい」
私の言葉に、早紀も大きく頷いた。
早紀なら、予知夢を見た、って言ったら笑ってくれるかな。落ち着いたら、話してみよう。
私の様子をもう気にするでもなく、早紀はうきうきと着替えをすませる。
「ここ、思ったよりずっと素敵ね。お店もいい雰囲気だしマスターもかっこいいし、制服もかわいいし。楽しくできるといいわね」
「そうだね」
クローゼットを閉めながら、私は大きく深呼吸をした。
あの夢って、もしかして雨の予知とかと一緒なのかな。さらに変な力がついちゃったってことは、それはそれで気になるけど……
でも、夢が願望の表れだとしたら、あのマスターって、私の理想ばっちり、ってこと? めちゃくちゃイケメンだし、なにより、す、と伸びた姿勢がすごく綺麗だった。
私は、長い髪をひとまとめにゴムでしばると、早紀に向いてにっこりと笑顔を作った。
「どうせやるなら楽しまなきゃね。では、初仕事といきますか」
マスターに渡された制服は、あつらえたように体にぴったりだった。
第三章、終わりでーす。でわでわ、四章へ。




