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「ばあか。お前にそんなことできるかよ」
「だからって! そ、そういうことは、さっきの恋人に……そういえば、百年前って、どういうこと?」
私の正面に座っていたユーキと、アルが顔を見合わせる。
「僕たちが吸血鬼だって、信じる?」
ユーキが、からかうような口調で言った。
「そんなの簡単に信じられるわけないでしょ。でも、とりあえず話だけは聞いてあげる。信じるかどうかは、それから考えるわ」
「賢明な判断だね」
くすくすと笑うと、ユーキは自分のカップを傾けた。
「僕らは吸血鬼、そしてさっきの肖像画の少女は、水の精だ」
「水……の精?」
鼓動がひとつ、胸の中に響いた。
最近、その単語を聞いた覚えがある。偶然?
☆
ユーキの話をまとめると。
アルは、ヨーロッパのとある国で、吸血鬼の中でも最も高い地位を持つ直系の家に生まれた。直系とは、今では薄まってきてしまった吸血鬼の血を継ぐものたちの中にあって、古くからの濃い血を保ち続ける家系のことだそうだ。アルはそのたった一人の跡取りとして大事に育てられた。
本来なら跡取りが一人ということはないらしいのだけれど、アルの母親が亡くなった後も彼の父は後添えをとることがなかったので、結果として跡取りが一人ということになってしまったらしい。これに、長たちはあまりいい顔をしないのだという。
「長って?」
話の途中で聞いた私に、アルが付け加えた。
「ああ、長老っていうのかな。力を持つ人々のことだ」
「直系の血を持つ一族の中には、時々途方もなく強い力を持って生まれてくるものがいてね。その者たちが長と呼ばれて、一族を取り仕切る役目を持つんだ。吸血鬼は人間よりも長寿だけど、長達はその中でもさらに長寿となる。今、最長老の歳は、ゆうに千年を超えているんじゃないかな。ああなるともう、吸血鬼というより妖怪だよね」
皮肉めいた笑みで、ユーキが言った。
「せ、千年?」
そういえば、さっきも百年前とかなんとか言ってたっけ。
「あんたたちって一体いくつなの?」
アルは、ユーキをちらりと見て。
「俺は、もうすぐ四百歳ってとこ」
「じゃ、僕は四百を越えてるな」
「え? ユーキのほうが年上なの?」
意外な答えに聞きかえすと、ユーキはおだやかな笑顔を見せた。
「話を元に戻すけど」
アルが、からになった私のカップに紅茶のおかわりをついでくれながら続けた。そういえば、喉がカラカラになっている。口をつけると、時間がたっているせいか、その紅茶はさっきのより幾分渋かった。
「そういう理由だから、俺は早くから一族の中に婚約者も決められてとにかく血筋を残すように期待されてきた」
ふうん。どっかの旧家の話みたい。吸血鬼なんて非現実的な世界にもそういうのあるのね。