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エピローグ 「えにし」




 学院時代、なかなか面白い先生がいた。




「先日、展覧会にいってきました」

 短足と喜劇俳優のようなちょび髭のせいで、教壇をドタドタと踏みながらポスターを広げる姿までいつもどこか芝居じみた滑稽さがあった。

「皆さんの中にも知ってる方は多いかもしれませんね。はい、エンリケ=パロエラ、『真珠姫』なんかで有名な中近世の画家ですね」

 大胆な構図と繊細なタッチの『真珠姫』は絵画に詳しくはない僕でも、教科書で見たことがある位には有名な絵だ。資料集をめくれば………すぐに優しげな微笑みの美しい貴婦人が現れた。


「このエンリケ=パロエラは自画像を見ても分かる通り中々の色男だったのですが、変わり者の上大層な引っ越し癖のある男だったそうで借り部屋を汚すだけ汚したら店賃だけ置いて夜逃げ同然に名を変えねぐらを替え、その数生涯六十五回・・・・まあ毎年のように引っ越していたと言われています」

 実際ご近所にいたら迷惑この上ない男ですね、と先生は両手を広げるとやれやれというように肩を竦めた。


「さて、このトンでも男の話で授業を終わらせるわけにはいかないんで、そろそろ本題に入りますが………今日は彼の大叔父にあたる人物、エンリケが『月盗人』――――まあ今でもロマンス野郎という意味で使われますね――――と称した男についてです。さてこの人物、誰のことか、皆さん分かるでしょうか?」


 指名された二つ前の席の男子が中腰のまま、おろおろと教科書と先生の顔を交互に見比べた。

「え、えっと、ユナ=ダレンシス………とか?」

 教科書の単元を飾っていた名前だった。現代経済の中興の祖とも言われたおっさん。きっとふざけてお茶を濁すつもりだったのだろう。クラス中の誰もが「それはない」と笑おうとした瞬間。

 パン、とすでに溜めを作っていた先生はすかさず手を叩いた。


「エクセレント!! そう、そうなんですよ! 『月盗人』の名を現在の意味で世間に知らしめたのはエンリケなんですが、そのモデルこそユナ=ダレンシスと言われています。エンリケの幼少期にすでに彼は亡くなっていたそうですが、名前や居所を転々と変える癖は大叔父を真似たものです。ユナ本人も生涯に渡り実に三十以上の名を使い分けていたそうですから、これまたロクでもない血縁ですね。………では、そんな彼が生涯最も好んで使ったと言われる『ユナ』の名の意味は分かるでしょうか?」

 予期せぬ突然の指名に今度は僕が泡を食う番だった。

 答えに詰まった僕に先生は自分の胸を親指で突っつき、『ほ、う、せ、き』パントマイムのように口をパクパクと開閉させた。


「あ、………『私のものに』?」

 宝石商のウィンドウを飾っていたキャッチを思い出した。

 そうだ、確か古語で『私のものに』を意味すると姉さんが言っていたっけ。相手がいないんじゃ意味ないよと余計なことを言ってブッ飛ばされた。でも、そうだ。婚約やブライダル関係の装飾を一手に担うあの有名店の名は「ユナ」だった。


「正解! はい、そうです。その通りです。ユナ=ダレンシスは王国崩壊という混迷の時代で、初の資本型都市国家群の構想をしたことから、後世では『史上最悪の革命家』究極の強欲オヤジというイメージが強いですが、なんとなんと、実は恋愛結婚しちゃってます」

 女子たちを筆頭とした失笑のような笑いがまばらに沸いた。

 しかしふと顔を上げれば、一緒に笑うどころかその時の先生の表情があまりに真剣で、誰ともなく口をつぐみ教室はすぐに静まり返った。

「旧貴族と商工連のパワーバランスやらを垣間見ればこの時代ではまだまだ政略結婚は当たり前、そして彼の立場ではむしろ受け入れねばならなかった。しかし、彼はその生涯、大層一途に奥方を大切にされたと伝えられています。考えてもみてください。時代の立役者とも首魁とも言える人物が、私情で、たった一人を守り通した。それがどれだけ難しいことか、尊いことか」


 歴史に真実はありません。

 歴史教師のその言葉は、不思議と教室によく届いた。









「――――あるのは事実だけです。歴史には様々な側面があります。強つくオヤジが実は宝石のキャッチになるくらいの純愛をしていたなんて、教科書にはもちろん載ってません。僕らは様々な出来事のほんの側面を見ているだけですから。そして、それは僕にとってちょっと素敵なことでもあります」


 教えられる立場から教える立場になってもう随分経つが、厳つい顔の歴史教師のうら若き学院時代の話は毎年話していても不思議とウケる。ギャップ萌えというやつだと同期の教員には言われた。

 いつもこのくらい真面目に聞いてくれたらいいのだが、と無い物ねだり。そこを聞かせるのが教師の仕事ですよと、年老いた恩師の言葉が浮かんだ。


 窓から指す午後の陽射しが柔らかな生徒たちの頬を明るく輝かせている。

 もう少ししたら、夏が来る。


「………というわけで、この単元は皆さん詰まらなくならないようちょっとロマンチックな感じに教えていきます。なので前期試験の平均点を最低三十点は上げるように」

 途端ぎゃーぎゃーと騒ぎ始めた教室を僕はぎろりと睨めつけた。

「はい、静かに。赤点となった者はもれなく夏休み返上、先生付きっきりで補習です。当然僕の夏休みも削られます。しっかり授業を聞いて勉強してくるように」


 文句を垂れながらも慌てて筆記用具を取り出す教え子たちは、どんな未来を歩んでゆくのだろう。

 過去と、未来。

 そこに繋がる不思議な縁を僕は思う。

 例えば僕の先祖――――カイル=カセリア、その友人だった男をこうして毎年教壇で教えている、なんて。なかなかのロマンじゃないか?




 そんなこの仕事の特権が、僕は案外気に入っている。








よ、予告より案外早く終わってしまいましたが、一先ずこれにて完結です。これからは時間が出来次第ちょこちょこ修正、登場人物紹介なり作る予定。

お時間ありましたら去り際にポチッと評価感想頂ければ、作者の糧になります。


ともあれここまでお読みくださりありがとうございました! 


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