029 そして結末は
◯バタフシャーン公国・『青の栖』クランハウス 上野拳人
『青の栖』のクランハウスの一室。
俺はいま、クランマスターである日野川梓さんと二人だけで話をしている。
妹の魔子はこの場にいないし、他のクランメンバーもいない。
俺はこれまで、日野川さんと意図的に接触しないようにしてきた。
一介の高校生とクランマスターが交流を持つと、変な噂が立つ可能性があったからだ。
騒動が一段落したいま、ようやく一対一で話せるようになった感じだ。
「それにしても、所属をバタフシャーン公国に移すなんて大胆なことをしましたね」
「覚醒者が増えすぎたからね。あと報奨金が全額支給されたし、ちょうど良い機会だろ?」
塔攻略に成功すると、管理連から一時金が出る。
日本の場合、それに加えて政府からも報奨金が出ることが決まっている。
日本政府が出す報奨金については、十七人会が横槍を入れてくることが予想された。
政務総監が一時帰国したとき、政府の官僚にしっかりと釘を差したらしい。
「もしかして、全額が出ない可能性がありました?」
「支払い方法が明確じゃなかったんだ。だからまず十七人会に振り込みがあって、そこからクランにって流れも考えられたんだよ」
「あ~……あの十七人会なら、普通にピンハネしそうですね」
十七人会が塔攻略を後押し(笑)したときに使った経費を除いた額を支給なんて言い出しそうだ。
「ついでに政務総監が所属している派閥の議員に、移籍の根回しも頼んでおいたのさ」
今回の移籍。世間では寝耳に水の発表だろうが、日本政府の反応は思ったほどではなかった。
どうやら事前に、派閥内へ話を通していたらしい。
人類の存亡がかかった星間闘争の最中でも、こういった政治的問題に頭を悩まさなければいけない。正直勘弁してほしいところだ。
「でもこれで、日本の貴族の目を気にすることなく活動できるんですね。……というわけで本題ですけど」
「今後のことだね。静香さんから話は聞いている。まだ攻略可能な塔があるんだって……?」
日野川さんの眼光が鋭くなった。
頼りがいのあるお姉さんという印象とは裏腹に、驚くほど冷たい雰囲気が伝わってきた。
「ええ、俺の特殊能力『瞑想』で視たものが正しければですが」
「キミの『熱感視』についても聞いている。塔攻略にかなり役立ったとも……そして今度は予知か」
「予知……どうなんでしょうね」
『熱感視』は俺が名付けた。ピット器官、もしくはサーモグラフィーのように温度差を視覚として捉える能力のことだ。我ながらいいネーミングだと思っている。
そしてなぜ、俺が攻略できそうな塔を知っているかという疑問には、『瞑想』の能力だと説明した。
前世のことは話したくないので、瞑想中にそういう知識が浮かんでくると伝えたのだ。
半信半疑かもしれないが、検証できるものでもないし、言ったもん勝ちだと思っている。
実際、俺の瞑想が進化しているので、そういう能力が生えてもおかしくない。
「攻略可能な塔は、他国のゲートを使うことになります。今回みたいに簡単に撤退できるわけでもありません。ゆえに……」
「レギオン化か。たしかにクランとレギオンでは、他国に対する信頼度が違う。交渉ひとつとっても、雲泥の差だ」
他国のゲートを利用する場合、その国家と事前に何度もやり取りする必要がでてくる。
今回の成功でクラン『青の栖』の名声は高まったが、それでもレギオンとして交渉した方が何倍も話がスムーズに進む。
「覚醒者はこのまま増やします。実戦経験を積んでもらうのも変わりません。俺がお願いしたいのは、数年先を見据えた組織作りです」
今後のことを考えれば、レギオン化は必須だ。早ければ早いほどいい。
ただし障害もある。いまバタフシャーン公国にいる他のクランを組み込むのは得策ではない。
塔の防衛のために日本から来ているのだから、それに専念しなければならない。
かといってバタフシャーン公国内で信用できる人が見つかるかという問題もある。
こっちでスカウトして『青の栖』に忠誠を誓えと言っても難しい。
強引に人を集めて空中分解しましたでは、目も当てられないのだ。
「通常は仲の良いクランが複数集まって共に行動し、実力を付けた頃合いを見計らってレギオンにするものだ。レギオン化は目標ではなく、手段であると私は思っている」
「分かります。塔攻略を成し遂げるのにレギオンが必要だから作るという感じですね」
日野川さんは頷いた。
もちろん青の栖が音頭を取れば、レギオンに入らせてくださいというクランは出てくる。
だが、今後のことを考えればそれは駄目だ。秘密が守れて、信頼できるメンバーでなければならない。
「キミの提案を受けて、鉄馬さんとも話をした。傘下クランを複数作ってレギオン化するのが一番だろうという結論になった」
「俺もその可能性が一番高いと思っていました」
信頼できる人だけを集めて覚醒者にし、その上でレギオン化するという案だ。
結成までに時間がかかるものの、秘密が漏れる可能性が最も少ない。
『青の栖』の衛星となるクランを作るのだろう。となると……
「もしかして、所属をこっちに移さない方が良かったんじゃないですか?」
俺の疑問に、日野川さんは笑って答えてくれた。
「クランの所属をバタフシャーン公国に移したとはいえ、私たちは日本国民のままだよ。いずれ問題が片付いたら、所属を戻すかもしれないし、そうなるよう働きかけるつもりだ」
第二、第三の塔を攻略していけば、青の栖の発言力は強くなる。
そのとき十七人会同士で争ったままだったら、国民にそっぽを向かれていることだろう。
「なるほど、それはそうですね」
いまはこの地で力を蓄えるべきなのだろう。
「問題ないかい?」
「はい、理解しました」
俺たちの行動はこれまで通りだ。
まず信頼できる人を集めて、少しずつ仲間を増やしていく。すべてはそれからだ。
これで合意はなった。
俺と日野川さんは、どちらかともなく手を差し出して、固い握手を交わした。
◯日本のマスコミ
クラン『青の栖』が所属をバタフシャーン公国に移したことを受けて、日本のマスコミにも取材が殺到した。
普段取材する側がされる側に回ったのである。
とくに、塔攻略映像を使えなかったマスコミに対する疑問も相まって、世界中から予想以上の注目が集まった。
だが、マスコミはまるで示し合わせたかのようにだんまりを決め込んだ。
というのも十七人会から、この件についての箝口令が敷かれたのである。何一つ話すなということだ。
それでマスコミは自己弁護もできず、コメントも出したくても出せなくなった。
では、抜け駆けする記者はいるのか? すでに何人かの記者が十七人会の不興を買い、職場を追われた。
それを目の当たりにした場合、十七人会に逆らってまで海外のマスコミに情報を渡す者はいないだろう。
なぜここまで十七人会がピリピリしているのか。
どうやら日本という楔から解き放たれた『青の栖』が原因らしい。
彼らが何を言うか、十七人会が恐れているのだ。
これまで調子に乗って秘密をリークした者、過度のネガキャンをした者が軒並み十七人会から切られたことからもそれは分かる。
いまから更にマスコミがネガキャンをしたり、十七人会が青の栖に制裁を科そうものなら、『青の栖』は報復に出るだろう。
そのとき、何をバラされるか分からない。
十七人会が裏で何かをしても同様である。
よって青の栖と敵対していないことを示すために、ヘタなことは言えなくなった。
同時に、友好的に送り出さなければならなくなったのである。
マスコミにおいては、さんざん十七人会の要請を受けて動いたのに、最後の最後で梯子を外された形だ。
それでも、十七人会に文句すら言うことはできない。
ゆえに世界中から聞こえてくる「Why?」の声に、マスコミは下を向いたまま、嵐が過ぎ去るのを待つばかりであった。
◯都内某所 杉林秀治
「ヤバいだろ……ヤバいよな」
雑誌『大衆パンチ』の記者である杉林は、ここ数日、どこにも顔を出さず、ネットカフェを定宿として身を隠していた。
入室してから一度も外に出ず、現金で精算と延長を繰り返していたら、店員が不審な目を向けてきた。
しかたなく、杉林は一旦外へ出ることにした。
「あのままいて、通報されたらたまらないからな」
杉林は周囲に目を配るが、注目している人はだれもいない。
杉林が持ち込んだ情報によって、十七人会は大いに面目を潰した。
マスコミは映像を使うことができず、竜華国のレギオンは全滅の憂き目にあった。
すべてが杉林のせいではないが、発端を作ったのは間違いなく自分だという自覚はある。
さすがに身が危ないと感じた杉林は、自宅マンションに戻ることをせず、職場に顔を出さず、こうして雲隠れしているのであった。
「もはや海外に逃げるしか、道はないか」
いままではレギオン『常勝不敗』の後ろ盾があった。いまはその真逆。
これまで杉林が行使してきたすべての力が使えない。
東南アジアに知り合いはいるが、そこへ逃げ込むのはマズイと杉林は考えている。
「どこか誰も知らないところがいいな……アフリカはどうだ」
もはや日本に自分の居場所はない。だが自分は覚醒者だ。覚醒者ならば、どこだって生きていける。
そう思って一歩を踏み出したとき、杉林は人とぶつかった。
「おい、気をつけろ!」
影が差した。見れば、身長が2メートルに届こうかという大男が二人、杉林の行く手を塞いでいた。
「――なっ!?」
「ようやく見つけましたよ。都内にある街灯カメラの映像データをすべてチェックしてようやくです。ずいぶんと隠れるのが上手いですね」
いつの間にか、杉林の後ろに老人が立っていた。
「お前は……?」
「ラウと申します。竜華国の……表に出ない揉め事処理を任されています」
杉林が後ずさったとき、身体に強い電流が流れた。
身体が痺れた杉林を大男たちが脇で支え、横付けされた黒塗りの車に押し込んだ。
「責任はあなたに取ってほしいという意見があまりに多くてですね……ああもう、聞こえていませんか」
ラウと名乗った老人が車に乗り込むと、来たときと同じように、車は音もなく出発した。
その後、杉林の姿を見た者はだれもいない。
ここまでで完結とさせていただきます。




