024 塔の中の戦い
〇バタフシャーン公国・ロイヤルグランドホテル 法院鉄馬
時間が遡って、十月三十日。
クラン『青の栖』とそれに協力を申し出たクラン『ミントリーフ』は、世界中から集まったマスコミに対して、キックオフパーティを開催した。
いわゆる出陣式である。
招待されたマスコミは千人以上で、集まった覚醒者は数百名にのぼった。
クラン『青の栖』を所有する法院鉄馬は、大勢のマスコミを前に大演説を振るった。
世界中のマスコミが、今回の件に注目し、バタフシャーン公国に集まっている。
今日ここにやってきていないのは、日本と竜華国の記者のみ。
竜華国はまだ分かるが、日本のマスコミがなぜ来ていないのか。
訝しむマスコミもいたが、パーティに水を差すかもしれず、大っぴらに聞くことはできなかった。
一方鉄馬は、言葉巧みにマスコミの気を引く話題を提供し、ときにリップサービスで笑いをとった。
招待されたマスコミも心得ている。
悲観的なことは一切口にしないため、和やかな雰囲気でパーティが進んでいった。
「……ふう」
パーティが終わりに差し掛かった頃、鉄馬は人知れず細く長い息を吐き出した。
本日のパーティを間に合わせるため、どれだけ無理をしたか、本にして出したいくらいであった。
「お父様、まだパーティは終わっておりませんよ」
娘の静香がそっとやってきて、耳打ちした。
「うむ。分かっている。……だがな、覚醒者でない私は、人並みに疲れるのだぞ」
「それでもです。せっかく頭を下げて、各国の覚醒者を雇ったのですから、なんとしてもこのパーティを最後まで乗り切りましょう」
「そ、そうだな……」
覚醒者になってから、娘は押しが強くなったと鉄馬は思った。もちろん、口には出さないが。
実は今日のパーティを企画したのは、鉄馬ではなく静香だった。
「急にどこからともなく、日本人の覚醒者が大量に湧いては不審がられます。もっともらしい理由をつけて、『青の栖』の覚醒者を隠しましょう」
もっともな提案であった。ゆえにクランの古参や幹部はパーティに参加しているものの、新しく覚醒したクランメンバーは、誰一人、ここに来ていない。
では、ここにいる数百人の覚醒者はだれなのか。
欧州をはじめとして、世界各国から覚醒者を雇ったのである。
集まったマスコミはこのメンバーで当攻略をすると思っていることだろう。だがそれは違う。
クラン『青の栖』のメンバーのほとんどは、いま通常業務についている。塔の警備をしているのだ。
このパーティ終了後、雇った覚醒者たちは、そのまま塔の警備をお願いする手筈になっている。
つまり明日、パーティに出席した覚醒者は塔の警備に向かい、塔の警備をしているクランメンバーは塔の攻略に向かう。
それが静香の策だった。
「パーティもあと少しか。よし、気合いを入れるか」
「はい、よろしくお願いします。……それと上野様はご自宅にいらっしゃるとのことでしたので、ここと同じ料理を届けさせてあります」
「う、うむ。ぬかりないことで結構だ」
「はい。当然ですわ」
静香は、花が咲いたように微笑んだ。
◯バタフシャーン公国・【F02】の塔付近 上野拳人
十一月一日の早朝。
総勢五百余名の大所帯が惑星テラノヴァに入った。
塔攻略にあたり、『青の栖』からマスコミに向けて注意事項が通達された。
契約書さえ交わせば、ドローンで撮影した映像と、覚醒者に取り付けた小型カメラの映像は共有するというもの。
映像を提供する代わりに、塔へ近づくことは止めてほしいというものだった。
マスコミが勝手に近づいて敵に見つかれば、塔攻略に悪影響が出る。
至極もっともな言い分である。
どのマスコミもそれを了承し、決して近寄らないと書面の契約を交わした。
「お兄ちゃん、ちょっと動きづらくない?」
「我慢しろ。それより、俺からはぐれるなよ」
「いいけど、みんな同じような服とマスクだから分からないよ」
「そのために背番号が付いているだろ」
「お兄ちゃんは、256番か。中途半端だね」
「キリがいい数字だろ」
「え~? ぜんぜん良くないじゃん」
「お子様だな(フッ)」
「あ~、お兄ちゃん。いま馬鹿にしたでしょ~!」
「馬鹿にしたわけじゃない。ただお子様だと思っただけだ」
「それが馬鹿にしたって言ってるの!」
「あの……緊張感というものがですね」
俺と魔子が言い合いをしていると、法院さんが頭痛をこらえるような仕草で、そんなことを言った。
俺は前世で何度も塔攻略に参加したし、魔子はアホの子なので緊張とは無縁。
「たしかにいくら能力値を高めても、覚醒したばかりの人もいますからね。お騒がせしてすみません」
周囲を見渡すと、みなフルフェイスのヘルメット越しだが、緊張しているのが分かる。
前世を含めれば、この中で一番経験豊富なのが俺だ。だから……。
「大丈夫です。ドローンで得た情報でも問題なしと出たわけですし、絶対に成功しますよ」
「……そうですわね」
「リラックスしていきましょう」
俺は法院さんに笑いかけたが、バイザー越しだったので、たぶん伝わっていない。
〇バタフシャーン公国・【F02】の塔付近 日野川梓
クラン『青の栖』は、日ごろからオフィードと戦っている。
塔を囲う壁をうまく使い、オフィードからの攻撃に対処している。
少なくとも年に数回は、オフィードが塔を襲ってくる。
オフィードの攻撃力は熟知しているし、どの程度ダメージを与えたら敵が撤退していくのかも感覚的に理解している。
「問題は、新しいクランメンバーね」
クランマスターの日野川は、緊張の面持ちでいる覚醒者たちを眺めた。
能力こそ高いものの、実力は未知数。
やる気はあり訓練も積極的にこなしていたが、実戦経験がないため、本番でどれだけ動けるか不安が残る。
「そのための作戦は立てたし、練習ではうまくいっておる」
「そうなんだけどね」
すでに何度もフォーメーションを確認している。
サブクランマスターの柊光三が言う通り、練習では完璧に動けていた。
「なに、多少失敗しても塔まではたどり着けるじゃろ」
「シミュレーターでもそうなっているけど……うん。私が不安がってちゃ駄目よね」
日野川は自らの頬をパンッと叩き、気合を入れ直した。
「それより我々が先に見つかると、作戦そのものが瓦解してしまう。そこだけは気をつけるべきじゃぞ」
オフィードは、塔を中心に三重の円を描くように警邏巡回することが知られている。
塔からおよそ1km、5km、10kmの円周を定期的に巡回している。
見つかれば、テレパシーですべてのオフィードに伝わり、敵の拠点からも援軍が駆け付けてくる。
それだけは何としてでも避けねばならなかった。
「ドローンはどう?」
「すでに本命とサブ、四機ずつ準備済みじゃ。後方にも予備がその三倍、控えておる。途中で見つかっても高高度から爆弾を落とすくらいはできるじゃろうて」
過去、状況を知るためにドローンを何度か飛ばしたが、いずれも敵に見つかってはいない。
ドローンからの爆弾投下実験は何度も行っており、成績の良い者を今回の作戦に投入している。
加えて、数日前に降雨が確認されていて、地盤崩壊をおこすにちょうどよい状態となっていた。
敵の巡回位置も把握済み。いまのところ問題は何も発見されていなかった。
「それでは作戦を開始するわ。十分後に爆弾投下。私たちはそれに合わせて突っ込むわよ」
日野川がインカムに向かって叫ぶ。応えはすぐにあった。
現在、攻略メンバーは全員、オフィードの巡回から見えない位置に隠れて待機している。
時計の針が遅々として進まない。日野川は、じりじりと焦る気持ちを強引に押し込める。
そしてついに、時計の針が運命の時間を刺した。
「全員乗車。全速力で塔へ進撃!」
「「「――オオッ!」」」
うつ伏せで待機していた覚醒者たちが一斉に立ち上がる。
車に被せていた迷彩シートをはぎとり、乗り込むやいなやエンジンをかける。
すべての車がアクセルをめい一杯踏み込み、砂埃を巻き上げて車が発進する。
このまま車で向かえば、塔まで十分もかからずに着く。
しばらく進むと、爆音とともに大地が揺れた。
――ドドドドドドッ!
遅れて断続的な地揺れと轟音が響く。
前方で砂埃が上がるのが見えた。
「やった!」「成功だ!」「いったぞ」「うひょ~!」
インカムがやかましい。だが日野川は注意しなかった。
塔に向かっている全員が、その光景をみた。それはまさに壮絶なる崩壊の景色だった。
塔の背後にあった巨大な崖が崩れ、大量の土砂が塔に向かって押し寄せたのだ。
だが、さすがは不壊の塔。
どれほどの大質量であろうとも、塔はびくともしなかった。
崩壊した崖からこぼれ出た大質量の土砂は塔の左右にまで及び、塔の周辺で守っていた多くのオフィードを巻き込んでいく。
「全員下車。ここからは、全速力で塔を目指すぞ!」
もっとも俊敏な一団が塔に向かっていく。
そのころにはもう、塔の左右には巨大な土砂の壁が出来上がっていた。
生き残ったオフィードは、塔の前にいた僅かな数のみ。
「生き残りは少ない! 一気に押し込め!」
たった一度の土砂崩れで、オフィードの数は見るも無残に減っていた。
何体かは赤晶石を守るため、塔の中に入っていくのが見えた。
「右へ回り込め!」
作戦通り、一部のメンバーが右へ進路を取った。
日野川は、覚醒者をあらかじめ三つの集団に分けた。
やってくるオフィードを押し留め、壁となる第一陣。
第一陣の裏から正面を避けて塔へ入っていく第二陣。
そして塔へ入った者たちを守るため、塔の入り口を死守する第三陣。
「短期決戦だ。力を出し切れ! 命を惜しむな、名を惜しめ!」
日野川が、そう檄を飛ばした。




