023 遠くから取材
〇惑星テラノヴァ・筑美町ゲート北
筑美町ゲートより北へ二百キロほど行ったところで、クラン『爆走迷信』、『南都の会』、『雲海』がキャンプをしている。
その様子をマスコミが遠くからカメラを回している。
「おい、今日は十月三十一日だぞ。本当に明日攻略するのか? それにしてはヤツら、ずっと呑気だぞ」
「【H06】の塔は、ここから直線で百キロもない。連中が全速力で走れば、二時間で到着できる距離だ。だが、動き出す気配は微塵もないな」
「おい、一応発表では、バタフシャーン公国のゲートから行ける【F02】の塔って事になっているんだぜ」
「あの話か。国内じゃ、そんな発表に踊らされる奴はいないだろ」
バタフシャーン公国から三つのクランが帰国したとき、マスコミは空港に詰めかけた。
だがどのメディアも、あえて彼らの帰国を報道しなかった。
十七人会から報道規制がかかったこともあったが、日本のマスコミを出し抜くなら踊らされてやろう、この情報は秘匿してやろうという思いがあった。
それはマスコミの意趣返しでもあった。
バタフシャーン公国の国営放送が、自分たちの頭を飛び越えて【F02】の塔を攻略すると発表した。
たとえバタフシャーン公国に駐在していようとも、クランの所属は日本である。
すべての主導権は日本が握るべきなのだ。
自分たちに断りもなく、そんな発表をしたバタフシャーン公国、ひいてはそのクランにマスコミ各社はいい感情を抱いていない。
ゆえにこれらの件は一切報道せず、他国はいまだこのことを知らない。
「世界は【F02】の塔を攻略するって本気で信じているですかね」
「さあな。あそこだって攻略難易度Cだろ? 半信半疑なんじゃねえか?」
【F02】の塔でなければ、どこを攻略するのか。
それを知っているのは日本のマスコミだけである。
ゆえに、彼らの帰国のこと、【H06】の塔のことは、事が終わるまで一切報道しないよう、マスコミ内で協定が結ばれた。
思惑通りならば明日、日本に戻ってきた三つのクランは【H06】の塔を攻略する。
それを日本のマスコミは、独占取材するのだ。
「でも【H06】の塔も、そこそこ難易度が高いですよね」
「もう簡単に攻略できる塔なんか、残っちゃいねえよ」
発表があった【F02】の塔はもちろんフェイク。本命は【H06】だとマスコミは確信している。
ゆえに彼らがいつ攻略に向かってもいいよう、準備万端にして、少し離れたところで待機している。
「竜華国の妨害はあるんでしょうかね」
「あるぞ。十七人会が情報をリークしたって話だ。明日はきっと、塔攻略中に何かが起こるぞ」
塔の攻略に新兵器は使えない。
覚醒者の力押ししか、現在は認められていない。
この星間闘争に負ければ、どの国も生き残ることができないのだ。
いまの時点でその取り決めを破れば、その国は世界中から攻め滅ぼされてしまうだろう。
一国の命運と人類すべての命は、天秤にかけるまでもない。
ゆえに禁を犯す国はまだ現れていない。
そんな状況での塔攻略。
たかだか三つのクランだけで攻略できるほど、星間闘争は甘くない。
集まったマスコミは、あそこで佇んでいる三つのクランが間違いなく全滅すると考えていた。
自分たちはその様子をつぶさに撮影し、センセーショナルな見出しとともに世間に発表するのだ。
「……おっ、動きだすようだ。荷物を片付けはじめた」
「いよいよですかね」
マスコミが注目する中、三つのクランは手早く片づけを済まし、そのまま出発……せずに一人がゆっくりとこちらに歩いてきた。
その男は、みなが寛いでいる中で一人だけヘルメットを被り、バイザーを下ろしていたため、とても目立っていた。
近くまでやってきてようやく、相手がクラン『南都の会』のサブクランマスター大橋源次郎だと杉林は理解できた。
大橋の年齢は七十歳を超えており、圓家ルミカを支える影のドンとまで呼ばれている。クランマスターのルミカすらも頭が上がらないとも。
「我々はこれから近くにいるオフィードを相手に新兵器のテストをする。危ないから付いてこないように」
大橋はそれだけ言うと、すぐに踵を返してしまった。
呆気にとられたのは、杉林をはじめとしたマスコミの面々である。
「言いたいことだけ言って、いっちまった……」
だれかがそんな事を言った。
「だがこれでハッキリしたな。いまから塔を攻略するつもりなんだろ?」
杉林も静かに頷いた。
これまでマスコミを無視するかのような行動だったが、一転して付いてくるなと注意喚起したからには、移動先で何かをするつもりなのだ。
もちろんそれは、新兵器のテストなんかではない。
「行くか」
その言葉に、ここに集まった記者連中の全員が頷いた。
「連中は歩きか……まずいな」
三つのクランは徒歩で移動している。マスコミが同じように徒歩であとを追いかけたら、途中から走るつもりなのだろう。
オフィードは耳が良いことが知られている。
塔の攻略が始まった後ならばまだしも、何もないときに車で近づけばエンジン音で発見される。
そうなれば、オフィードの標的となるのは彼らではなくマスコミだ。
「せっかく車両の使用許可をとったのになぁ……」
杉林は考えた。自分だけなら見失わないだろう。だがしかし、他の記者を出し抜いて敵に回られたらやっかいだ。
杉林は、こう提案した。
「オフィードはエンジン音に敏感だし、テレパシーで通話もできる。塔の周辺を巡回していることを考慮して、塔から二十キロの距離まで車で近づくのはどうだ?」
どうせ目的地は分かっているのだ。いまは見失っても、必ず追いつくことができる。
問題は、攻略前に自分たちがオフィードに発見されることだ。
不用意に近づいて発見されれば、非覚醒者では戦うことも、逃げることができない。
囮にされる懸念もあるため、各社は示し合わせ、二十キロの地点まで車両で近づくことにした。
案の定、三つのクランは【H06】の塔付近でキャンプを張っていた。
このまま夜明けまで待つのだろう。オフィードは夜目が効くため、夜間の攻略は推奨されていないのだ。
そして一夜が明けた早朝。つまり、運命の日。
数名が双眼鏡を構えて、三つのクランを注視していた。
『クランに動き有り……あっ、塔攻略をはじめました』
「よし、向かうぞ!」
無線から通信がもたらされた直後、彼らは車に乗り込み、衝撃映像を撮影するため、【H06】の塔に向かった。
「……なんだありゃ」
塔攻略中と思っていたが、実際は塔の手前数キロメートルのところにまだいる。しかも煙幕が上がっていた。
「なぜ塔からあんな離れたところで煙幕……?」
「ほら、あれですよ。日本のなんとかって会社から大量に買い付けた煙幕でしょ? あれが新兵器じゃないんですかね」
「そんなのは分かってるよ! なんで塔から離れた場所で炸裂させてるんだ?」
煙幕が立ち上っている場所は、塔のはるか前。あれではオフィードに発見されるだけで、何もいいことはない。
「早めに見つかって、隠れてるんですかね」
「だとしたらもう、塔攻略は失敗だろ」
「そうなりますかね」
「かぁ~、いい絵が撮れると思ったのによぉ……おい、待て!」
煙幕は長くその場に留まるよう設計されている。
ゆえに煙幕の中は窺いしれないが、煙幕の中からときおり見える影に、マスコミの面々は総毛立った。
「あの影……オフィードだ!」
「逃げろ」
「早くしろ、死ぬぞ!」
煙幕で敵を見失ったオフィードは、エンジン音を響かせながらやってきた集団に気づいた。
慌てて踵を返すマスコミに、煙幕の外へ出たオフィードが襲い掛かった。
「逃げろ! 全速力だ!」
「アクセルを踏み込め!」
身を守るための装備を持参しているが、どれだけ効果があるか分からない。
そもそも効果があるならば、塔攻略に使用している。
マスコミが乗った車やオートバイは、散り散りなって逃げた。
だが、一番近いゲートまで二百キロ以上はある。
「くそっ、なんてこった!」
杉林は吐き捨てた。自分たちを囮にしたのだ。
すでにみなバラバラに散って逃げている。杉林の周囲に仲間は一人もいない。
オフィードは確実に、杉林を追ってきている。
「俺たちをハメやがった! 絶対に復讐してやる!」
テラノヴァでの活動は自己責任。それは杉林も理解している。だがこんなことが許されるものか。
マスコミのレポーターや新聞雑誌の記者など、塔攻略の邪魔でしかない。
大きなことを言えるはずもないのだが、十七人会の後ろ盾があると思えば、勘違いもする。
さんざん愚痴を吐きつつ、杉林はかなり長い時間をかけて迂回し、ほうほうのていでゲートまで戻った。
塔攻略は失敗。そう派手に喧伝してやると意気込んだ杉林の耳に飛び込んできたのは……
唯一バタフシャーン公国に残ったクラン『青の栖』によって、【F02】の塔が攻略されたというニュースだった。
「……………………はっ?」
杉林は、生まれてから初めて耳を疑った。




