022 豪邸
〇バタフシャーン公国・エリュシューム市 上野拳人
日本を発った専用機は無事、バタフシャーン公国に到着した。
俺と魔子は、法院さんと空港で別れて、タクシーに乗った。
「エリュシューム市Bエリアの32ブロックまでお願いします」
この国はロシア語と日本語が公用語になっているため、町中でも日本語に困ることはない。
法院さんは、覚醒者のみなさんを引き連れて新しいクラン事務所へ向かうという。
クラン『青の栖』は、今後もメンバーが増えることを見越して、三十階建てのビルを丸ごと購入していた。剛毅だ。
ビル購入の借金は、塔を攻略すれば報奨金ですぐに返せるらしい。
そして俺たちは……。
「ほえ~……お兄ちゃん。豪邸だよ。これでプールがあったら、超豪邸だよ」
「室内プールがあるぞ」
「超豪邸だったぁ!」
「ここは日本の東北地方くらいの緯度だからな。外にプールは作らないんだよ」
「ほうほう。ほうほう。ほう?」
「分かってないだろ。赤道を0度として、そこから北極点までを90分割したのが緯度だ。北緯とか聞いたことあるだろ?」
「あるかな? あるような、ないような」
人差し指を口に当てて、首を傾げていることから、聞き覚えはないのだろう。
この国は、夏は暑く冬は寒い。一年を通して寒暖差が激しく、冬は氷点下になることがほとんど。
ゆえに屋内に設置して、夏以外は温水プールにするのが一般的だ。
「ちなみにグリニッジ子午線から東西にどれだけ進んだかを表すのが経度だ。おまえも東経という言葉くらい……聞いたことがないよな」
頬にナルトができている。魔子に期待するだけ無駄だった。
「でもこんなすごい豪邸をわたしたちで使っていいの? 法院さんってお金持ちだよね」
「法院さんは金持ちだが、ここは俺が買った」
「ほへっ?」
「だから俺が買った」
思ったより安かったのと、丸薬を売った金が余りに余っていたので、現金一括で買うことにした。
魔子はなぜか、俺のことを宇宙人を見るような目で見てきた。惜しい。元異世界人だ。
なんにせよ俺と魔子は、日本を遠く離れたここ、バタフシャーン公国で暮らすことになる。
〇惑星テラノヴァ・筑美町ゲート付近 杉林秀治
十月の下旬も半ばが過ぎた頃。
バタフシャーン公国から日本にやってきた三つのクランは、「テラノヴァで実地検証をしてくる」と言い残し、筑美町ゲートへ消えていった。
それに多くのマスコミが追随した……のだが、一つだけ問題があった。
惑星テラノヴァに存在する危険箇所だ。
テラノヴァには警察官はいないし、交番すらない。活動はすべて自己責任。
戦う手段を持たないマスコミの人間にとって、テラノヴァはサバンナのど真ん中や、アマゾンの奥地より危険な場所となる。単独行動など、できるはずもない。
「さすが歴戦のクランだな。移動が速くて追いつけそうもないな」
遠ざかるクランを見て、杉林はそう独り言ちた。
覚醒者である杉林は、他のマスコミ連中を振り切って、一人で追いかけることができる。
ただその場合、道中にある危険は、自らが排除しなければならない。
杉林は、さすがにそれをする気にはならなかった。
かといって一般人と一緒に行動しては、距離を離されるばかりだ。
「忌避剤を持っていれば、原生魔獣くらい追い払えたんだけどな」
およそ二ヶ月前、杉林は借金で首が回らなくなっていた須藤徹に声をかけた。
杉林はテラノヴァで活動するつもりはまったくなかったが、スクープの為なら我慢もできる。
数日間我慢して、見事決定的瞬間を写真に収めることに成功した。
「スクープを持ってきたときの同僚の顔と言ったら……ぐふう」
アホな探索者がヒュージスパイダーに襲われているところを須藤が撃退した。といっても忌避剤を投げただけだが。
杉林は隠れてその様子を写真に収めた。それが記事となって雑誌『大衆パンチ』に掲載された。
センセーショナルな見出しをつけたそれは、ネットで話題になったと聞いている。
「あのスクープで社内賞を貰えるかもしれない。そしたらしばらく安泰だろう。無理をする必要もないか」
杉林は他の記者と歩調を合わせて、目的地へ向かった。
クランに付いていけたのはオフロードバイクを惑星に持ち込んだ数人だけで、杉林も持ち込み許可の申請を提出しているが、今回には間に合わなかった。
「なんだ? 真面目に練習しているな。あれはフォーメーションの確認か?」
三つのクランが意思を持って動いている。杉林から見ても、その動きは様になっていた。
覚醒者を集めたクランは、個性を一つの枠に押し込んだものと杉林は考えている。
クラン内部でさえ、まとまりを欠くことがある。
今回のように複数のクランで合同練習をしたところで、付け焼刃の域を出ないと思っていた。
だが予想に反して、彼らはよく訓練されていた。
「こりゃ、公国で相当練習したな。……健気だねぇ」
いくら頑張ろうと、結果は変わらない。覚醒者が百人程度で塔を攻略できるなら苦労はないのだ。
それが分かるからこそ、杉林は無駄な努力だと感じた。
「まっ、一応写真くらい撮っておきますか」
望遠レンズ付きのカメラを取り出し、杉林はシャッターを切りはじめた。
運悪く煙幕や閃光弾を使用した訓練をはじめてしまったため、あまりいい絵が撮れていない。
かといって近づけば、煙幕に巻き込まれてしまう。
他の記者も遠くから撮影しているため、杉林だけ目立っても良いことはない。
「他からも報告は行くだろうが、あとでこの様子を貴族様に報告しておくかね。どうせバイクを取りに戻らないといけないし」
そんなことを考えながら、杉林はシャッターを連続して切った。
〇
三つのクランが筑美町ゲート付近で練習をはじめてから三日後、バタフシャーン公国から塔攻略の日が発表された。
――十一月一日に、塔を攻略する
この攻略予定日は、多くの人の予想を超えたものだった。
あまりに早い。事情をよく知る者ほど、そう思ったのである。
このニュースは、瞬く間に世界中を駆け巡った。
新聞やテレビ、ネットでこの問題が取り上げられ、多くの人が注目する中、運命の日がやってきた。
◯竜華国・安慶省 ジョウ・ヤン
レギオン『九霄閣』は、九つのクランが集まって結成された竜華国を代表するレギオンだ。
結成は古く、長年、政府のバックアップを得て、国内最高峰の実力を兼ね備えるまでに成長した。
そんなレギオン『九霄閣』の代表をつとめるジョウ・ヤンは、集まった八人のクランマスターの前で、静かに口を開いた。
「日本のクランから、追加の情報が入った。十一月一日に【H06】の塔を攻略するそうだ」
「十一月一日だと!?」「早すぎる!」「距離はどれだけあるんだ?」「いまから行っても、間に合わないぞ」
各クランのマスターたちが慌てだす。
「【H06】の塔は日本のゲートに近く、我が国の一番近いゲートからだと、直線で三千キロほどだ。加えて、敵の勢力圏内を横切る必要がでてくる」
「三千キロだと!?」「しかも迂回が必要か」「車は間に合わないな」「だが航空機からの落下傘を使うと、帰りの足がなくなる」
各クランマスターが慌てだす。
期日が迫っている中、三千キロという距離の壁は、いかんともしがたいのだ。
「ヘリは地上から狙い撃ちされるぞ。面倒でも車両を使った方がいいだろう」
「本当に車でいいのか? 途中に川や崖、切り立った山があれば、どれだけ迂回が必要か」
「たしかに期日はすぐそこだ。だが、ジョウ首席には、何か案があるのではないか?」
名指しされたジョウは薄く笑って、一枚の写真をテーブルに置いた。
格納庫に置かれている小型戦闘機の写真だが、それを見た何人かが驚きの声をあげた。
「これは蜉蝣? ゲートに持ち込めたのか?」
ジョウは頷いた。
「そう、これは我が国が誇る垂直離着陸機の蜻蛉です。さすがに大型の戦闘機は無理でしたが、整備工場をテラノヴァに建築し、分解組み立て可能な機体として再設計したものです」
「おおっ!」
「……だがこれは、短距離戦闘機だぞ。到達可能距離は五百キロほどだと思ったが」
「ええ、外部タンクを積み込んで三千キロまで航空距離が伸ばせます。高高度での移動が可能ですから迎撃される心配はありません。目的地周辺までこれで行けます」
竜華国が誇る最新鋭の垂直離着陸機『蜉蝣』は、ヘリコプターのようにホバリングから垂直離着陸までを可能とした戦闘機である。
航続距離こそ短いものの、テラノヴァでの活動を目的とした機体となっている。
まだ世界にむけてお披露目すらしていないため、今回集まったクランマスターの半数が知らないほど秘匿された情報だった。それが今回の作戦で使用可能だという。国の本気度が伺えた。
「問題は騒音ですね。通常の戦闘機以上の爆音を出しますので、かなり離れたところで降りる必要があります」
「機体の整備と、燃料タンクの交換は?」
「そちらも手配済みです」
「おおっ」「それは凄い」「これほどまでバックアップしてくれるとは」「我々は期待されているな」「成功間違いなしだ」
各クランマスターの声は明るい。
日本が塔の攻略に乗り出した。もし成功されてしまえば、竜華国の面目は丸つぶれである。
国家上層部から阻止の指令が来たのは当然のことであった。
日本は常に、我が国の後塵を拝するべきなのだ。
幸い、日本の敵対クランから情報が流れてきた。それを使えば、攻略阻止の確率は上がるだろう。
加えて国家威信のため、我が国は最新鋭航空機すら貸し出してくれるという。なんとしてでも指令をやり遂げねばならない。
「それでは我々は、テラノヴァに覚醒者を送り込みましょう。そして必ずや、悪しき島国に正義の鉄槌を食らわせてやるのです!」
「応!」「もちろんだ」「当然、精鋭を送り込むさ」「ウチもだ」「帰ってすぐに選抜しなければ!」
こうして竜華国のレギオン『九霄閣』が慌ただしく動き出すことになった。




