第二十一話 黒の槍使い
規制線のテープが風に揺れていた。
昼の光の中では、やけに派手に見える。その内側に、四つ脚が横たわっている。
灰色の毛。
胴は太く、首が短い。
羊に似ている。
角は後ろへ湾曲していた。
脚は不自然な角度で折れている。
腹の下に、血が暗く溜まっていた。
茂はそれを一度だけ見た。
背後でエンジン音が止まった。
白いトラック。
側面に黒い文字。
【K市環境回収サービス】
ドアが開き、作業服の男が二人降りてきた。
グレーのつなぎ。反射帯。長靴。
一人が死体の前でしゃがむ。
「中型だな」
もう一人がタブレットを開いた。
作業員が鎖を取り出し脚に掛けた。
ユニックのワイヤーが下りてくる。
金属の擦れる音がして、死体が持ち上がる。
重さで体が少し揺れた。
作業員が言う。
「意外と重い」
「二百はあるな」
「ありそうだな」
荷台に落ちる音が鈍く響いた。
ワイヤーが戻る。
タブレットの男が言った。
「入力お願いします。」
茂はタブレットに必要事項を入力した。
警官が近づいてきて、死体の方を見た。
無線に短く言葉を送る。
「確認しました、もう大丈夫です」
茂は頷いた。それで終わりだった。
槍の穂先を布で拭く。
血は少ない。
シャフトのロックを捻り、二つに分けた槍をケースに収めた。
それを持ち上げ、規制線のテープを抜ける。
空気が少し違う。人の声が多い。
スマートフォンがいくつも向いている。
「さっきの人だ」
「あれ一人でやったの?」
茂は声のした方を見ないで歩きだす。
少し進んだところで、声がした。
「君」
男の声だった。茂は止まると視線を移した。
四人いた。
一人は大きい。頭一つ高い。
短い金髪の角刈り。
三十は過ぎている。四十には見えない。
砂漠迷彩のフィールドジャケット。
背中に武器ケースが二つ。
一つはたぶん銃。
もう一つは大きい。
ボウガンか。
横にもう一人、普通体型の男。
白いワイシャツの上に紺色のセーター。
フレームの無いメガネ。
大学生くらい。
茂より少し上に見える。
彼も武器ケースを背負い、腰には矢筒。
矢が長い。
ボウガンではない。
後ろに小柄な影が二つ見える。
金髪の男が言った。
「いきなり話しかけてすまない」
妙に芝居がかった話し方だった。
「なにか?」
茂は短く返す。
「君が最近噂になっている【黒の槍使い】で間違いないだろうか?」
茂は顔をしかめた。
意味が分からない。なんだそのダサい二つ名は。
「さあ。初めて聞きました。人違いじゃないですか」
「いや、すまない。自己紹介がまだだったな」
人の話を聞く気はないらしい。
「俺は、この地域の冒険者ギルドに所属するパーティー【天空の剣】のリーダーをしているカイトだ」
「三人は俺のパーティーメンバー」
横にいたメガネ男が軽く頭を下げた。
は?
え?
何を言っているのか、一ミリも理解できない。
――いや、理解はできる。
パーティーはチームの言い換え。
冒険者ギルド――は、アニメで見るやつだ。
異世界の就職先? ハローワークか。
だが、あれはアニメの話だ。
茂は一瞬、自分が違う世界に紛れ込んだのかと思い、周りを見渡した。
変わってはいない。
変なのは、こいつらだけだ。
「いや、間に合ってるんで」
関わりたくない。
そう言って、その場を立ち去ろうとする。
金髪の後ろから、女が前に出た。
「待ちなさいよ! カイトがせっかくあなたを誘っているのよ!」
声が高い。うるさい。意味も分からない。
茂は視線を女へ移した。
背は茂より頭一つ以上低い。
こいつも金髪。そしてツインテール。
グレーのカーディガンに黒のショートパンツ。
腹が少し見えている。寒くないのか?
年齢は茂より確実に上だろう。
ユイよりも上かも。
見ていて痛い。
腰に日本刀を一本下げている。
鞘は赤い。
そんな刀何に使うんだ?
全身を見る。姿勢。足。手。
脅威ではない。
「なにか言いなさいよ!」
なんでこいつは俺に怒っているんだ。
頭がおかしいのか。
「リシェル、やめるんだ。ここは俺が話すから押さえてくれ」
リシェル……
名前もイタイ。
どうみても顔は日本人だ。シメ子辺りがお似合いだろう。
思わず笑いそうになる。が、無表情を保った。
「それで、その天空……さんは、ぼくに何か?」
だめだ。
笑いそうになる。
パーティー名を言えない。
「君は有名な冒険者だが、ギルドに所属していないと聞いてね」
「どうだろう。一度、話を聞いてもらえないだろうか」
いつの間に俺は、未登録から冒険者にジョブチェンジしたんだ。
――あ。
これ、あれか。
ドッキリ。
ゲート現象のあと、ああいうバラエティーは少しずつ減り、
いつの間にか、消えた。
復活したのか。
茂は視線を振りカメラを探す。
ない。
……ない?
まじで?
男の影から、最後の一人が前に出た。
背はツインテールよりさらに低い。
黒いダッフルコートにグレーのプリーツスカート。
青に染めたショートカット。
やる気のなさそうな目。
白い肌
顔は可愛い。
だが子供だ。
中学生くらいに見える。
女がぼそりと言った。
わざとかどうかは判断できない。
「話くらい聞くのが常識……」
こいつらキャラ濃すぎじゃないか?
茂は一瞬だけ黙った。
――こういう場合、どうするのが正解なんだ?
「どうだろう。近くの酒場で、食事でもしながら話を聞いてもらえないだろうか」
「もちろん、ご馳走する」
……なんか断りにくい。
いや。
もしかしたら、興味があるのか。
深層心理で。
俺が?
分からない。
話を聞けば分かるのか。
面倒だ。
どうせこのあと飯を食べる予定だったし。
――飯だけご馳走になって帰ろう。
一旦まとめた考えを捨てた。ご馳走になる。それだけでいい。
「聞きます」
金髪ツインテールが腕を組み、仁王立ちで言った。
「最初から素直にそう言えばいいのよ」
やっぱりうるさい。
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