第十八話 まだ終わらない
犬型が倒れても銃所持者たちは動かない。
銃口は下がったまま。
新型銃は発砲待機に入っていない。
許可は降りず、誰も撃てない。ただ見ている。
「……終わった?」
周囲の空気が遅れて動き出す。その言葉が軽い。
足元の男は首が裂け、血が泡を作っている。
まだ完全には止まっていない。
誰かが我に返る。
「救急車 早く!」
別の声。
「もうかけてる!」
「もしもし、駅前で……えっと、男の人が噛まれて倒れてて、血がすごいです、急いでください」
喉の奥で空気が鳴る。呼吸は浅く途切れ途切れ。
肩がわずかに上下し、瞳は開いたまま焦点がない。
片手が地面を掻き、力は入らず指先だけが震えている。
茂は少し見て、生存率を測る。
低い。
救急は間に合わない。
近づいてきた銃所持者の一人が茂を見る。
「……あんた、登録か?」
「いいえ」
外はざわめき、内側だけが動かなかった。
サイレンが近づいてきた、白い車体が角を曲がる。
救急車が急停止するが隊員はすぐに降りない。
車内から現場を見る。
倒れた個体の傍に立っている男。銃を持った市民。
ドアが開く。
「対象、制圧済みですか?」
誰かが答える。
「もう動かない!」
救急隊員が駆け寄り首の傷を確認した。
頸動脈の損傷を確認し、圧迫止血を始める。
遠くで別のサイレン。赤色灯が近づく。
パトカーから警官が降り、周囲を見渡す。
「ここから規制線引いて」
テープが張られ始めた。
規制線が引かれ、ようやく現場が管理される。
近づいてくる警官の顔に見覚えがある。
「才能さん?お疲れ様です。 ちょっと覆面めくって顔だけ確認させてください」
茂は頷く。
「お疲れ様です」
言って警官にだけ見える様にバララクバを目元までずらした。
「ありがとうございます。」
警官が倒れた個体を見る。
「回収、もう手配されました?」
「まだです」
「じゃあこちらで回します。近くに一台います」
無線に短く指示を飛ばす。
数分で白い回収車が入ってきた。降りてきた男も顔なじみだ。
「才能さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
必要事項の入力。
案件番号と位置ログ。短い確認だけで終わる。
警官が戻ってくる。
「他にありませんね」
茂は一言だけ。
「帰っていいですか」
警官は周囲を見てから頷く。
「大丈夫です。こちらで処理します」
茂は止まらない。
「中型、どうなってます」
警官が端末を見る。
「まだ終わってません。応援向かってます」
「でも距離ありますよ」
茂は頷くと、槍を分解しケースに収めた。蓋を閉じる。
「行きます」
警官が一瞬だけ見る。
「気をつけて」
茂はそれ以上答えない。ケースを持ち走り出す。
サイレンは背後。前はまだ、静かだ。
三キロ先。
小型の現場を離れ、幹線へ出るとバララクバを脱いだ。
信号は無視しない。だが止まらない。
青になる前に角を曲がる。
歩行者が振り向く。風が先に抜ける。
呼吸は一定。足音だけが速く街の音が薄くなる。
二つ目の交差点。三つ目。距離はあるものの、遠いとは感じない。
体は重くない。むしろ軽い。汗もなく脈も変わらない。
足が地面を押すたび、反発が強い。
前に出る。
中型の警報地点が近づく。赤色灯が見える。
警官が規制線を張っている最中だった。
高層アパートの一階のコンビニ。
ガラスは砕け、入口の自動ドアは半分ずれている。
内側では冷蔵ケースが倒れ、床のタイルがいくつか割れていた。
弁当棚だけではない。陳列棚も傾き、片側に寄っている。
店内から低い音が続く。金属が擦れる音。
冷却機の唸りが途切れがちに響く。
離れた位置に登録が三人。全員クロスボウを構えている。
背には新型銃。
入口付近に外れた矢が数本、店内の棚にも一本刺さっている。
撃った跡。だが仕留めきれていない。距離を詰められない。
ガラス越しに黒い影が動いていた。
茂は記憶にある警官に近づく。
「どんな状況です?」
警官が答える。
「害獣は店内」
「登録の人たちが外から抑えてますけど、まだ撃てない状態です」
茂が警官に聞く。
「許可、出そうですか」
警官は首を振る。
「まだです。上が止めてます」
店内を見ながら続ける。
「バックヤードに店員が一人取り残されてます。
退避確認が取れない限り、発砲許可は出ません」
規制線が伸びる。
黄色のテープがもう一段、さらにもう一段と張られていく。
パトカーが増え、無線の往復が重なる。
登録駆除従事者は位置を変えない。
クロスボウを下げず、店のガラス越しに気配だけを追っている。
背中の新型銃は許可待ちか。
中からは、ときおり物の倒れる音。
包装が裂ける乾いた音。
茂は後退しない。
ケースを開け、槍を組む。
接合部を締め、刃先を確認。握りを確かめた。
バララクバを被る。
視界がわずかに狭まり、呼吸が落ち着く。
距離を取った位置で構える。店の出入口が視界に入る角度。
入らない。だが、動ける位置にいる。
さらに外周が広がる。通行人は押し戻される。
交差点が止まり、歩道が空く。
やがて紺色のハイエースが入ってくる。
「県警本部」の文字。
エンジンが止まりドアが開いた。
紺色の戦闘服に黒のギア。
バララクバ、ヘルメット、ゴーグル。
スコープ付M870。
後方にはM700と観測手。
危険生体対処班。
登録が一歩下がり空気が変わった。
そのうちの一人が、視線を横に流した。
目が合う。
「ああ……前、ショッピングセンターの」
硬い声。
「行けそうですか?」
茂は短く答える。
「様子見です」
規制線の外で、膠着が続いていた。
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