第55話 もう一つの日常
アパートのドアが閉まる。
金属と木が噛み合う小さな音だけが、やけに鮮明に残った。
ユイは振り返るより早く距離を詰める。胸元を掴み、そのまま引き寄せた。
唇が重なる。
浅く触れるだけでは終わらない。呼吸ごと奪うみたいな深いキスだった。
体温が混ざる。さっきまで死と隣り合わせだった身体の熱が、ここで一気に現実へ引き戻される。
離れない。
ユイの指が迷いなくベルトへ触れる。金属がかすかに鳴る。キスは続いたままだ。
玄関の狭い空間に、互いの呼吸だけが濃く溜まっていく。
「……ほんと」
唇が離れた瞬間、ユイが笑う。隠さない目。
「今日の、ズルいって」
そのまままた口づける。今度は首筋へ。熱を確かめるみたいに、ゆっくり。
膝が床へ落ちる。
視線だけが上を向く。いたずらみたいな笑み。
指先が触れ、布越しの反応がはっきりと伝わる。
茂は視線を落としたまま、それを受け止めている。
ユイの手が下へ滑る。
呼吸が絡む。距離が消える。
理性ではない。
衝動だった。
身体の奥に溜まっていた熱が、一気に溢れ出す。
小さな声が喉の奥で崩れる。
動きは止まらない。
玄関に押し込められたまま、熱だけが加速していく。
水音が静かに満ちている。
シャワーは止まらない。細い振動が壁の内側で淡く反響し続けていた。
ユイの背は壁へ触れている。逃げ場のない距離。
柔らかい部分だけが、圧を受けてわずかに形を変える。
そこへ茂の体温が重なる。
離れない。
押し付ける力ではない。逃がさない圧。
腰が沈むたび、壁と身体の距離がさらに消える。
冷たい感触と熱がぶつかり合い、感覚の境界だけが曖昧になる。
荒い呼吸が首筋へ落ちる。
熱を逃がす場所を探すみたいに顔が沈む。
ユイの喉で息が揺れる。
拒絶より先に身体が反応していた。
茂の手が腹部へ滑る。迷いのない位置。
そのまま強く引き寄せる。
内部へ逃げ場のない圧。
速度が上がる。
理性ではない速度。衝動だけで刻まれるリズム。
シャワーの水が髪を濡らし続け、頬を伝う線が視界の端で光を細かく砕く。
止まらない。
離れない。
圧力だけが加速していく。
視線は揺れない。
乱れた呼吸の奥で、ユイはわずかに笑った。
「……ほ……、んと……」
掠れた声が湿った空気へ溶けていった。
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