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僕と彼女の猟奇的な日常  作者: nnnkkk
僕と彼女の猟奇的な日常

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第30話 間に合う速度

茂はユイに買って貰ったラムレザーのジャケットを羽織った。

薄い。

だが、薄いほうがいい。

動ける。

そして、少しだけ守ってくれそうな気がする。


デニム。

これもユイが選んだやつだ。

「似合いそうだから」と言って、勝手に買ってきた。

防具じゃない。

でも手持ちで一番、生地が厚い。


腰にベルトを通す。

クリスマスで貰った、たぶん高いやつだ。

ホルスターも、ユイの金でついた。

スプレー缶を差し込む。


重い。

現実の重さ。


手袋だけは違う。

メカニクスの The Original。

これは自分で買った。

指が動くし、滑らない。

握るための道具だ。


ニット帽を被る。

プラダ。

似合うとかじゃない。

敵の牙が遠くなる。

ユイの生活の匂いがする。


靴はニューバランスの996。

これもユイが買った。

底が柔らかい。

走れる。


こうして並べると、妙だった。

装備の大半が、自分の金じゃない。

狩りに出るのに、他人の金で固めている。


玄関の姿見に映った自分を見て、茂は一拍だけ止まった。

装備に見えない。

ほとんどユイの金だ。


茂は、小さく笑った。





外に出ると、空気が乾いていた。

寒さじゃない。

街の温度が、薄い。


ケースの取っ手を持ち直し、歩き出した。

行き先は決めていない。


決めるのは、通知だ。


スマホを開く。

画面に、K市害獣警報センター。

案件が並ぶ。


番号、区画、通報時刻、規模の推定、そして短い注意文。


茂は指でスクロールした。

見ているのは危険の大きさじゃない。

条件だ。


ガスが一本しかない。


残弾。

この一本を外したら、今の槍はただの槍になる。


そう考えた瞬間、目的が変わる。

勝つ場所を探すんじゃない。

死なない場所を探す。


通知を追いながら、頭の中で現場を潰していった。


駅前。

人が多い、矢玉が飛ぶ。

混戦。規制線も張られる。


――無理。


繁華街

狭い。

導線が読めない。

逃げ場がない。


――無理。


河川敷。

開けている。

逃げられる。

だが、人が少ない。

ミスをしたら、誰も止めてくれない。


――微妙。


歩きながら、もう一段深い条件を出す。


イレギュラーが出にくい場所。

足を取られない、逃げ道が固定できる。

遮蔽物が少ない。

余計な人間が少ない。


そして――


ミスしても、リカバリーしてくれる人。

身代わりになる人間。

先に倒れるもの。


自分が槍を試すためには、

自分以外の動く物が必要になる。


視線を奪い、牙を向けられ背中を晒すもの。


自分がそれをやる必要はない。


綺麗事じゃない。ただの構造だ。


指を止め、ひとつの案件を開いた。

市街地の端。

空き地と住宅がまだらに混ざる区画。


「推定:中型|《80〜200》」

「※大型の可能性」

「現場対応中」

「複数名」


――中型。

悪くない。


大型上位なら、一本では賭けになる。

中型なら、一本で試せる。


その表示を、信用しすぎないように視線を押し殺した。

推定は推定だ。

誤差はいつも、致命傷になる。



地図を開く。

距離と到達時間、信号の数、詰まりやすい交差点を確認する。


歩きだと遅い。

走れば間に合う。

だがケースを抱えたまま走れる距離じゃない。


どこまで行ける。

どこで息が切れる。

どこでケースを開ける。


指で線を引いた。

最短じゃない。

間に合う線。


倒される前に、間に合うか。

その一点だけを計算する。


そして――最初から一人じゃない。

先に噛まれるやつがいる。

その分だけ、時間が増える。


ケースを見下ろした。

取っ手が指に食い込む。

痛みがある。


それでいい。


一本しかないなら、

守るべきは勇気じゃない。


順番だ。


スマホを閉じ、歩幅を変えた。

早足でも走りでもない。

間に合う速度だけを選ぶ。


行き先は、もう決まっていた。



茂は走り出した。

ケースが脇で跳ねる。

軽い。

軽いのに、腕が痺れる。


五分。

それ以上は遅い気がする。


スマホを見ない。

見ても地図は変わらない。

変わるのは、現場だ。


曲がる。

横断歩道を使わない。

車道の隙間を抜ける。

信号を避ける。

路地へ入る。


息が上がる、喉が乾く。だが速度は落とさない。


ケースの取っ手が指に食い込む。

痛みが出る。

痛みは、まだ走れる合図だった。


公園の柵を回り込み芝生を横切る。

足元が少し沈む。

滑る。

それでも止まらない。


住宅の裏の細い通路、ブロック塀の影。

近道は音が少ない。


角を曲がりながら、頭の中で一度だけ繰り返す。


中型。

複数名。

警察は、まだ――

規制線は、まだ――


遅れたら終わる。


終わる、の意味は三つだ。

規制線が張られる。

害獣が倒される。

もしくは――全員が倒れる。


息を吐き、さらに速度を上げた。


ケースが跳ねる。

肺が焼ける。

足が重くなる。


――間に合え。


――――間に合え。



最後の角を曲がり、現場の方角へ視線を投げた。

音が、先に来る。




まだ――終わっていない。


角を曲がった瞬間、音が先に刺さった。


鈍い衝撃。

鉄が潰れる音。

ガラスが鳴く音。

それが一定の間隔で繰り返されている。


次に光。

交差点の角。

コンビニの白い看板。

昼なのに、あそこだけ夜みたいに明るい。


そして――車。


古いハイゼット。

カンガルーバーだった物の残骸。

駆除屋の車だ。


その鼻先が、電柱に刺さっていた。

フロントが潰れて、ボンネットの形が消えている。

ライトが片目だけぶら下がって、点いていた。


動けない。


避けた。

たぶん、個体は回避した。

だから、そのまま柱に突っ込んだ。


その前で、黒い塊が跳ねていた。


四つ脚じゃない。

肩の筋肉が盛り上がって、腕が長い。拳がある。

その拳で、車体を殴っている。


ゴン、と音がする。

車体が揺れる。

窓が震える。

金属が歪む。


執拗だった。

おもちゃで遊ぶ子供みたいに。

茂の目は車内に吸われた。


人影。

三つ――に見えた。


運転席、助手席、それと後ろ。


だが、ひとつだけ動かない。


割れた窓から冷気が入り込み、

車内の空気が外に漏れている。


頭が垂れていた。

揺れているのは身体じゃない。

車体が殴られて跳ねているだけだ。


声は聞こえない。

聞こえないんじゃない。

出ていない。



交差点の反対側に、別の影があった。


男がクロスボウを構えている。


腕を広げた弓の形、引き絞られた弦。

装填された矢。


撃てる距離だ。

だが撃てない。


車内に三人、黒い塊が車体に張り付く。

矢は抜ける。


外せば誤射、当てても一矢では足りない。


男は狙いをつけたまま、動けなかった。

肩だけが硬い。


茂はケースを握り直した。


状況が、最悪に近い。


槍を試すつもりで来た。

だがこれは、試す現場じゃない。


――本番だ。


拳がもう一度、軽を殴った。

車体が揺れる。

中の三人の影が跳ねる。




息を吸い、吐いた。


視界の中で、黒い塊が遊んでいた。

本日もお読みいただきありがとうございます。


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

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明日も21時に更新予定です。引き続きよろしくお願いいたします。

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