人気者はツラいにゃ
『おはようございます。』
恭太郎がバイトの許可を得て初めての土曜日、初出勤の日となった。
『ごめんね。男の子用の制服作ってなくて。』
アルバイトを募集するのに、女性のスタッフを想定して深雪と同じ制服は用意していたが、男子がスタッフに加わるのは里沙にとって想定外だった様だ。
そのため、暫定的に学校制服のワイシャツとスラックスを着用し、猫耳カチューシャとエプロンのみ店のものを使っている。
『でもその格好でも可愛いわよ。女子用の制服でも良いんじゃない?』
深雪は可愛い系の男子が好みで、大学時代は寅之介もたまに女装させられていたが、真に受けた恭太郎の顔は赤くなった。
『純真にゃ高校生をからかったらダメにゃ。』
オープンから2ヶ月、少しずつ常連客も現れている。
その中で、特に頻繁に来店するのがキミちゃんこと福田貴実華とみくちゃんこと仲川未久理の二人で、二人は同じ高校に通っている。
『寅ちゃん、たまには寅ちゃんでもふもふしたいな。』
二人が来店するのはほとんど土日なので、寅之介はいつも忙しく動き回っている。
『ごめんにゃ。今度暇な時にお相手するにゃ。』
『寅ちゃん、避妊してないんでしょ?せめてウチにいるタマの子ども産んでくれないかな?』
貴実華は自宅でタマという雄猫を飼っている様だ。
『寅はダメにゃ。子どもを産んだら、人間に戻れなくなるかもしれないのにゃ。』
トラと同化した寅之介は、避妊手術や妊娠・出産など身体に大きな変化があると人間に戻る事が出来なくなる可能性が高いとトラから言われている。
そのため、避妊手術はせずに発情をしない薬で妊娠を抑えているのだ。
『キミちゃんの家には男の子がいるのきゃ?』
『うん。キジトラの子なんだよ。外に出さないから去勢していないの。お母さんは去勢した方が病気しないから良いって言ってるけど、もう一匹くらい飼いたいし。』
貴実華はそう言うが、去勢していない雄は外に出せば種をバラ撒く事はするが、子育てに参加する訳ではない。
確実なのは雌猫も一緒に家の中で育てる事だが、猫は一度に複数の子を出産するので一匹だけ増やすとはいかない。
『ごちそうさまでした。寅ちゃん、またね。』
『ありがとうにゃ。』
二人は3時間ほど滞在して店を出た。
『二人とも良い子にゃ。』
『何鼻の下伸ばしてんのよ?』
深雪は女子高生にやきもちを焼いている様だ。
閉店後は、深雪と寅之介、コトラの[女性軍]は、もとは寅之介が一人で住んでいたカフェ2階にあるアパートの部屋に帰り、4匹の雄猫たちはそのままカフェが寝床となる。
「元気なのは良いけど、くれぐれも程々にね。喧嘩したらごはん抜きだから。分かってるよね。」
寅之介は帰り際、雄猫たちに釘を刺した。
育ち盛りのやんちゃなタロとハチは、赤ちゃんの頃から寅之介に厳しく育てられ、寅之介の言い付けを守っていた。
しかし、それまで野良として自由気ままに生きてきたオオシロとオオハチが加わった時、釣られてはしゃいだ結果、店の備品を大量に破壊してしたのだ。
翌日惨状を目にした寅之介が激怒し、4匹共3日間食事なしという厳しい処分が下された後は4匹共禁を破る事はなくなっている。
『シロ、ただいま。』
避妊手術をしていないシロはいつも部屋で留守を守っていた。
「どうしたの?ごはん食べてないじゃない。」
シロはどうも食欲がないみたいだ。
「ごめんなさい、ちょっと調子が悪いみたい……。」
シロは寅之介に申し訳なさそうに謝ったが、どうも元気がない。
『シロ、どうしたの?』
『風邪かにゃ。……あ、こんなところに!』
具合の悪いシロは部屋のトイレではない場所におしっこをしていた。
『こんなところで、ダメじゃない!』
それまで粗相などした事がないシロに深雪が叱責したが、寅之介はただの風邪ではないと思う。
『深雪ちゃん。シロ、そろそろ始まるきゃもしれにゃいにゃ。』
寅之介は発情期の前兆だと指摘する。
『そうみたいだね。どうしようか?』
雌猫が発情期を迎える前兆として、食欲がなくなったり尿の回数が増えたりする傾向があり、大体5日以内で発情期に移行する。
雌猫が発情期になると、独特の大きな鳴き声で雄猫の発情を誘発するのだ。
『深雪ちゃん。シロの相手にキミちゃんちの子っていうのはどうかにゃ?』
深雪は寅之介を女子高生に可愛がられて鼻の下を伸ばしているだけだと思っていたが、しっかり娘の交配相手を考えていた。
『キミちゃんの家の猫ね。さっき、去勢していないって言っていたけど、ワクチンは射っているのかな?』
今や人間も猫も、ワクチン接種は大事なのだ。
『問題がないにゃら、この部屋に招くにゃ。』
寅之介は、自分の部屋を交配場所として開放するつもりである。
シロは間もなく、発情期に移行していった。
『なーーお。』
『これ、近所迷惑よね。』
『早く交配しないと、一旦収まってもまた直ぐ発情するにゃ。』
雌猫の発情期は10日以内で収まるが、その間に交尾をしなかったり、排卵に至らなかったら再び発情期がやって来る。
交配を望むなら、発情を抑えるためにも早めに雄に引き合わせた方が良い。
『キミちゃんに連絡取れるかにゃ?』
『会員になっているから、お店に行けば携帯の番号分かると思う。』
早速貴実華に連絡を取り、シロとタマの交配を後押しする事になった。




