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78 氷海で唄ったオルニス 72『氷海で唄ったオルニス・中編』

「……あの、サファイア嬢。使おうとしている歌は、何節あります?」


 エアロンの質問に、サファイアは顔を傾け、指をあてていた。


「これは、わたしが作った唄ではないのですが、58節あります」


「馬鹿な!! 普通でも10節ちょっと……唄えても、20節以下だぞ?!」


 エミュリエールが声をあげる。


「58節の唄か……さぞ、消費するだろうな」


 ジェディディアが顎を撫でていた。


「さぞ、どころじゃ無い。そんなもの……」


 自殺行為に近い。


「唄えるの?」


「唄えますね。ただ、それは魔力が満タンな時ならですが」


「それなら今は無理って事だな」


 ルシオは頭が痛いのか、額をさすって、そう言った。


「その通りです。だから、一番感覚の合うエアロンに相談したくて」


「まさか……! もしかして、それは、唄を短くしたい、という事か?!」


「はい、今のわたしでは、その20節減らした、38節が限界だと思っています」


 エアロンはテーブルに置いた手を堅く握りしめる。言葉遣いも保てないほど、興奮気味になっていた。


「なるほどね」

「そんな事、出来るのか?」


 エミュリエールが横目でエアロンを見る。


「出来なくは……ないです。ですが、儀式はいつになりますか?」


「4の刻だね」


「割と遅いんだな」


「4の刻ですか。急げば何とかなるか……」


 今は1の刻半を過ぎたところ。4刻はある。


「待て、4刻を丸々唄の修正に当てるわけには行かない。サファイアはこれから1刻は休息を取る事になっている」


 ルシオが薬の入った小瓶をみせた。


「ルシオ兄、それは唄を直してからじゃダメなの?」


「ダメじゃないが、魔力が減っている状態を少しでも回復すべきだろう、本当は1刻でも足りないくらいだ」


「サファイア、ちょっと来て」


「はい、エリュシオン様」


 そばに来たサファイアを、膝に座らせたエリュシオンは、見上げている彼女のおでこに、自分のおでこをくっつけた。


「サファイア、教えてくれる? どうしてこんな事を考えたのか」


 強くエリュシオンを見据えている瞳。


「こんな事を言ったら、幻滅させてしまうかも知れないですが。わたしが死なない事を前提に、考えたらこれしか無くて」


「そっか」


 エリュシオンは安心して、サファイアをぎゅっと抱きしめた。


「それなら、僕は君の絶対的な協力者だ」

「仕方ないな」


 腕を組んでいたルシオも表情を緩めて気が抜けたように息を吐いていた。


「それなら、早く取り掛からないと」


「そうだな。システィーナにも力を借りたいところだが」


「彼女、今、儀式で手一杯だよ」


 国の魔術が支える人間は、ほとんどが、救助活動や魂送りに駆り出されている。

 エアロンを選択したのは盲点であり、名案だった。


 唄について話し始めた、サファイアとエアロンを見て、エリュシオンは肘をついた。


「不服か?」


 多少キサラが弾けて、トラヴギマギアの事を知っていても、2人の話に入れるほどの力量はない。


「ううん。我が娘ながら、頭が切れるなと思ったとこ」


「それは、お前を見てきているからだろう?」


「兄上のがサファイアと長くいたじゃん」


 2人は、並んで椅子に腰掛けていた。


「あぁ、話してくれるまでに一年はかかったがな。お前はこの世で、一番彼女と仲がいいだろう」


「一番はアシェルだよ……」


 エミュリエールが眉を上げる。

 エリュシオンの横顔が自分を見ているようで、いつの間にこんなに大人になったのだろうと思った。






 ジェディディアもピアノで加わり、唄の修正は進められた。

 2人に唄を聴かせると、一度で2人とも覚え、歌詞を書き出す。


「これを、短くか」

「歌詞に聞きなれない言葉があるな」

「もともと、この国の言葉ではないので……」

「はぁ?!」


 確かに、魂送りをする場合、基本はその国の言葉、その国で育った者が唄うことになっている。


「他国の唄か」


 エアロンは歌詞を見つめ、眉をひそめていた。


「この、『還す』というのはあまり鎮魂では使われないのだが、必要か?」


「やっぱり、修学院に行くと、そういう事が分かるのですね」


 トラヴギマギアを使う場合、言霊と、注ぐ魔力量で大きさが決まる。

 詞は術者本人が考える。


 だけど、サファイアには、この国の言葉にした時、どれを省く言葉かが分からなかった。


「これも、これも、待てよ……これを入れて省くか」


 すごいな。


 答案を添削しているかのように、エアロンがいらない言葉に線を引いていく。


「こうやってみると、不思議な唄なんだな」

「どれどれ?」


 ジェディディア何気なく言ったことに、エリュシオンが興味を持ったのか覗き込んでいる。


「本当だね」


『魂を受け取る』『悲しみを落とす』『雲の中で戯れた日』『誕生の唄』


 どれも、馴染みのない言葉。


「『誕生の唄』ってあるっけ?」

「ありそうですが、ありません」


 エアロンが即座に答えた。


「え、ないのですか?」


 これは、だいぶヒントかも知れない。

 エリュシオンは口を覆っていた。


「お前ら、早くしないと、時間がなくなるぞ」


 ルシオが無表情で、呼びかけており、エリュシオンは少しだけ目を細めた。


「そうですね。続きをしよう」


 あれこれ歌詞を削り、並べ替えて、おかしくないように整える。


 そうやって、直した歌詞を今度は、修正した旋律にのせる。


 予定では38節にしようとしていたところ、ジェディディアが「美しくない!」と言い張り、けっきょく唄は35節に収められた。




「少し疲れましたね」


 サファイアはほぅっと息を吐いた。


「後は、食事まで寝るだけだよ」


「休めば、寝てる間に脳が学習してくれる。そういう事だな? エリュシオン」


「よく分かってる。ルシオ兄」


「当たり前だろう。そうじゃなきゃ、黙って見てたりしない。まったく……ほら、サファイアも早く休みにいくぞ」


「あ! 待ってください」


 歩き出していたルシオの服をつかんで、サファイアが引き止めた。


 くるりと振り向き頭を深々と下げる。


「ありがとうございました、皆さん。ルシオ様、エリュシオン様。この唄は、わたしが記憶を無くす前のものになります」


 という事は……


「眩暈だな」


 サファイアがコクッと頷いた。


「はい。死なない程度、と言っても、きっとこれでもギリギリだと思います。後の事が心配で……」


「分かった、良きに計らうよ」


「お願いします」


「さあ、もう行こう」


 にこっと笑い、サファイアはルシオの後をついて行った。


「次から次に、不安は増えていくな」


「まったくだよ。もう、慣れてきたけどさ。エアロンもありがとね」


「いえ……儀式が終わるまでいても宜しいでしょうか?」


「私もそれには賛成だぞ」


 横から口を挟むジェディディアを、エアロンが睨んだ。


「確か、相談事が終わったら帰りたいと言っていたが、いいのか?」


「自分が手がけたものがどんなか、興味が湧きました」


 この時、珍しくエアロンは、薄らと、笑みを浮かべていた。





 サファイアが午睡をしている間、エリュシオンは、儀式がどういうものであるかをアンセルに伝えに行く。


 そこには、もちろん、アシェルも同席していたが、デュラン達や他国の人間はなしで、会話はなされた。


「そんな規模の魂送りをしようとしてるのか?」

「それは、あまり知られたくないな……」

「魂を送れるのはいいんだけどね」


 それはそれで、ほかの問題が出てきた。

 とんでもない規模のトラヴギマギアを使う少女が、フェガロフォトにいる。


 そんな事が知られれば、国を揺るがす事件だって起こるかも知れない。


「仕方ないな……」

「そうですねぇ」


 アシェルとアンセルが並んで腕組んでいる。

 後ろにいたオズヴァルドが相槌をうって口を開いた。


「唄わなかったことにするしかないでしょうね」


「それは、お前はそれでもいいのか?」


「え? 僕に聞かないでよ。でも、サファイアも分かってるだろうから。僕自身は、それでもいいと思ってる。だって、アサナシア陛下に合わせただけでアレだからね」


 問題は、どうやって”隠す”か? この後、それについてエリュシオン達は策を練ることになった。

お読みいただきありがとうございます

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