75 氷海で唄ったオルニス 69『王の判断』
タラッサに作られた、避難所は全部で3つ。
その中でも、アシェル達は、第一避難所という、一番大きな所に滞在している。
救助活動は続けられていて、今は、第二避難所の様子を見に来ていた。
みな、暗い表情をしているのが目に入った。
「ん、あいつは」
「知ってる子?」
アシェルの見た先には、岸で動けなくなっていて助けた1人。
「助かったんだな」
アシェルが声をかけると、彼はびっくりして振り返った。
「あ……あの時の! ありがとうございました!」
母と逸れてしまった、と言っていた、自分と同じくらいの、少年。
老人を支えて、移動している所だった。
「目が悪いのか?」
「はい。体調が良くないので、今日ほかの避難所に移動するので手伝っているんです」
「お前の知り合いか?」
少年は首を振り、はにかんだ。
「あの怪物が来る前に聴いた、唄……あれを思い出して、助け合わないとって、思ったんです」
「そうか……頼んだぞ」
ちゃんと見れば、避難所には、憔悴している人間だけではない。
きっと、大切な誰かを失って、それでも、助け合おうとしている、人々の姿が見えた。
この少年の、母親も、おそらく見つかってはいないだろう。
アシェルは、聞く事は出来なかった。
だけど、見つかることを、心の底から思っていた。
避難所を出る頃に、紙飛行機がアシェルのもとに飛んで来た。
”至急、伝達する事がある。第一避難所に戻ってくるように”
国王陛下である、父からの手紙だった。
(なんだろう?)
「エリュシオン、一旦戻るぞ」
「召集? なんか……」
エリュシオンは、嫌な予感がしていた。
「何かは書いてない。これ以上、嫌な事があってたまるか」
救助と、魂送りに追われている、この状況。
津波による被害を受けてから、もう、4日が過ぎている。
情を抜きで考えるならば、自分だって考える。
このままではいけないと。
「それなら、いいんだけどね」
2人が、第一避難所に、行くと、既にデュラン達と、国手館長のアリムタがいた。
扉が開いて、アンセルとアサナシアが、デュラン達と入ってくる。
ちょっと遅れて、救助活動をしていた、騎士団長のセドオアも入って来た。
「やっぱり、やな予感がするよ」
エリュシオンが人知れず、呟いた。
「集まってもらって、すまない。皆も分かっているだろうが、救助活動は難航を極めている」
周りは、黙って聞いていた。
ただ、エリュシオンだけは、何を言うか?、分かっているかのように、横目でテーブルにある羽根ペンを、じっと、見つめていた。
「特に、魂送りをする、唄い手が足りていない。彷徨う魂が増える事で、魔獣を呼び寄せることだけは、何としても阻止したい。そこでだ……アリムタ、サファイアの容態はどうだ?」
エリュシオンは握る手に力を込めた。
「まさか、アンセル。サファイアに魂送りをさせるつもりか?!」
思っていた言葉は、アサナシアが代わりに投げていた。
「サファイア嬢は、4日前に運び込まれた後、カノンに乗せ、順調に回復をしています」
アンセルが頷く。
「その通りだ。我が国は、今回被害は、国の財政が傾くほどだ。他の国に、弔いを依頼する事は、得策ではないと考えている」
あれだけの事をして貰いながら……
まだ、更に求めるなんて、どう言う事だと言いたかった。
だが、この状況では、その結論になってしまうのは、仕方のない事だと、誰もアンセルを責める者はいなかった。
「サファイアって、誰だ?」
重苦しい空気。
デュランの言葉が、沈黙を切った。
「デュラン様。サファイア嬢は、バウスフィールド家の養子となった、『イシュタルの使い』と呼ばれている少女です」
「イシュタルの使いだって?!」
ロンダークに言われて、デュランもようやく分かったらしく、アシェルは苦笑いを浮かべていた。
「そうだ。そして、サファイアは、俺の婚約者になる人物だ」
「はぁ?! 今まで、スティーリアが終わるまでは婚約はしない!、ってずっと言ってたじゃないか!」
「話を戻しますが、まず、サファイアに直接、出来るのかどうかを聞くべきでは?」
聞かなくても分かる。
「もし、拒否をするようであれば、最後に儀式をした責任がある、と言うところだが……アサナシア、分かっている。彼女は……恐らく断らない」
敵を見る、鋭い目で見ていたアサナシアの表情が少しおさまった。
「エリュシオン、頼まれてくれるか?」
「そう、せざるを得ないでしょう」
自分自身に、言い聞かせた言葉でもあった。
幼いながら、莫大な魔力を有する者の、運命。
「父上、俺も、一緒に行って来ます」
「あぁ、任せたぞ、アシェル。着いたら、まず、私のところに連れて来てくれ」
「はい」
アサナシアは、まだ、納得のいかない表情をしていた。
国手館である、生体研究所まではアムリタが転移魔術を使う事になった。
教科書に載っているような、魔法陣が出されると、それぞれがその上に乗る。
「ルスターク」
唱えた瞬間。
「おい!」
1人だけ、予定外の人物が飛び込み、彼の付き添いだったロンダークの声が、微かに聞こえた後、転移は発動された。
景色が一変して、穏やかな建物の風景に変わる。
「ここが、生体研究所か?」
「デュラン。お前……」
「だって! お前の婚約者なんだろ? どんな美人なのか見てみたいじゃないか!」
「戻っていただきましょうか?」
「いや……。デュラン、サファイアは耳がいいんだ。あまり、騒がないでくれよ」
ここまで来てしまっては、とくに追い返す理由は、あまりない。
アシェルがそう言うと、他の2人も、何も言わなかった。
「多分、この時間だと、昼食を摂って、起きてはいるはずです」
「あの後、いつ目が覚めたの?」
「その日のうちに、一度目が覚めてる。だが……かなり不安定で、もう一度眠らせる事にした」
「そりゃあ、あんな事があった後だもんね」
「事は、そんな簡単じゃないぞ、エリュシオン」
「え? どう言う事?」
「お前も、だいぶ苦しんでいただろう? エンスゥシスだ」
その言葉は、エリュシオンにとってあまりに、いい記憶ではなかった。
「酷いの?」
戦闘などの後、精神が過敏になるために起こるエンスゥシスは、普通なら持続しない。
だけど、彷徨の時期であれば、その症状は重くなる。
「型は、まだ分からない。彼女の魔石が割れたんだろう? それを気にして、少し興奮していた。お前達から様子を聞けばきっと安心する」
部屋に向かって歩いて、アムリタが話し出した。
「ここに来る時間なかったからなあ……」
「サファイアは、一言も、お前達を呼んでほしいとは言わなかった。だから、呼ぶと言ったんだ。そしたら……呼ぶなと言われた。無事なことだけ分かればいいと、な」
「…………」
「ここだ」
扉の前まで来て、中に入り、カノンと呼ばれるベッドには、サファイアの姿はない。
「おかしいな。しばらく出さないようになっていたはずだが……」
「ここにあるのがそうか?」
デュランが、少し離れたところで何かを見つけ、覗き込んでいた。
1人がけのソファにある、クッションなのかと思った。
よく見ると、見覚えのあるマントを覆い、もこもこした髪が、はみ出していた。
「あぁ。それが、サファイアだ」
「マジで?!」
アシェルが答えると、デュランが大層、驚いていた。
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