74 氷海で唄ったオルニス 68『追われる救助活動、足りない魂送り』
城の中で、2人の男が話していた。
1人は、眼鏡をかけ、気難しそうな表情をしており、もう1人は、王座に座っていた。
「我が、王。他国の事に手を出して、宜しかったのですか?」
「イポヴリキオンテラスだ。仕方ないだろう」
「そんなこと言って、また”いつものやつ”じゃないでしょうね? まあいいですけど。また、空間に戻すのは貴方ですしね」
王と呼ばれた男は、頬杖をついて、姿勢を崩した。
「…………あぁ、やだなぁ。疲れるなぁ」
「そりゃ疲れるでしょうね。あんな、大魔術使って、また、城を移動させるんですから」
「あのさ、ちょっとだけ……」
「手伝うなんて嫌ですよ。貴方の魔力まだ余ってるでしょう? さっさと移動させてください」
少しずり落ちた眼鏡を直して、すましが顔をする。
「そんなぁ」
「雲くらいは作ってやろう。さっさと、やれ、ルナ」
不貞腐れて、子供っぽく頬を膨らませた後、王と呼ばれた男は真顔になり、足を組んだ。
(今度こそ、スファレライトかと思ったのに……)
目を閉じ、城に魔力を通し始めた。
※
「動き始める……」
夜空に浮かんでいた城が、ゆっくりと浮上していく。
夢でも見ているかの様だった。
さっきまで無かったはずの、雲が、城の上空に現れる。
城は、そこに身を埋めていくと、やがて、完全に見えなくなった。
残ったのは、殆ど海に沈んだ、タラッサの街と、カリスティオクリュシュタの残骸。
そして、沢山の死体。
沈んだのを入れたら、相当な人数になるだろう。
(雨よけなんて、使う余裕なかったな)
降った雨で体が濡れ、本来の季節の風が吹き、体から熱を奪っていく。
「ゼストースエアラス」
温かい空気に包まれたと思ったら、使ったのはエミュリエールだった。
「兄上、良かった。無事だったんだね」
エミュリエールは、フィリズを連れていた。
「アレクシスが! 魔石も割れて、うわあああん!」
「サファイアの魔石が、割れた?」
フィリズは泣きじゃくって、目を赤く腫らしていた。
「アレクシスが彼女を投げた時に、私が受け止めたのだが。雷が降って来たろう? 気づいてよけては見たんだが、2人とも間に合わなかったんだ」
エミュリエールも、割れて、ただの石になってしまったペンダントを見せた。
「まて、お前ら、あれに直撃したのか?!」
「はい。きっと、このペンダントは、身代わりの付与が付けられていたのでしょう」
さっきまで、萎んでいた気持ちが、膨らんで、期待に変わる。
「アレクシスを探してくれ!!」
アシェルは、心よりも早く、叫んでいた。
※
それからは、救助活動と、死体の回収が主となった。
アサナシアも、【透視】を使って、活動に参加してくれていた。
1日目。
明るくなって、街の惨劇に言葉を無くした。
黙々と、活動を続ける2日目。
この日も、アレクシスの情報は、入らなかった。
3日目。
皆に疲れが見え始める頃、海で生存者が見つかったと情報を受け、急いでいったものの、別人だった。
「アシェル、少し休んだら?」
「いや、何かやってないと、落ち着かない」
エリュシオンはため息をついた。
「心配なのは分かるけど、やる事はやって!」
紙で包んだものをエリュシオンから投げられ、アシェルは受け取った。
開けてみると、玉子とソーセージと野菜の挟まったパンだった。
「ちゃんと、食べないと……アレクシスも怒るよ」
「なんで、お前はそんなに平然としてるんだよ、心配じゃないのか?」
アシェルは、パンを眺め、眉間に皺を寄せる。
大きく目を開いた、エリュシオンが、アシェルの様子を見て目を細めた。
「心配してるよ。だけど、なんかさ、大丈夫だって思ってるんだよね」
「どうして?」
「だって、あの雷を受けた2人が生きてるんだよ? むしろ生きてなきゃ、なんで? って僕は思う」
「…………」
アシェルは、目に涙を溜めていた。
あんなに、サファイアに偉そうなことを言っておきながら、自分は、弱い。
信じるべき、闘うべきは……自分だ。
手に持ったパンをかじると、しょっぱかった。
「大丈夫だよ。食べてからでも間に合う」
「お前……丸くなったな」
「やだな、体型には気をつけてるつもりなんだけど」
両手で叩いて、手についたパン屑を落とした。
「分かってて言ってるだろ」
「あ、バレた?」
「俺は、生きてるに賭ける」
「じゃ、僕も生きてるに賭ける、って……賭けになんないじゃん」
元気が出て、アシェルが小さく笑い声を漏らした。
それから、救助活動は続けられ、4日目。
「エリュシオン!」
アシェルが息を切らして、走ってきた。
「どうしたの?」
「見つかった!」
「見つかったって……」
エリュシオンは立ち上がった、膝に手をついて、息を整えるアシェルを見下ろした。
「アサナシア陛下が、だいぶ沖に流されていたのを見つけてくれたらしい」
既に、急拵えした避難所に運ばれた、ということだった。
アシェルは鼻をすする。
2人は急いで、彼のいる場所に向かった。
「まだ、目が覚めたばかりなので、手短にお願い致します」
「分かってる」
診察をしていた国手に通してもらうと、床に直接置かれた布団に、横たわる、アレクシスの姿があった。
青白い顔に、険しい表情で、天井をぼんやりと、見つめていた。
「アレクシス!」
アシェルの声で、アレクシスはようやく目を向け、体を起こそうとする。
「寝たままでいい!」
「アシェル……あぁ、俺助かったんだな」
弱々しい手を、がっしり、と掴むと、冷たくて。
それは、死と隣り合わせで、氷の浮かぶ海を、何日もさまよっていた事が、容易に想像できた。
「よかった……」
手を握ったまま……アシェルは布団に突っ伏していた。
もう、会えないかと思っていた、互いの姿。
「俺は、今日というほど、神に感謝した事はない」
目を赤くして、弱々しくではあったが、アレクシスは、いつものように、ニカッと笑っていた。
アシェルは、顔を上げられないほど、声を殺して泣いていて、その背中をエリュシオンが叩く。
「……おかえり」
「あぁ……」
エリュシオンは、拳を、アレクシスの胸に押し当てた。
「悪りぃ」
そこには、もうただの石になってしまった、サファイアのペンダントが、ぶら下がっていた。
「僕らは、運が良かった……とても」
目を細め、エリュシオンは、ペンダントを愛おしそうに見ていた。
兄も、フィリズも、アレクシスも。
あれだけの被害がありながら、このペンダントのお陰で、親しい者が死ぬ事なく、生き残れた事が、本当に、誇らしかった。
それから、アレクシスは、アンセル陛下の計らいで、生体研究所に運ばれ、しばらく療養する事になった。
4日目ともなると、命を落とした人の魂が、海を漂い始め、トラヴィティスを集め、魂送りが始められる。
今回ほど、死人が多かった事はなく、何度かに渡り、儀式は行われたものの、終わりが見えずに、事は難を要していた。
「埒があかんな」
「私が、魂送り出来ればよかったんだが……」
アサナシアとデュラン達は、その後も、救助活動に協力的だった。
だけど、応援できた他国の者は、イポヴリキオンテラスがいなくなった事を確認し、興味を無くして次々と帰ってしまったのだった。
「この間に、魔獣が出ないとも限らん。このまま、ずるずると続けるのは、出来れば避けたいが……」
2つの国には、トラヴィティスはたくさんいても、鎮魂を使えるのは多くない。
アサナシアも『タウマゼイン』を立て続けに使い、疲れた表情をしていた。
「確かに、得策じゃない……だろう」
この後も続くであろう、救援に、少しでも多く、力を残しておく必要があった。
アンセルは、顎を撫でていた手を止める。
そらから、肘をついて、頭を抱え、深くため息をついた。
「他の国に、有償で依頼してもいいのではないか?」
「いや、それをする前に、まだ、やるべき事がある」
「やるべき事、とはなんだ? 事は急を要す。あまり、時間はないぞ?」
「分かっている…………オズヴァルド!」
「はい」
「広い部屋に、騎士団の責任者と、ガラルチュランの王子、それと、アムリタを集めてくれ。至急、伝達したいことがある」
「は! かしこまりました」
アンセルは、そのまま部屋を出ていく。
一言、言ってやろう、と、アサナシアは目で追っていたが、苦悩を感じさせる背中に、とても、言い出す事は、出来なかった。
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