69 氷海で唄ったオルニス 63『ロウウェルのお礼《コロディア》』
カリスティオクリュシュタに着く手前で、エリュシオンがケリュネイアを止めさせた。
「君は、『コロディア』って知ってる?」
「えと、氷上祭の最終日、ステージに集まって唄うやつですよね? グエナヴィアさん(サファイアの家庭教師)から教えてもらいました」
見てみたいとはおもってたけど、今回は、自分の役目が終わったら帰ることが決まっていたので、仕方ないと思っていた。
「そうだね。君は、発声法を知らなかったようだけど、氷上祭では“降らせる声“は、基本的に禁止されているのは分かったよね?」
「はい。氷上祭では、儀式をする人だけが、使っていいもの、ですよね?」
「そのとおり。でもね、もう一つ例外があるんだ」
サファイアは首を傾げていた。
「コロディアでソロをする人も、使っていい事になってる」
「あの部分ですか……」
「覚えて来てるの?」
「どういうものか、聴かせてもらった時に覚えました。大勢に対して1人で唄う部分だと」
で、それがどうしたのか?
サファイアは不思議そうな表情を浮かべていた。
「じゃ、いいや。行こうか」
「え? エリュシオン様! それじゃよく分かりませんよ」
納得いかないサファイアが、エリュシオンの腕を叩いていた。
(いつも、驚かされてばっかりなんだから、たまには驚きなよね)
「あはは」
「もう! 何笑ってるんですか? ちゃんと教えてくださいよ」
「それは、ついてからのお楽しみだよ」
エリュシオンは、久しぶりに、にっこりと笑っていた。
氷上祭、昨日唄った場所まで来ると、その異様さに気づく。
「すごく、人がいっぱい、いますね」
「そう? 君が唄った時も、多分これくらいだったと思うよ?」
1番ステージを取り囲み人が溢れている。
ステージの上には、ロウウェルがいて、今は人前だからなのか、笑ってこっちを見ていた。
「来たね」
ギュイネスが言った。
ロウウェルが、空にいる2人を見ながら頷いて、拡声器を通して、人々に呼びかけた。
『みんな、急な呼びかけにも関わらず、集まってくれて、ありがとう!』
わぁぁああ!! っと歓声が沸き起こった。
『今、主役が到着した』
ロウウェルに指を差され、たくさんの視線に撃ち落とされそうだった。
「……エリュシオン様ですか? いてっ」
別に、冗談を言っわけでもないのに、エリュシオンに頭を小突かれた。
「そんなわけないでしょ! とぼけてないで」
「なぜでしょう?」
「オピオネウスは、売られた恩は、返すのが礼儀なお国柄だからね。黙って受け取ったらいいよ」
(それだけじゃないけどね)
エリュシオンは、悪戯を考えている子供のような表情をしていた。
『昨日の、アイギスの儀をした、サファイア嬢。彼女は、この祭のために力の限り儀式に臨み、そして今日、万事をとって、祭りが終わるのを待たずして、帰らなければならない』
ざわざわとした声が聞こえていたが、ロウウェルはそれを遮った。
『これを見ずして、帰ってしまうのは、実に納得がいかない』
ロウウェルの意思が、周りに伝わり、さらに大きな声が上がった。
『だが、いくら俺でも、1人では無理だ。手伝ってくれるか? 見せてやろう、『コロディア』というものがどういうものであるかを!!』
止まない歓声の中、ロウウェルが、横にいるギュイネスと顔を見合わせる。
お互い頷いて、ギュイネスが空に向かって魔術を放った。
それは、花火のように空中で弾け、ひらひらとした花びらのように、一帯に降り注いだ。
「エリュシオン様、あれは?」
「あれが、『コロディア』。いる人全員の魔術を使って唄う、トラヴギマギアだよ」
花びらは、散らばるのではなく、大きな、魔法陣を描いていた。
出だしを唄うのは、昨日ステージを見た女の人。
奇襲のような、『コロディア』に、みんなノリノリで唄い出した。
(うわっ)
まるで、威圧されたかのような衝撃が、下から迫ってくる。
「やってくれるね。大勢対、1人」
「2人じゃないんですか?」
「僕は、唄えないからね。せっかく、君のために用意してくれたんだ、頑張ってね」
「えぇ!」
驚いてあげた声すらも、たくさんの声の前では届かなかった。
「キサラ! 使ってもいいですか?!」
「え? なに?」
「キー! サー! ラー!」
「あぁ、使いたいの?」
エリュシオンは、腕を叩いたので、サファイアは、コクコクと頷いた。
彼が、指で丸を作る。
それを見て、サファイアは買ってもらったキサラを腕話から出した。
2番の出だしは、クーパの2人が、カッコよくハモり、引き継ぐように、とロウウェルが指を差される。
ソロの場所が近づく。
サファイアが頷き、キサラをかまえ……
……大きく息を吸い込んだ。
声の圧がなくなる。
しん、とした中、他を圧倒する唄声。
サファイアは、見事に声を降らし始めた。
「見てみろ、アンセル。面白いことをしているぞ」
氷の城から見えるコロディアに、アサナシアが目を細め、ニヤニヤしていた。
「面白いかは知らないが、クーパの2人も粋な事をするな」
「まぁ、コロディアのソロは、三日間のステージで1番客を集めたものがするから、あの2人も、サファイアが、二日目に帰ると聞いて許せなかったのだろうな」
「伝統に則ってしているならば、私たちも何も言えん」
アンセルも、腕を組んで、鼻で笑っていた。
昨日のクーパの盛況ぶりは、しばらく塗り替えられそうもない事は、2人の王も、理解をしているところだった。
「彼女は、天才だ。だが……」
1人の騎士が王の間に慌てた様子で入ってきた。
オピオネウス国の騎士だった。
「大変です!! はぁ……はぁ……」
「そんなに息を切らして、何事だ?」
アサナシアが、騎士に駆け寄り肩に手を置く。
「出ました……」
騎士のただことではない様子に、2人が険しい表情となった。
「ヒケッチャルヤで、『イポヴリキオンテラス』が目撃され、真っ直ぐこちらに向かっている、という事です!」
「なんだと!!」
海の怪物と言われる『イポヴリキオンテラス』は、魔獣とは比べ物にならない、語り継がれる“天災“のようなものだ。
「なぜ、そんなものが……」
アンセルが、呟く。
「今は、そんな事はどうでもいい。とにかく警報を鳴らせ! 避難を優先するんだ!」
「了解しました」
待機していた、両国の宰相もすぐに、王の間から動き出した。
キサラを鳴らすと、羽が降り注ぐ。
子供たちが、羽を掴もうと、戯れている様子が見える。
澄み渡る声に皆が聞き惚れ、その声に応えるように、また、声の圧が強くなった。
そこから最後までは、サファイアも一緒に。
1日早い『コロディア』
描かれ、作り上げられた、トラヴギマギアは勇敢さの象徴。
(さすがだ)
だが、ロウウェルも、誰も、納得のいく出来栄えとなった。
唄が終わると同時に、警報が鳴り響く。
(どうしたんだろう?)
サファイアが、視線をあちこちに飛ばしていた。
人々が、きょろきょろとあたりを見て、不穏な音に怯えている様子が見える。
「あの、これは?」
エリュシオンも、さっきとは打って変わり、緊張した面持ちをしていた。
放送が入る。
『怪物が、こちらに向かっています! 皆さん、落ち着いてカリスティオクリュシュタから避難してください! 繰り返します! 怪物がこちらに向かっています! カリスティオクリュシュタから避難してください!』
居合わせた、人々が、騒然として、慌てた様子でで口に向かい、走り始めた。
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