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怪しい影

[ななもえ]もゴールデンウィークは暦通りに休みの日は一切工房に出入り出来ない様に鍵が掛けられた。


『これ以上納期が遅れたら信用に関わる問題じゃない?』


『休日に働かせる方が問題です。』


このみも一歩も引かない。


『せめてあと2人……。作業スペースを考えると1人か……。』


梓の加入で多少楽にはなったが、焼け石に水の状態である。


『私も学校が終わったら出来る事なんでもやりますから。』


『ありがとう。でも今も充分手伝ってくれてるし、これ以上は無理だよ。学校の勉強が大事だから。』


このみ自身、中学一年生の時はバイトに夢中で勉強そっちのけだったがそれが身に染みている。


『なぎちゃん。またお友だち来てるみたいよ。』


『奥野さん?』


窓の外からちらちら覗き込む姿があった。


『奥野さん!』


『!!!』


渚が後ろから声を掛けたので、驚きのあまり飛び上がるすみれ。


『水くさいよ。普通に玄関から来れば良いのに。』


『だっていつも手伝いがあるからってつれないし、ゴールデンウィークは鍵掛かって誰もいなかったから。』


『ホントに忙しいんだよ。工房のみんな、目が血走ってるんだもん。私は居候なのに仕事出来ないからお掃除とか手伝わなきゃ駄目なの。』


そんな話をしているとこのみが2人の前に現れた。


『なぎちゃん。居候じゃないでしょ?うちはみんな家族なんだから。』


『でも、何も出来ないのが悔しくて。』


『うちで初心者を教えている暇はないからね。学校に服飾部みたいなのがあれば良いけど。』


そもそも奈々と萌絵は中学時代、服飾部で腕を磨いたのだ。


『でも、友だちは大事にしなきゃ駄目だよ。』


『はい。』


その場ではそう返事をする渚だったが、なかなかすみれに対しては工房に近寄る事を快く思わなかった。



そんなある日、いつもの様に工房の前をうろうろするすみれに1人の女性が声を掛けてきた。


『あの……。[ななもえ]ってここですか?』


『はい。でも、ここは工房だから作るだけで買えませんよ。』


すみれはその女性が自分の娘か知り合いに買うつもりで訪ねて来たと思った。


『ごめんなさい。私、県内に住んでいるんだけどよく分からなくて。ちょっとお話聞かせてもらえないですか?』


すみれは焦った。


怪しい人に付いて行くわけにはいかないが、もし会社の大切なお客だったら渚の顔に泥を塗る事になる。


『あの……そこの店で良いですか?』


すみれが指を指した店はおおたかという名前の大衆食堂だ。


ここなら近所だから店の人も馴染みがあるし危険な目には合わないだろう。


『いらっしゃい……あら、すみれちゃん?』


『こんにちは。』


返事がなにかぎこちない。


『何を食べますか?』


『いえ、夕食前ですし……。』


『じゃあ、ジュースで良いですか?』


『はい。結構です。』


たまに親と食べに来るこのおおたか食堂は単品でもボリュームがあり、中学一年生の女子が食べきれない事もしばしばである。


『すみません、やまと豚のひれソースかつ丼と、ジュースをお願いします。』


まだ日が落ちていない時間だが、2人で飲み物だけ注文する訳にもいかず、店のいちおし的なメニューを頼んだ。


『ななもえの服って人気あるみたいですね。』


何かリサーチでもしているのだろうか?とすみれは勘ぐる。


『はい。でも高くて親はなかなか買ってくれなくて……。でも一度だけ友だちと一緒にモニターっていうのをやって着させてもらいました。』


『モニター?』


『はい。駅前のトンキとか太田のリオンとかで歩き回るだけだったんですけど、結構回りの注目が凄くて。……あ、友だちの方は全然平気な顔をしていましたけど。』


すみれはこのみの提案で一度はモニターに挑戦したが、周囲の目に耐えきれず懲りてしまったのだ。


『へぇー、凄いですね。』


『お待たせしました。』


出てきたソースかつ丼は揚げたかつをタレにくぐらせたもので、桐生でも名物グルメで、甘いタレの香りが店内に広がる。


『良い香り。ごめんなさい、食べながらお話するけど。……モニターでしたっけ?』


『はい。こんな感じです。』


すみれが渚と一緒に歩いている写真を見せた。


『この子……ホームページに出てた子よね?』


『はい。同じクラスの子で、3月まで東京にいたらしいけど、お母さんと一緒に桐生に来たんです。』


女性の鼻息がだんだん荒くなってきた。


『じゃあ、このホームページに出ている別の子とかも分かる?』


女性は身を乗り出して自分のスマホの写真を見せた。


『分かりません。近所にもいない子だと思います。ただ……。』


『ただ?』


『なぎ……この子の友だちって言ってた様な気がします。』


『ありがとう。これお礼だから取っておいて。すみません、お勘定お願いします。』


そう言って女性は消えた。


『すみれちゃん、誰、あの人?』


『さあ?』


すみれの手には千円札が2枚握られていた。


紛れもなく、すみれに近付いてきた女性はさち子こと関根睦月だった。


睦月は、働いている旅館でゴールデンウィークに宿泊に来た家族連れのお客に子どもの服が似合って可愛いと誉めたら、それが今人気の[ななもえ]というブランドだと教えられた。


その晩気になって[ななもえ]のホームページを見たら、なんと楓と渚がモデルとして起用されているのを見付けたのである。


その会社が同じ群馬県内にある事を確認し、仕事の休みを利用してななもえを訪ねたところ、渚の友だちだというすみれに出会ったという訳だ。


帰りの電車の中で、睦月は悩んでいた。


(こんな事をしてどうするんだろう?もう自分は楓に会えない。楓には楓の新しい家族がいるし、自分も旅館の仲居としてずっとやって来ている。今さら会ったところで何も変わらないはずなのに。)


ただ、沸き上がる衝動は抑えられないのである。


別れたといっても血がつながっている我が子に一目会いたい。


もしかしたら[ななもえ]で働いているらしい梓ならこの気持ちを分かってくれるのではないか?


睦月はそう思い込み、渋川からバスに乗った。


(また次の休みの日にもう一度桐生に行くか……。でも梓が会ってくれるだろうか?)


答えは出せずに寮の近くのバス停に到着した。

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