初日はこうして過ぎ去った
ココに挨拶と、その世話を終えると、私は再びリビングへと戻った。
とにもかくにも、まずは図鑑を読んでしまうべきだろう。
畑耕したり、錬金術アイテムも作りたいけれど、知識をつけておく事は大事だし、図鑑を読み終わってからでいいよね。
ささっと読んじゃおう!
そう思って、リビングの本棚の前に立った私は、"ラザルドール・ネオスティアの手引き"と書かれた図鑑を手に取り……ピシリと固まった。
「ぶ、分厚い……」
ずしりと重いその図鑑は、とてもささっと読めるような代物には見えない。
けれど、せっかくラクロさんが作ってくれたものだ……頑張って読まなくちゃ!
私は図鑑を持って椅子に座ると、それをテーブルに置き、じっくり読む姿勢をつくると、ゆっくりとページを開いた。
ラザルドール
季節は、春、夏、秋、冬
一年は十三ヵ月。
一ヵ月は二十八日。
冬だけ一月分長い。
ネオスティア
お金は全て硬貨で、マニーと呼ぶ。
銅硬貨 一マニー
緑銅貨 十マニー
青銅貨 百マニー
白貨 千マニー
銀貨 一万マニー
金貨 十万マニー
魔法があり、精霊がいて、魔物がいる。
王族がいて、貴族がいて、平民がいる。
お風呂は、貴族の屋敷にはあるが、一般家庭には基本なく、平民は大浴場へ行く。
他にも街の施設やら、ネオスティアの各地の特徴やら、色々な事が書かれていた。
「うぅ……頭が爆発しそう……」
それらの事を頭に入れつつ図鑑を読み終わると、私はテーブルに突っ伏した。
正直図鑑の内容が全て記憶されたかは自信がない。
まあ、重点だけ覚えておけば、とりあえずは大丈夫だろう。
私は深く息を吐くと、ノロノロと顔を上げた。
窓から外を見れば、もう陽は落ち、薄暗くなっている。
どうりで、文字が読みづらくなっていたはずだ。
私は立ち上がると、灯りをつける。
この世界の灯りは、魔石をスイッチにして灯すランプだ。
ランプは壁の高い位置にあるが、魔石のスイッチは今の子供姿の私でも背伸びをすれば届く位置にある。
ランプひとつで部屋全体が明るくなるのだから凄い。
「ふぅ……畑も錬金術も、やるのはもう明日だなぁ」
できれば今日中に始めたかったけれど、仕方ない。
とりあえずそろそろ夕飯を作らなくちゃ、と私は冷蔵庫へと向かう。
この冷蔵庫も、魔石で動いている。
その扉に手をかけ、ガチャリと開けた。
「え……?」
中を見て一声ポツリと呟くと、私は扉を一度パタリと閉めた。
そしてもう一度ゆっくり開ける。
「……」
中を見て、今度は無言で閉めた。
開ける、閉める、開ける、閉める。
それを数度繰り返すと、閉じた扉にこつんと頭をつけた。
な、何で?
何で、何も入っていないの?
ラクロさんはさっき、後で日本の食材を入れておくと言っていなかったっけ?
そう、確か、あの馬鹿天使に命じてあるって…………ん?
……あの、馬鹿天使に?
そこまで思うと、私の脳裏にあの馬鹿天使の顔が浮かび、次いで嫌な予感が浮かんできた。
まさか……いや、あり得そう……というか、あり得すぎる。
「あ、あの馬鹿天使……ラクロさんの言いつけ、忘れたわね……っ!!」
『うっかり忘れちゃいました、すみません!』とラクロさんに頭を下げる姿が浮かぶ。
私は眉をつり上げぎゅっと拳を握ると、テーブルへ戻った。
そして四つ折りにした紙をポケットから出し、羽ペンを手にする。
このままでは、私の夕飯が食べれないのだ、仕方ない。
そう、これは仕方がないんだ。
あの馬鹿天使には、想像通りにラクロさんに謝って貰うとしよう。
私は暗い笑みを浮かべながら、取り出した紙に魔法の手紙に羽ペンを走らせると、それをラクロさんの元へと送った。
そのまましばらく待つと、テーブルの上が光り、そこにホカホカと湯気を上げたオムライスとキノコのスープが現れる。
その横には、ラクロさんの文字で書かれた手紙。
『失礼致しました。ルークは厳しく叱っておきます』と書かれていた。
「ええ、お願いします、ラクロさん」
私は心持ち低い声でそう呟くと、テーブルにつき、オムライスを食べ始めた。