暗闇
神子、とは何だろう?
何であのメイド長は容姿が変わったのか。
それより、自分は此処から出る可能性はほとんど無い。
地下のこの牢屋は壁も天井も石造りであり、音を通さない。鉄格子は細い隙間しかなく、鍵穴に手が届くのも困難だ。
冷たい牢屋の中は洞窟の様だが、奥まで行くには勇気がいる。
途方にくれ悩んでいる時、ふと小さな息づかいが耳に入った。
「っ…何?」
恐る恐る近づくと、暗闇に浮かぶ人影。
「…き、きゃああああああああ!お化けーーーーー!」
「…うるせえな。」
思わず出た悲鳴へは、怠そうな低い声が返された。
「………へ?」
ピタリと動きが止まり、声の主であろう人影に近付く。
相手は疲れた溜め息を吐き、胡座をかいて背中を壁に預けている。
よく見えないけど、髭と髪で顔が隠れてるみたい?暗いからどんな人か分からないよ…。
「…あの、ごめんなさい。誰かいると思わなくて。」
傍にしゃがむと、相手もいやと首を振る。
「…お前さん、かなり若そうだが何やってこんな所に?」
えと、と紅葉は首を傾げる。
「…私よく分からないんです。メイド長って人に案内されて、何でかここに入れられて?」
「メイドだと?」
相手の声色が険を帯びる。
はい、と紅葉はこくりと頷く。
「…俺もだ。元々俺はこの国に、十神衆五の方からの使者として来たんだが、メイド長とやらに案内されたのが此処地下牢だった。俺がこのままだと、外交問題に発展しかねん。」
十神衆五の方。
「…あの。 」
紅葉の緊張気味な口調に、相手も何か感じたのか居住まいを正す。
「どうかしたのか?」
「…あの。えっと、その十神衆とか、神子とかどういう意味でしょうか?もし良かったら教えてくれませんか?」
切羽詰まる様子に、相手も眉間に皺が寄る。
「…そんな事も知らねーとも思うが…お前さん何か訳ありみたいだな?どうせこんな所でする事なんてねえ。…俺で良ければ話すか。」
「…あ!ありがとうございます!」
勢い良く頭を下げた紅葉に、相手は苦笑する。
「んじゃまずは自己紹介でもすっか。俺は、十神衆五の方 侍従長 ケイラという。まあ、詳しくはおいおい言って行くから。」
はてなを浮かべる紅葉に、ケイラは少し楽しげだ。ケイラの目線を受け、紅葉も慌てて口を開く。
「…市原 紅葉です。日本から来ました。」
「…日本、聞かねえな…あと、モミジっつたか?」
「はい。」
日本が知られていない?
じゃあ、此処は何処なの?
「モミジは、初代の紅神子様の名だ。国によっちゃ罪になる場合もある。名乗るなら名前を代えた方が良いぜ?」
え…
「…そーいわれても。」
困惑する紅葉に、ケイラは頭を掻きつつ軽い口調で続けた。
「…別に名前を代えるわけじゃねえ。旅の者なら本名を言わない奴なんてざらだぜ?適当で良いのよ適当で。」
ふむ。
「…じゃあ、紅葉だからコウヨウにする。」
「ああ、悪くないな?」
頷くケイラに、紅葉はやっと本題を思いだし促す。
すると、ケイラは薄汚れた毛布に紅葉を座らせ少しずつ話し出した。
「…んじゃ、まずは………」
紅葉は胸ポケットの小さな手帳に壁の隙間から入る僅かな光を糧に、書き入れていく。
ケイラの話を簡単に噛み砕きやっと触りのみ理解する。
・この世界は、10国。
・10国には、一人ずつ王がいる。
・その王が十神衆。
・十神衆は、数百年ごとに転生する。
・1国に一の方という風に治める。
・十神衆は蒼神子と紅神子に仕える。
・神子は神の様な存在。
・神子の命は十神衆にとって絶対。
そこまで書き入れて、紅葉は息を吐く。
「…じゃあ、十神衆は神子に逆らわないんだ。」
「というより、逆らえないし、絶対従いたくなるらしいな。」
なんか、十神衆って大変そう。
はあ。
というか…
「…何でそんなに偉い人の使者が、牢屋に入れられたんですか?」
さあな?とケイラも息を吐く。
「…二千年も神子が居らず各国はピリピリしてる。そんな時、送った使者が帰って来ないとなると…争いの火種になりかねん。」
「…じゃあ、国同士で争わせる為に?」
「いや、確かにそれは直ぐ思い付いたが…何だかあのメイドには、もっと違う目論見があるんじゃねえかと。」
紅葉は先程のメイド長とのやり取りを思い出す。
自分が今日から紅神子だと言ってたけれど…ケイラさんにも言った方が良いの?でも、そんな事信じるかな?
頭を捻り考えに耽ると、その思考が止まる。
「……~~っ!」
「どうしたんですか?」
急にうめき声を上げたケイラに慌てて声を掛けると、腹部を抑える姿が。
「…ああ、牢に入れられた時、少しな。骨をやっちまってるが、此処じゃどうもできねえ。」
おろおろする若い娘を安心させようと、ケイラは軽い口調で言うが僅かに息が荒い。
「…痛いですよね?何か薬でもあれば良いのに。」
「……あのなあ。悠長に言ってるが、俺は閉じ込められたこの10日間、鼠一匹見てねえぞ?」
え?
帰れない?
そんな…受験だってあるのに。好きな男子に告白だってしてないのに。
黙り込み座り込んだ紅葉に、ケイラはただ暗い壁を見つめる。
次第に紅葉は目を閉じて浅い眠りに落ちるが、それはほんの一時の事だった。
薄暗い牢屋に淡い光が射し込む。
カツンカツンと靴音が響く。
紅葉は慌てて目を開けて、同じくそれに気づいたケイラに囁く。
「…もしかして、助けが来たんですかね?」
しかし、髪から覗くケイラの瞳は冷たい光を宿している。
「…だったら良いな。」
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