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36 炎の獣、決着す。



 プロングスは馬を走らせていた。外壁の上まで馬を連れ出して駆り出していた。馬上で息を整え、空気中にある魔力を吸収しつつ。


 鍛え抜かれた肉体は、流す程度の速さで走るならば疲れはしない。逆に少しづつだけだが体力が回復するのだ。だが、今は急ぐために馬を使っていた。


 プロングスが居た場所は南外壁。異変があると連絡があったのは北外壁付近だ。報告通りならば外へ打って出る事無く、鉄扉を閉めて守りを固めていれば問題無いはずだ。だが、探索や様子を見るなど、せっかく閉ざしている扉を開いてしまっていたら監視する場所を外ではなくて、内側に目を向けねばならなくなるだろう。


 特に暗殺など侵入する事に慣れた手合いならばなおの事気をつけておかねばならない。


 走りながらプロングスが思ったのはアシューにその辺を言わなかった事だ。


 普段から一緒に居るために傭兵として、戦いに慣れた者の常識を全て知っていると勘違いしてしまい、ついつい言いそびれてしまったのだ。


 唇を噛む。不安で落ち着かない。一刻も早くアシューの側へ居てやりたいと無性に駆り立てられているのだ。


 左手に城を見ながら、最高速度で向かっていた。




 視界の先に先ほどまで小さかった北門が大きく見えてきた。外壁の上には小隊が四つ待機していた。外側へ意識を向け、警戒厳重にしているようで少しだけ安堵した。


 だが、北の城門まで近づき、不安に指の爪を噛んでいるアシューを発見した時に気づいた。


 北門が開かれ、調査目的なのか数人の騎士が外へ出て行く姿が見えたのだ。


 プロングスはすぐにアシューの隣へ駆け寄り、


「なぜ開門したんだ。開けるなんて余りにも非常識過ぎるだろ!」


「外壁の外側から怪我をしたから助けてくれと言われたのよ。私だって罠だとは思ったけど、騎士としてそれは出来ないのよ!

 助けてと叫ぶ者を見捨てるのは国を守護する騎士として見過ごせるわけないじゃない!」


プロングスの強い口調以上に力強い言葉だった。だが……。


「それで、助けてと叫んでいた奴はどこだ?」


「見つからないわ……」


 不満と怒りをぶつけようと口を開くが、今口論したところで現状は変わらない。だから、プロングスはその気持ちを表すため、地面を蹴りつける事で表現し、それだけで気持ちを切り替えた。


「外へ探索に出た者がまだ居るなら、すぐに呼び戻せ。全員集まったら点呼して人数の確認しろ! 急げ!」


 プロングスの言葉に一瞬、戸惑うような仕草を見せた騎士達だったが、すぐに動いた。余裕が無くて、愛想が欠如していたが、今が危険な状態だと言うのは伝わったからだろうか。


 慌しく動き回る騎士を見ながら、プロングスとアシューは全体を見渡せる位置まで下がった。全体の指揮をするためでもあるし、小声で話せば誰にも聞こえない距離が欲しかったのだ。


「罠なのはすぐに気づいただろ。アシューなら惑わされないと思ったから城壁の護りを任せたんだぞ」


 一転して優しい口調に戻るプロングスだが、それへの返答は重いものだった。


「それは解ってるわよ。でも、あなたは傭兵の持論で動いているのでしょうけど、私は騎士として、騎士隊長としての義務と誇りで動いているのよ?

 あなた方なら簡単な事でも私は一団を守る必要もあるし、それに答えてくれる部下も居るの。

 実績も信用も浸透していないあなた方の命令通りに動けば、騎士として今まで教えてきた規律が乱れてしまうのよ。

 今のような状況なら確かにあなたの言う事は正しいんでしょうけど……ただ、それをそのまま実行出来ない理由が私にはあるのよ。そこは解って……ください」


 語尾は消えるような呟きに変わり、友人のような柔らかさは無く、分隊長としての返答に留まった。ただ基本的に上司はアシューの方なのだが、実力と経験、規律と肩書きに挟まれたアシューの気持ちが解るために強く出れない。


(規律も大事だとは思うが、死ぬよりはましだと思うんだがな……)


 思いつつもそれは口に出さなかった。確かに立場が真逆なのだ。やれと言われて出来ない事もあるだろう。


「……まぁ過ぎた事はどうしようも無いからな。それよりもこれからが問題だな」

 プロングスが全体を見渡して呟く。少し寂しそうなのは気のせいなのか……。


 目の前の北門はまた硬く閉ざされた。そして、外壁の上にはさらに警戒するために騎士が増やされ、下に残っている騎士達も隊列を整え終わった頃だった。一人の騎士が走り寄り、片膝を付いて報告した。


「一人足りません……」


 半ば予想していた事だった。アシューが俯き、下唇を噛む。プロングスは震える肩を落ち着かせるように叩く。そして――横へ突き飛ばした。


 アシューは女性らしい声を上げて倒れ、怒りに満ちた視線をプロングスへと向けた。が、それはすぐに困惑へと変わった。


 報告に来た騎士がプロングスへ寄りかかっているのだ。勢いを殺せなかったのか、まるで優しく抱かかえるようにプロングスは肩を抱いていた。足元の土にシミが広がっていく……。


 二人の間、騎士の拳からゆっくりと滴るもの……。暗がりでは色の判断は出来なかったが、それはぴちゃぴちゃと音を立て、地面へと落ちていく。


 少し冷えた風が緩やかに流れ、アシューへ香りを届けた。鉄臭い生々しい血の香りを。


 騎士の拳からは刃が出ていた。黒刃の艶消しを施されたある目的のためだけに製作された刃。暗殺を目的とした武骨なナイフだ。それがプロングスの腹部へ収まっていたのだ。


「え……」


 目に映る光景は解る。だが、なぜそうなっているのか、それが理解出来なかった。頼るべき人間であり、今の苦境を覆すだけの力を持った男なのだ。他の友人のような自信満々というわけでもなく、かといって嘲る事も無い。真摯な態度を基準に動くような男なのだ。騎士から見ても学ぶことが多い、尊敬出来る人間だ。


 その男が今目の前で自分の部下に抱き付かれて動かなかった。


 プロングスが耐え切れずに咳き込むと口腔から血を吐き出した。おそらく黒刃が内臓をも刺し貫いているのだろう。歯を食いしばり、騎士の肩をゆっくりと押して離す。騎士は抗うつもりが無いのか、それに促されるように離れた。


「てめぇ……アシューの部下……じゃねぇな」


 そう。一瞬の隙をついたとしてもアシューの部下ならば黒刃を突き刺すまでに迎撃出来た。それだけ身体的にまだまだ無駄が多い騎士達なのだ。


 だが、目の前の騎士だけは違った。報告するために片膝を付いたが、それは次の一手への布石だったのだ。伸び上がるように一歩を踏み出し、その勢いを殺さずに身体ごと体当たりしたのだ。


 ナイフを握ったまま。


 それもどちらかと言えばアシューを狙うような動きだった。咄嗟にプロングスが庇ったが、その結果が――目の前の状況なのだ。


 激痛が走るのだろう。たどたどしく言葉をしながらも視線は騎士から外そうともしない。遠巻きに居る騎士達はまるで見守るように立っていた。仲間である騎士が暴挙に及んだのだ。混乱もしているだろうし、どうしたら良いのかまったく解らないのだろう。


「こうでもしないと傷付けられそうもなかったのでな……」


 重い、暗い声。まるで闇から囁かれているような。言葉と同時に来ていた鎧の留め金を外す。鎧を全て脱ぐと、虚ろな瞳の人間が現れた。惚けているような男だが、なぜか声だけは明瞭だ。


「なぜ、止めを刺さない? 今がチャンスだろ?」


 口から血を流し、血止めするように腹を押さえるが、そこからもじわじわと溢れている。だが、視線は偽騎士から決して外そうとはしない。むしろ、剣呑とした意思と同時に楽しげな雰囲気が溢れていた。


「そのままでも普通の人間ならば死ぬだろう。私が手を出す必要は無い」


 そう言いながらも偽騎士はその場から動かなかった。否、動けないのだ。明らかに優勢である。そして、目の前に居る男には確実に致命傷とも言える傷を負わせたのだ。だが、身体から滲み出る雰囲気が先程よりも強くなっている。いや、今もどんどん強くなっていっているのだ。


 まるで裂けた腹から別の何かが這い出るようにゆっくりと確実に。


 だから、偽騎士は動けなかった。突っ立っているように見えるが、何かあればすぐに動けるように身体の筋肉を撓めているのだ。


「動かない……なら、こっち……からいくぞ……」


 にたりと嗤う。血で染まった口元が弧を描き、禍々しい笑みを浮かべた。


 状況としては助けなければならない。だが、アシューは動けなかった。動けば殺される。そう思えるほど強い意志が感じられたのだ。


 プロングスが空いた手に握る杖を軽く揺らした。それに呼応したのは偽騎士の真下、地面から飛び出す炎の塊。特に詠唱した様子は無かった。短縮詠唱でも何か引き金になる単語が必要なのだが、それがまったくなかったのだ。


 それだけに偽騎士の回避行動は遅れた。吹き荒れた熱波が一瞬で炭へと変貌させた。だが、遅れはしたが、それは致命傷にはならなかった。僥倖としか思えないほどギリギリのタイミングで避けたのだ。バックステップが刹那でもずれていたら全身が焼け焦げていただろう。だが、炎は偽騎士の身体の表面を舐め、衣服と顔の皮膚だけを焼いたに止まった。


 しかし、偽騎士は焦る様子が無い。まるで攻撃されると知っていたかのように落ち着き払っていた。


 それもそのはず、騎士が着ている衣服の前面は炭と化したが、その中から闇色の装束が見え、顔の皮膚が裂けるように破れて中から褐色の肌が見えていたのだ。


 ダークエルフである。


「やっぱり……侵入してたか……」


 どこか楽しげなプロングス。それに無言で答えるダークエルフの男。ただ、ゆっくりと黒刃を握り構えたのだ。


「殺す……か、生かすか……は時の運だとして……だ。名前くらいは聞い……ていいか?」


 台詞とは裏腹に言葉に張りが無い。だが、闘気とも言うべき圧力は益々強くなっていた。


「ジャイだ」


 ダークエルフの男――ジャイは小声で呟く。それを聞き取れたのか、青い顔をしたプロングスは薄っすらと笑みを浮かべた。


 その言葉が合図とばかりに生み出される炎塊。


 力が入らないのか、プロングスの身体は揺れていた。支えようとする杖も定まらず、さらに攻撃しようとすると杖を浮かせて微妙に前後に動かしていた。詠唱が破棄されているのか、無言だった。それでも生み出される炎塊は一瞬で炭化させるには十分な威力を秘めている。


 それに対抗しているのはジャイだ。最初の数発は大きく動いて回避していたが、ある程度行動が読めるようになったのか、最小限の動きだけで回避するようになっていた。


 ぎりぎりの範囲で回避していたが、それも長くは続きそうも無いと思っていた。炎の塊から派生する熱波だけで身体が焼かれそうなのだ。


 普通であれば、プロングスの攻撃に驚愕の表情を浮かべ、焼き殺されていただろう。だが、攻撃の原理を考えるのではなく、杖を動かせば高温の炎が生まれると認識すると惑う事は無くなる。あとはどこで狙いをつけているかだが、プロングスはふらふらと身体を揺らし、視線も血が足りないのか定まらない。それでも正確にジャイを狙っていた。


 それもどうやって狙いをつけているのか、という理屈は排除した。ともかく動けば狙いが定まらないと考える。


 そう判断したジャイの行動は早かった。左右へのステップだけでは無く、黒刃を閃かせて威嚇し、一歩出ると見せかけて下がるフェイントを用いて狙いを散らす。


 攻撃を回避しながら、ジャイは冷静に狙っていた。目の前に居る魔術師の攻撃の基点となるのは当然、手に持つ杖だ。あれが媒体となっているならば、それを手放させれば勝機はある。


 残像が発生しそうなほど素早く動くジャイが攻撃に転じた。


 しばらく左右へとステップして躱していたジャイが突然杖目掛けて黒刃を投擲(とうてき)。


 プロングスの握る杖が、黒刃がぶつかる衝撃によって遠くへと弾かれる。そして、それを見届ける暇も無く、懐から取り出した二本目の黒刃を突き出し、ジャイはプロングスに飛び掛った……。


 その瞬間を見ていたアシューは目を丸くするしか無かった。そして、無表情で淡々と動いていたジャイでさえも驚愕の表情を浮かべたのだった。


 プロングスの戦いを目にした者全員が思っただろう。化け物かと。


 それほど目の前の状況は信じ難いものだった。ジャイの操る黒刃のナイフは首を傾げるように躱し、プロングスの右頬を浅く裂いていた。だが、それだけだ。完全に見切られた黒刃はそのまま後方へと抜けていたのだ。


 そして、伸ばされたプロングスの右腕はジャイの頬に吸い込まれていた。見事な右のクロスカウンターだった。


 ジャイは動けなかった。右の頬にめり込む拳は硬く、まるで石で殴りつけられたような衝撃が頭を揺さぶったのだ。意識が遠のく瞬間、ジャイが見たのは少し物悲しげに見下ろしているプロングスの姿だった。





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