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26 三匹の獣、裏で動く。





――国と同名のレダ城。その一室にプロングスの部屋がある。


 今はアシューとトナを自分の部屋に呼び、内政とそれに伴い必要な人員を騎士の中から派遣する打ち合わせをしていた。


「私の権限ではこれだけの人員しか動かせません」


「俺が個人的に動かせる人員もこれだけだな……」


「んでも、これにはもう少し人手が欲しいんだよねぇ……」


 トナがこの一ヶ月余りで提案した政策は三つ。その内二つは今のところ確実に成果を上げている為、新参者であるのにも関わらず、大臣が提案する政策よりも人員と予算が多く組まれた。


 それでも足りないと悩んでいるのは、トナが大風呂敷を広げているわけではない。トナの知識と行動力に嫉妬している大臣連中が裏側から圧力をかけており、当初大量に割り当てられた予算は少なくなるように変更され、大臣と懇意の小隊長――おそらく裏側で金を握らされた者達――が何かと理由を作って手伝わないように動いているのだ。


 そこで隊長権限を持ったアシューと、この一ヶ月でプロングス個人が作った人脈、仲の良い騎士達には表向き個人的なお願いという形で――裏ではしっかりと労働に見合うだけの金額を支払う事にしてある――動かせる人員を選出しているところだった。


「まぁ、これだけ揃えば出来るっちゃ出来るけど……予定期間を大幅に超えちゃうんだよねぇ……」


 予算と必要人員が書かれた書類を手に持ち、頭を掻いて悩むトナ。精一杯手伝えるようにがんばった目の前の二人は苦い顔をしていた。実際、書かれている内容が全て上手く行けば国が豊かになる政策になるだろうと、ある程度知識があれば解るように書いてあるのだ。


 だが、数人の内務大臣達が己の無能を露呈したく無い為に色々と裏で画策している。古参であり、長年仕えているがトナのように短期間で大きな成果は上げていないのだ。


 国が豊かになると思えば進んで手伝ってくれても良いとは思うが、やはり大きな権力を手にし、それを行使して得た甘い蜜は手放したく無いのだろう。


 心が腐り始めている事に気づいていない大臣が多いようだ。



 三人が様々な解決策を思索していると扉が突然開かれた。


「ノックくらいしろよ。礼儀知らずめ」


 トナとプロングスは慣れているのか、驚いた様子は無い。言い慣れたようにプロングスが苦言を吐き出し、また話に戻った。


 ただ、そういう不躾な男と余り接したことの無いアシューは、突然扉が開かれた音に驚き、無礼な男の態度に憤慨(ふんがい)していた。一番怒らせたのは友人として忠告しているプロングスの言葉を聞いても改めようとする態度も言葉も発しなかった事だった。


 怒気の孕んだ視線を浴びても男――ウォロンはまったく動じなかった。さらに、トナが座っているソファーに近づくなりどかりと身体を沈めて煙草を銜え、身振りでトナに火を要求する。


 ため息を付きながらもトナはソファーに立てかけた杖に手を置き、煙草の先端に意識を集中させる。


 要求通り火がもらえると思っていたウォロンは煙草を深く吸って気づいた。


 焼けた音も無く、煙が肺に入ってこないのだ。さらに紙と葉っぱで出来ているはずなのにずっしりと重くなった。視線を煙草の先端へ向けると、トナが何をしたのか直ぐに解った。煙草を銜えた唇の手前まで氷が覆っているのだ。


「誰が消火しろって言ったんだよ」


「誰が火を付けろって言ったんだ?」


 互いに視線を交わそうとはしなかった。まるで決められた台詞のように言い合う二人、トナは書類をじっと見て思索を続けていたし、ウォロンもソファーに寄りかかって天井を見上げていたからだ。


 ウォロンはぺっと床へ煙草を吐き捨て、この場に居る全員に視線を向けて話を切り出した。


「さっき散歩に行って気になる話を仕入れたんだが……」



 ……ウォロンの話が終わると、アシューは盛大なため息を吐き出して話の感想とした。相手は納税の義務を怠っているはぐれ者だ。そんな連中の話をまともに聞いてくるウォロンの気持ちが解らなかった。


 しかし、トナはそれを聞いて書類をテーブルに置いた。何か思うことがあるのか、顎に触れながら話の気になった所を確認するように聞き始めたのだ。


 数分前まで喧嘩しそうな雰囲気を放っていた二人だったが、それはすでに頭に無いようだった。


 その間、部屋の主であるプロングスが吐き捨てられた煙草の行方をじっと見つめていた。が、それに気づくようなウォロンではない。気づくような神経を持っていたら、元々やらないだろう。プロングスはウォロンを睨みつけるが、トナとの話に集中しているために無駄だと悟った。大きなため息を付くと吐き捨てられた煙草へ左掌を向けた。


 隣にいたアシューが小首を傾げてその様子を見ている事に気づくと、思い出したように立て掛けられた杖に触れ、もごもごと呟く。捨てられた煙草の周囲に淡い光が集まり、凍った煙草が眩い光と共に消え去った。


 灰も残さない高温で焼き払ったと誰が想像できるだろうか。それも極わずかな範囲を指定して絨毯を焦がさないように。魔術師ならば誰でも賞賛するほど卓越した能力を披露しているのだが、畑違いのアシューは感心するだけで軽い反応だ。当然二人の友人は見慣れているし、今更驚く事でもない。


 それはともかく、


「情報としては信憑性無いとは思うけど、俺も引っかかるなぁ……」


 ウォロンと話し終えたトナの感想だ。軽い反応だけで、それはそれとして、と言いながら書類を手にしたところで動きが止まった。


 じっと書類を見ているようで視線は遥か彼方を見ているようだった。トナの頭の中ではウォロンの話を反芻していたのだ。


 確かにウォロンが感じたように、そして話を聞いたアシューの態度を見ても答えは簡単に出るだろう。嘘だと思うのが一般的な感想で、簡単に片付けられるからだ。


 しかし、本当だったら?


 遺体を操る魔術はある。前に居た大陸でも死霊使いと呼ばれる邪悪な魔術師が居る。一ヶ月の生活の中で読み耽った書物にもそういう魔術師を倒す話が伝わっていたし、そう言う目的の魔道具すら存在している。


 墓場ならば幾らでも素材はあるだろう。魔道具を使えばより安価で、より容易に遺体を操る事も可能なのだ……。


「……くそっ」


 書類をテーブルに叩きつけるように捨て、身体を投げ出して腕を組むとソファーに身を沈めた。


 自分の仕事と今の情報を色々と考えていたのだ。どちらが先に手をつけねばならないのか。同時に出来る事なのか、そういう色々だ。


 内務の仕事も急務ではあるが、今の話が本当ならば国を揺るがす事になりかねない。国が裏側から気づかない内に攻められているならば、内政に勤しんでいる暇など無いのだ。


 トナの葛藤をよそに、ウォロンが新たな煙草を銜え、今度はプロングスへ火を要求していた。一言だけでも火をくれと言えばいいのだが、その一言がこの男に無いのだ。さすがに吐き捨てられたくないプロングスはテーブルにあった自前のマッチをウォロンへ投げた。


 部屋に煙草の匂いが漂う。すでにウォロンは数本吸い、匂いに釣られてプロングスも煙草を銜えていた。


 煙草を吸わないアシューは嫌そうな顔をして、内政の方の書類に目を通していた。トナはまだ良策が出てこないのか、ただじっと天井を見上げ思案に深けていた。


 暇を弄び、民間で作成されている情報紙の束を読んでいたウォロンへトナがやっと声を掛けた。


「がぶろん。魔法建築物、もしくは魔道具、魔法陣とかを見分けれたっけ?」


「色々見てきてるから、効果はさておいて魔法が使われているかどうかは判断出来ると思う。……魔法陣は全然自信ねぇな」


「そか、騎士二人連れて墓場とその周辺……そうだな、近くに空き家があったら調べてきてくれ。ついでに連れて行く騎士は鎧を脱がせて動き易いようにしといて、異常があったらすぐに俺に知らせて」


「解った」


 トナの簡単な指示を聞いたウォロンが足早に部屋を去った。普段の仕事ならばごねるウォロンだったが、今回ばかりは違った。自分が持ってきた仕事は真面目に取り組むのか、それともそれだけ重要な仕事なのか……。


 ウォロンが部屋を去り、それぞれがそれぞれの意味を含めたため息を吐き出した。


「ねぇ。トナ殿はあの話のどの部分を信用したの?」


 アシューの率直な感想であった。それをプロングスが苦笑を浮かべていた。別にアシューを馬鹿にしたわけではなく、そりゃ疑問に思うだろうなという思いからだった。


 それにトナはそうだな~とすっかり疲れた様子で答えた。


「第一にその男が金を要求しなかった事かな。日々の生活がギリギリだと思うんだが、それだけの情報を渡したのに金品を要求しなかったってのが怪しい。

 第二に死体を動かす妖魔や魔族ってのは居る。俺達が居た大陸には居たし、時間ある時に読んだ本にこっちの大陸にもそういうのが居るって書いてたしね。

 それに、その男が本当に路上生活者なのかどうかも疑わしいと思ったんだよ。根本的な疑問ではあるんだけどね。

 考えられるのはこの国の裏側に居る組織の一人なんじゃねぇかなって事。路上生活しているのに愛国心がありすぎるんだよね。予想でしかないんだけど、今のレダ国に満足しているから変えないようにしたい。もしくはその男が属している組織が別に動いていて、レダ国をどうにかしようと画策しているんだけど、そこに横から転覆させようとする邪魔が入ったから、情報を流して俺達に潰させようとしている。とかね。

 疑ったらどこまでもいっちゃうんだけど、可能性があるとしたらそこかな」


 トナの言葉にアシューが目を丸くしていた。端的に心境を表すと、何を言っているんだろう? という気持ちだろう。


 アシューの考えではウォロンの会った男は路上生活者であり、情報は金をもらうための虚偽である。


「でも、それってトナ殿の予想でしかないんでしょう?」


 納得がいかないアシューからすると当然そこに引っかかるだろう。だが、それに返答したのは隣に座るプロングスだった。


「だから、今の俺達よりも動き易いがぶろんを動かして、今やろうとしている事に影響が出ないように二人だけの斥候を付けたんだよ。全面的に信用してるなら俺達も動くし、第一、第二、第三分隊にも出動要請かけるだろ?」


 確かにそうだろう。説明とその後の動きを考えれば納得出来る。だが、トナは何かを隠すように押し黙っていた。


 そこが気に入らなかった。言葉では半信半疑と言っているが、雰囲気や態度がすでに悪い方向へ進んでいると確信しているようにしか見えない。


 そこを問いただしたい所だったが、アシューは部屋の時計を見て、すでに他の仕事の時間が迫っている事に内心舌打ちをした。アシューの視線を追ったプロングスも時間だとばかりに立ち上がる。


 ただ、部屋の主が出て行こうとしているのに、トナは天井を見上げ、祈るように瞳を閉じていた。






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