20 ベラの不幸。
大声をあげてギルドに入ってきたのは朝に一発殴って黙らせた馬鹿だった。
顎を割り、死にはしないが、重傷だったはずだが、大きな声を出せている限り、怪我は治っているようだ。
(回復魔法だろうな……)
ウォロンは酒を飲みながら一人興奮している男を眺めていた。男は息を荒げながら、ずかずかと近づいてくる。
「ベラっ! 俺と一緒に来い。こんなわけの解らない男と一緒に居ても良い事ねぇぞ!」
ウォロンを指さし睨みつけている。
面倒だと言わんばかりにため息を吐き出したウォロンは目の前に座るベラへ視線を送ると、ベラは視線を合わせて見つめてくる。何か言いたい事はないかと言わんばかりだ。
だが、ウォロンは何も口にしない。酒を口に含み、目の前のツマミを口に入れる。
隣に座るサーラも関係無いとばかりにツマミに手を伸ばしていた。
二人の態度にベラは不機嫌を隠そうとしなかった。だが、すぐに思い直す。
叫んでいる男はここ最近になって力を付け、Dランクになったばかり。ギルドの有望株の一人だ。ベラになんだかんだと話題を振って近づこうとしていた。余りに面倒になったために一度だけパーティを組んで別れ様と考えたのだった。
請け負った仕事は南部の森に出るフォレストゴブリン退治。慎重にやればDランクのソロでも十分に退治出来る相手。
ギルドの有望株という噂に偽りは無く、十分に強いのは確認出来た。しかし、ベラとしては一緒にこれからも組もうと思うほどの腕では無く、また女として付いていこうとも思えないと結論が出ていた。
そこに今朝の騒ぎである。
ベラにその気が無い事を感じ取った男は、ちょうど受付嬢に宥められていたウォロンへ絡んでいったのだ。その行為もまたベラの気持ちを離れさせた。
逆に落胆した気持ちに強烈な興味を植えつけたのがウォロンだ。
Dランクの有望株を一撃で黙らせた手並み。細かく言えば男はすでに殴ろうとしていたのだが、それを越える速さで的確に顎を砕いた。それでいて登録したばかりのFランクなのだ。気にならないわけが無い。
その結果、精神を削る状況に陥ったのだが……。
今日の出来事を思い返していると、反応が無い事に苛立った様子で男がベラの脇まで近づき、肩へ手を置いて立たせようとする。
「触らないで」
「な、俺はお前が心配で──」
「あなたに心配される言われは無い」
真っ直ぐに男の目を見ながら、拒否する。男の何が合わないのか、気づいた。
男はベラを女として見ている。それは別に良い。だが、女なら男の後ろを付いてくるべき、もしくは家庭を護るのが女の仕事と考えているのだ。男よりも強い女はいないとでも考えているのかもしれない。
それは一般庶民の男女が持つ考え方で、一般的な考え方としては理解している。
だが、ベラはその考え方を嫌っている。
傭兵と言う仕事を選んだ時から一般的な考えを持っていない。
女として見られるのは良いが、傭兵としても見てもらわなければならない。街娘とは生き方が違うのだから。
「登録したてのFランクに一撃で沈められた男に何を心配してもらうの?」
嘲る様に口を歪めて伝えた言葉は男の心を砕く。
「……て、てめぇ! 優しくしてりゃ付け上がりやがって、ちょっと酒飲んで油断しただけだっ! 俺がこんな奴にそう簡単にやられるわけがねぇんだよ!」
ベラと男が睨み合っている。
ウォロンは暇そうに目の前の皿から煎った豆を握ると、親指で豆を弾いた。
ぺしっと男の胸を守る革鎧に当たり弾かれる。
隣に座るサーラがじと目でウォロンの行動を咎める。傭兵ギルドだけでは無いが、男女の争いはよくある事で、当事者が解決すべき事だ。下手に口なり手を出して巻き込まれたら面倒この上ない。
だが、サーラの咎める視線を理解してもウォロンは豆を飛ばす事を止めようとしなかった。
いや、サーラは気づいた。
豆が争う男の革鎧の一点にだけ当たっていた。すでにベラと男の足元には三十個ほどの豆が落ちている。
こんな奴と騒ぐ男がウォロンの豆攻撃に一切気づいていない事にサーラは哀れみすら沸き起こるが、それ以上に驚いたのは豆が全て革鎧の一点──心臓──にだけ当たっていた事に気づいたからだ。
ベラと争う男はウォロンの豆攻撃にようやく気づいたのか、飛んできた豆を手で払った。
「てめぇ、何しやがるっ! ぶっ殺すぞ」
男の凄みにウォロンは苦笑を浮かべ、サーラは笑いを堪えている。
その二人の様子にさらに怒りを増した男が腰に下げた剣を抜こうと手を置いた。
「サーラ、この場合は俺に罰ってのがあるのか?」
「いいえ、言動と行動から今後注意しろ、という言葉があっても実質は何もありませんね。その前段階が無ければですが」
豆攻撃が挑発にしか思えないのだからしょうがないだろう。
ウォロンとしては楽しく飲めそうな空気を壊されているため、少しくらいは大目に見て欲しいという願望があるのだが、サーラはそれとは別と口にしている。
「まぁ、なんだ。脈は無いんだから諦めろ」
なんだかんだと気を引こうとしていたのは解る。だが、諦めの悪い男は格好が悪い。
のだが、それは我を忘れるほどでは無いにしても、憤慨しきっている男に言う言葉では無い。
「てめぇ! もう我慢できねぇっ! 今朝の事も合わせてぶっ殺してやるッ!」
それはただの止めにしかならないからだ。
羞恥と怒りで顔を真っ赤にした男が剣を抜き、剣を振りかぶってテーブルを踏み越えて飛びかか──
──れなかった。
前のめりに、座っている男に向かったために顎を突き出しながら向かってきたため、ウォロンは当然のように座りながらだが右拳を顎へ叩き込んだ。
ギルド内に響き渡る本日二度目のゴキンという顎骨が割れる音。それと同時にテーブルに突っ伏す。
サーラとベラがテーブルにあった自分のコップとツマミがのった大皿を手に持って避難していた。
「さて、飲みなおすか」
「そうね。奢りなんだからとことん飲むわ」
「たまには良いかしらねぇ」
男をそのままに、隣のテーブルに移動し、飲みなおす事となり、明け方まで飲み続け、ベラとサーラに限界が見えたため、お開きになった。
ちなみに、顎を砕かれた男はウォロン達が帰った後もそのまま放置され、早朝に出社してきたギルド職員に引き摺られるように救護室へと運ばれた。
二度目だったため、扱いは雑だった。




