表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/40

19 一匹の獣、水を得た獣となる。




 上機嫌で鼻歌をもらすウォロンが街へ向かって歩いていた。


 腰に斧を下げ、左手に持つのはブラッディーボアの討伐証明部位。蔦を使って無理やり一つに縛った三対の牙と二本の角。


 右手には討伐部位を剥ぎ取り、血抜きしたブラッディーボアの後ろ足の一本を握り、重さを感じさせない軽い足取りで引きずっている。


 その後ろから付いてくる女性もまたウォロンが討伐した数匹分の討伐証明部位を抱えて持っていた。


 あれからブラッディーボアを一撃にて頭蓋を割り砕き、討伐証明部位を確保したウォロン。混乱から立ち直った女性から肉も大変美味しいとの話を聞いたため、とても嬉しそうに血抜きをしていると、血の匂いに他の魔獣が集まってきた。


 腰くらいの高さしかない小型の肉食魔獣であるロックモンキーが四体。岩のような硬さの皮膚を持つ猿のような姿だ。鈍重そうな見た目とは裏腹に、木を利用した三次元的に動いて攻撃してくる。慣れない者には恐怖しかないだろう。討伐証明部位は硬い皮。


 他にも煩い羽音を響かせて襲ってきたのは成人男性ほどの大きさで、昆虫の蟷螂かまきり型魔獣であるアシッドマンティスが三体。二対四本の鎌腕は鉄をも断ち、口腔から吐き出す酸は鉄を溶かす。討伐証明部位は両手の鎌。


 まだまだ集まってきそうだったが、腰を抜かした女性が怯え過ぎて、傍目からは発狂寸前に見えたため、前述の魔獣達をそれぞれ一撃にて倒した後に討伐証明部位を回収し、戻る。


 短時間で集めた部位だけでも持って帰るには大変だったため、女性に持たせてとっとと帰る事にしたのだ。


 幽鬼のように後ろを付いて来る女性が虚ろな目で口を開いた。


「あなた何なのよ……」


 鼻歌を止め、ウォロンが顔だけ後ろに向ける。


「昨日Fランクに登録した傭兵見習いのウォロンだ。よろしく」


 軽い、どこまでも軽い返答だった。


「そうなんだけど、それが聞きたいわけじゃないわよ……」


 女性は疲れきったとばかりにため息交じりで力なく言葉を返した。


「俺は俺だよ。……そう言えば、お前の名前は?」


 ウォロンは肩を竦め、今更だが、女性の名前を聞いていない事に気づいた。


「…………ベラよ。五年前に登録して今はDランクよ」


「よろしくな~。戻ったら飯くらい奢るから元気だせよ」


 黒いジャケットの背中を見ながら、ベラは重量感たっぷりなため息を吐き出したのだった。






 夕刻。すでに日は落ち、辺りにはわずかな魔道具による明かりがぽつぽつと灯っている。


 今のウォロンの姿を見れば、すぐにでも街の警護兵が集まってくるだろう。それほどに異様な姿なのだが、さすがに暗くなりはじめているため、目撃する者は少ない。


 そのため、傭兵ギルドに着くまでは大きな騒ぎは無かったのだが、到着と同時にギルド内は騒然となった。


 出入り口でつっかえながら、無理やり引き抜いて建物の中へ引き込んだモノはブラッディーボア。


 それも昨日登録したばかりのFランクが引き摺って持ってきて良いものでは無い。


 一撃で頭蓋を割り、血抜きも済ませているため、地面を引き摺ったものの肉や皮に目立った損傷が無い良品だ。


 ギルドカウンターの奥から夜勤の職員が群がり、建物の裏へ運んでいく。


 それを視線で見送り、ウォロンは午前中に話をした獣人の受付嬢の下へ行った。


「おぃ~す。あいつらが運んでいった肉とこれと、後ろのベラが持つのを換金してもらえるか?」


「えぇ…………えっと……」


 混乱から立ち直っていない受付嬢は、助けを求めるように背後を見るが、誰も目を合わせようとせず、少し涙目になりながらもカウンターの下にある、こちらから見えない棚から羊皮紙をノロノロと取り出した受付嬢は該当魔獣の査定に入った。




 討伐ランクとは討伐方法を知り、多少の傷を受けても倒せる程度、を目安にして付けている。表示しているランクは個人ランクの最低限の目安であり、出来る事ならばその一個上のランクになるパーティを組んで安全に討伐する事を傭兵ギルドは推奨している。


 また、討伐ならば該当個体の戦闘力、地形状況。採集ならば該当個体の入手方法や場所、回りに出る魔獣のランクなど、倒し易さや入手しやすさ等も考慮してあり、組んだパーティ内の必須技術も含めた総合的なランクとしている。


 報酬に関しても似たような判断になっている。討伐を証明する部位であって、最も高く売れる部分でもある。加工する事で武器、防具、道具、魔道具、生活用品など様々な物となるため、それらの用途も合わせて報酬金額となる。


 今回、ウォロンが倒してきた三種類の魔獣は個々の推奨ランクが当然ある。


 ブラッディーボアはDランク。討伐証明部位で銀貨六枚。皮から肉まで全て持って来ればさらに銀貨五枚が追加で、一部だけ持ってきた場合はその部位に合わせて支払われる。


 ロックモンキーはEランク。一匹分の皮で銀貨二枚。討伐時に損傷が激しい場合は報酬が減らされる。肉は不味いため持ってきても報酬とならない。


 アシッドマンティスはCランク。一匹から鎌四つ取れるので銀貨十二枚。鎌一つで銀貨三枚計算だ。


 つまり、ウォロンにはソロでCランクを無傷で討伐するだけの力がある事になるのだ。


 今回の報酬は銀板一枚に銀貨二十五枚。


 貨幣相場で上下するが、金貨一枚で銀板三十枚前後になり、銀板一枚で銀貨三十枚前後となる。銀貨一枚が銅板三十枚前後、銅板一枚で銅貨三十枚前後。ちなみに金貨の上には金板、白金貨、白金板まである。


 ちなみに銀貨一枚あれば四人家族が三食まともに食事する生活すれば五日ほどは暮らせるらしい。一人一食銅貨十五枚前後である。


 ランクCの傭兵の稼ぎとはそれほど高額となる。


 討伐してきた三種類の魔獣は妖魔の森特有のモノでは無い。


 近隣諸国にある、それなりに大きな森であればいくらでも発見出来る一般に知られた魔獣である。


 しかし、妖魔の森ほど頻繁に、大量に出てくる存在では無い。


 ブラッディーボアとアシッドマンティスに限って言えば、ある程度の広さの森を十分に支配し、最上位として君臨する事が出来る魔獣なのだ。


 その魔獣がひしめき合っている事こそ妖魔の森たる所以ゆえんである。




 査定そのものはすぐに終わった。


 妖魔の森には数多くの魔獣が居るが、平原に近い方の森で出会う魔獣は多くは無い。すぐに三枚の羊皮紙を取り出した。


 依頼を受けての報酬では無く、三種類の魔獣の討伐証明部位を見ながら計算するだけだからだ。それぞれの数に合わせて討伐ランクの報酬を支払うだけだ。


 それに加えて、ギルドの裏へ運ばれたブラッディーボアの肉分だ。一頭でおよそ四千から五千人分の肉となる。


 ウォロンが持って来た魔獣の総合計が銀板一枚と銀貨二十五枚分。


 貨幣価値に関してはまだまったく頭に入っていないウォロンにはどれがどれほどの金額になろうが、余り考えていない。袋に入ったそれを当然のように頷いて受け取ると、隣の酒場で憔悴したベラの席へと向かっていった。




「何に疲れてるのかしらんが、まぁ好きなもん飲めよ」


「…………いただくわ」


 どこか自棄気味のベラは一番高い酒を、と叫んでいる。ウォロンは大量のツマミと酒を何種類か頼んだ。


 しばらく黙って酒を飲んでいると、視界の端にさきほど受付していた女性が私服に着替えており、帰ろうとしていた。


「お~い。この後暇があるなら一緒に飯くわねぇか?」


 ウォロンとしては色々と混乱させたようなので、その詫びのつもりだ。断っても構わないと思っている。


 女性は驚いた様子で、少し考える素振りを見せると、テーブルに近づいてくる。


 しかし、座ろうともせず、何か考えているようにウォロンを見つめていた。


「とりあえず座って飲めよ。奢りだ」


 苦笑を浮かべたウォロンは隣の椅子を引いて促す。


 何か口にしようと開けながらも、ため息をついて席に着くと、果実酒を頼んだ。


 女性とは表現したが、ベラよりも背が低く、まだ少女を抜け出したばかりにも見える。ワインを薄めたような赤い髪は肩口で整えられ、愛嬌のある微笑みが期待できる。綺麗というよりも可愛いと言える女性だ。ちなみに獣人であり、耳は頭部に三角が一対。ちらりとお尻へ視線を向けると先が白いふさふさの尾があった。


 ウォロンの遠慮の無い視線を受けても尻尾を揺らすだけで済ませ、女性は一瞥するだけで何も言わなかった。それ以上に何か考えている様子だ。


 目の前には大量のツマミがあり、ベラも女性も時折摘みながら酒を黙って飲んでいた。


 祝いの席では無く、しんみりとした席でも無いのだが、さすがにウォロンは居心地の悪さを感じていたが、目の前に居る女性二人が何を考えているのか、ある程度予測はついていた。


「それで、何か俺に聞きたい事があるんじゃねぇのか?」


 それなりに摘んで腹が膨れたところで口火を切った。


「あなたは何者なのですか?」


 受付嬢が口を開く。


「昨日Fランクに登録した傭兵見習いのウォロンだ。どうぞよろしく……えっと?」


「私は受付業務をしている月狼族のサーラです」


「よろしくな」


 ベラが頭を抱えている。ぶつぶつとそういう事が聞きたいわけじゃない、と呟いているが、知ったことでは無い。他に説明のしようが無いのだから。


「レダ国は比較的情勢が穏やかな地域になります。国同士の争いがしばらく無く、北の山脈や東の妖魔の森はともかくとして、西側や南側には討伐ランクが高い魔獣は滅多におりません。ある意味では新人が経験を積むのに都合の良い場所です」


 サーラが突然近隣情報を提示する。確認するかのように、反応を確かめるようにウォロンを見ながら。


 視線だけでウォロンは続きを促す。


「そこにFランクに登録し、次の日にはCランク魔獣を倒してくる。それも一人で倒したとか、正直異常過ぎます。駄目なわけではありません。しかし、普通であればどこどこで腕っ節が強い奴が居るとか、噂が流れてくるものです」


 ギルドの情報網に引っかからないから不審な目で見るしかない、そういう事らしい。


「つまり、サーラはギルドの上から俺の素性を探って欲しいと言われたわけだな?」


 意地の悪い笑みを浮かべたウォロン。口にした言葉にサーラは一瞬だけ表情を変えてしまった。


「ギルドの上にはもう少し待てと言えば良い。俺が何かを口にしたところで、判断材料にしかならないだろ。それだけじゃ誰も信用しないだろうからな」


 ウォロンの言葉に酒の入ったコップをテーブルに叩きつけながらベラが叫んだ。


「それじゃなにも──」


「なら、ベラ。神妙な顔して俺はどこぞの王様だとか、大貴族だ~とか、英雄の生まれ変わりだとか口にしたとして納得出来るのか? いや、話を聞こうとするか?」


「それでも──」


「それにだ。俺の生い立ちを語ったところで、何が変わる? 俺は俺であるとしか言えないんだぞ」


「──…………」


 ベラが求める説明はウォロンの実力を証明させるための言葉が欲しいのだろう。ウォロンとしてはそれに答えるべきものが無いのだ。ベラは納得出来ないとばかりに睨みつつも反論しない。出会って一日なのだ。人としての信用は感覚も多分に含まれるためにどうにかなるとして、傭兵としての信用はまったく無い。


「生い立ちやらなんやらを正直に語ったところで、それを立証できない限り、ギルドは信用しないだろ。なら、信用出来るように積み重ねるしかねぇと思うんだが、どうだ?」


 ウォロンはサーラへ言葉の先を向ける。口にした通り、個人の思いはともかくとして、組織の一員、もしくは組織の上層部として、今はどうにも出来ないだろうと。


「おっしゃる事は理解出来ます。しかし、だからといって上層部は判断材料も無いままに放置しておくわけにもいかないと考えております。また、積み重ねると言いますが、いきなりCランクの魔獣を持ってきて積み重ねられても困ると思いませんか?

 それを納得するため、話を伺った上で時間が解決する問題となれば良し、というのが上層部の判断なのですけど」


サーラの苦笑交じりの言葉は互いの表層部分を口にした形だ。建前とも言える。


「まぁ、言いたい事は解る。有望な新人が現れた、と考えてもらって済ませてもらえないもんかねぇ~」


 どこか楽しげな、それでいて危なげな視線を向けるウォロン。サーラは真っ向から逸らさないように視線を向ける……が、すぐに柔らかさを取り戻す。


「私は臨時ギルド職員ですので、有能な傭兵が増える事は歓迎ですよ。

 あなたとしては異常だと理解しつつも変える気が無い、という事ですよね?

 でしたら、私からは後は何も言いません。私がするべき事は今終わりましたしね。

 面倒な事に巻き込まれそうになったら、最悪ギルド職員を辞して一介の傭兵に戻るのも良いと思っていますから私個人としては困りませんけどね」


 言うべき事、伝えるべき事は口にしたため、サーラは少し力を抜き、目の前のツマミと果実酒を口にする。


「ふむ……ずいぶんと俺をかってくれているが、何が目的なんだ?」


「月狼族は魂の匂いを感じる事が出来ます。ウォロンさんの魂は私にとって不快な匂いはしませんし、驚き過ぎてなんだか楽しくなってきたかもしれません」


 ぺろりと小さな舌を出して愛嬌たっぷりに返答する。


「そりゃよか──」


「探したぞ!」


 柔らかくなった空気で楽しく酒が飲めそうだと思ったのだが、外から重く熱い空気が迫ってきていたのだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ