2 勝利条件
「ここはどこだ……? ここがリ゚ル゚・ロ゚ラ゚ーレ゚か……?」
気がつくと、ゲンは何もない空間の中にいた。本当に何もない。右も左も前も後ろも上も下も、どこも見ても何もない。ただ無色透明な空間が、どこまでも広がっているだけだった。
だが、ゲンの体は浮いているわけでも落ちているわけでもない。何かの上に立っているという確かな感覚がある。足元に見えない床でもあるのだろうか。
「何もねーじゃねーか……。ここでタヒぬまで放置プレイっつーことか……? だから約束されし終焉っつーことか……?」
想定外だった。飛ばされるのは、もっと混沌とした世界だと予想していた。まさかこんな何もないところだとは思ってもみなかった。
ここにはゲン以外は誰もいない。礼史たちの話によれば、物語の中で数多の命を奪う設定になっている主人公たちも、ゲンと同様に飛ばされるという。だが、誰の姿も見えない。
見える範囲にいないだけで、遠く離れたどこかにいるのだろうか。それとも、ゲンとはまた別の世界線に送られてしまったのだろうか。
頭の中でざっと数えてみたところ、条件に当てはまる主人公はおそらく13人。ユーシア、ミト、忠二、富雄、バジル、レガート、ランディ、リョウ、ニケ、フィン、ハルト、クライン、レイモンド。
ユーシアは世界中を旅し、レベルを上げるため多くのモンスターを倒す。
ミトは帝国の兵士たちを次々と倒し、終盤には魔界から来た生物を葬る。
忠二は敵が召喚あるいは生成した魔物たちを、片っ端から粉砕していく。
富雄は異世界を飛び回り、各地で強敵たちを立て続けになぎ倒していく。
バジルは勇者の力に目覚めると、驚異的な強さで魔王軍を駆逐していく。
レガートは魔王の軍勢と幾度となくぶつかり合い、多大な戦果を挙げる。
ランディは敵対勢力の戦士を次々と倒し、終盤には数多くの魔物を屠る。
リョウが倒すのは両親の仇1人だが、その過程で多くの精霊を死なせる。
ニケは人間や魔族の別を問わず、前に立ちはだかる者を次々と打ち倒す。
フィンは魔人が延々と生み出す邪悪な存在たちを、虱潰しに倒していく。
ハルトはゲームの中の世界で、凶悪なモンスターたちを蹴散らしていく。
クラインは微人たちと長きに渡る戦いを繰り広げ、夥しい数を葬り去る。
レイモンドは宿敵が魔法で作り出した生物たちを、ことごとく打ち破る。
作品により、敵の多寡はもちろん存在する。相手が人間か魔物か悪魔かなど、種族の差もある。そこに至る理由や経緯も全員異なる。だが、「数え切れないほどの命を奪う」という一点においては、彼らはみな同類だ。
なお、バジルとリョウとハルトは、かきかけの時点では0キル。クラインとレイモンドに至っては、作品自体が未執筆だ。
にもかかわらず、そういう設定だからという理由だけで、5人は今回の騒動に巻き込まれてしまったことになる。
「……そこは虚無の煉獄。うぬの天国たるかの地と、地獄たるリ゚ル゚・ロ゚ラ゚ーレ゚の狭間だ。やがて刻が満ちれば、うぬは地獄に堕ちる」
どこからともなく礼史の声が聞こえてきた。
「ここがリ゚ル゚・ロ゚ラ゚ーレ゚じゃねーのかよ! 紛らわしーことすんじゃねー! もしかしてオマエ、煉獄とか刻が満ちるとか言いてーだけなんじゃねーのか!? それ言うためだけに、わざわざここ作ったんじゃねーのか!? そーゆーとこだぞ、礼史!」
ゲンは辺りを見回しながら叫ぶが、やはり何もなかった。
「否定はせぬ。だが、この地を創りし真の目的は、うぬらに天啓を授けることだ」
「何だそりゃ!? どーゆーことだ!?」
「一度しか言わぬ。うぬらが黙示録に抗い、かの地へ帰還する禁断の術式が、3つ存在する」
「ファッ!? 約束されし終焉の地っつってんのに、脱出できんのかよ! しかも3つもあるとか、大草原不可避じゃねーか!」
「礼には及ばぬ。うぬら賤民に救済の機会を与えることこそ、高貴なる者の義務だ。一縷の希望に縋り、極限まで運命に抗うがよい」
「ノブレスなんちゃらっつーやつか! そりゃありがてーな! じゃ、どーやったら帰れんのか、教えてもらおーじゃねーか!」
ゲンは興奮気味に、早口で叫んだ。
「第一の術式は、我ら2柱を倒すことだ。暗黒の冥府の深淵に座す我らを倒せば、うぬら全員がかの地に還れる」
「やっぱそーきたか。ど定番のテンプレじゃねーか。誰が倒してもいーんなら、富雄みてーなつえーやつに任せて、オレは低みの見物してりゃ余裕じゃねーか」
ゲンは余裕の笑みを浮かべた。前回の旅で経験したヨミイクサと同じだ。自分は何もしなくても、誰かが倒してくれればゲンも元の世界に帰ることができる。
前回は主人公とその仲間たちという大所帯だったが、今回は主人公のみ。主人公と同等もしくはそれ以上の実力を持つメンバーも少なくないが、今回は参戦できない。
大幅な戦力ダウンは避けられないだろう。富雄やレガート、バジルといったエース級の活躍に期待するしかない。
「第二の術式は、時空の扉に入ることだ。世界の最果てに封印されし扉に入れば、その者のみかの地に還れる」
「その時空の扉を探して封印を解けっつーことか。これまたよくあるパターンのやつじゃねーか。これも富雄とか空飛べるやつらに、がんがってもらうっきゃねーな」
空を飛ばなければ辿り着けないような場所にその扉があるのは、おそらく間違いないだろう。つまり、飛行能力を持つ主人公たちが頼みの綱だ。おそらく3人。富雄、ランディ、リョウ。
飛べる主人公はもう1人いるが、今回は不在の可能性が高い。龍之介だ。特定の相手とひたすら戦う物語のため、奪う命も限定的。よって、おそらくメフィスの逆鱗には触れていない。
「第三の術式は、我らに誠意を示すことだ。我らが望むだけの金銭を献上すれば、その者のみかの地に還れる」
「要は金か。地獄の沙汰も金次第っつーことか。どストレートすぎて草も生えねーぜ。っつーか、金払っただけで帰れんなら、これが一番いけそーじゃねーか」
まさかの金銭要求に、ゲンは希望の光が見えた気がした。運や才覚にも左右されるだろうが、これならゲン1人でも何とかなる可能性がある。
怪盗乱麻に奪われてしまったとはいえ、前回の旅では10億という大金を2回も手にすることができた。その経験も活かせるかもしれない。
「で、いくらだ? おいくら万円?」
「なんという愚問。私があの男に要求したのと同額に決まっておろう」
「兆か!? 兆っつーことか!? そんなの無理ゲーじゃねーか! ふざけんじゃねーぞ!!」
あの男とはもちろん完二のことを指す。まだ具体的にいくらとは決めていないが、原作のメフィスは完二に億では足りない金額を請求する設定になっている。すなわち、最低でも1兆だ。
「何を言うか。それを考えたのは貴様だ。私はただ、私に与えられた設定どおり、金を要求しておるに過ぎん。文句があるなら己に言うがいい」
「ぐぬぬ……」
反論の余地はなかった。その設定を考えたのは、間違いなくゲン自身だった。
「捧げる金額は、貴様が1兆ゲル゚ート、他の者は100億ゲル゚ートだ。万事の元凶ゆえ、貴様のみ1兆だ。ビタ一文まけはせんぞ」
ゲル゚ート。聞きなれない言葉だが、おそらくこの世界の通貨単位なのだろう。
「ふざけんじゃねー! オレだけ1兆とかありえねーだろ! 1兆とか、いっちょう(一生)かかっても無理じゃねーか!」
原作における兆単位の要求は、もちろん完二の能力を前提とした設定だ。完二は短時間で億を稼ぐことも可能な能力を持つ。だからこそ、ノルマは兆単位にする必要があった。
その設定どおりの金額をそのまま要求されたのでは、たまったものではない。ゲンのような一般人には、億を稼ぐことすら難しいだろう。1兆など夢のまた夢だ。
完二と行動を共にすれば、おこぼれに預かることができるかもしれない。だが、完二も今回はいないはずだ。命を奪うどころか、逆に命を救う話だから当然だろう。
「3つ目だけムズすぎんだろ! どー考えても1か2の二択じゃねーか!」
礼史たちを倒す、時空の扉に入る、1兆の金を払う。提示された3つの勝利条件は、どれも極めて高難度だ。その中でも、ゲンには3番目が飛びぬけて難しく思えた。
人任せにできないという点が、その最たる要因だった。誰かが礼史たちを倒してくれれば、自分も帰れる。誰かが扉の封印を解き、扉まで運んでくれればゲンも帰れる。
だが、金の要求は個人別だ。全員で1兆ではなく、ゲン個人で1兆。他人任せにはできない。しかも、仲間たちのノルマはゲンの100分の1。ゲンだけが圧倒的に不利だ。
「なんと暗愚な。かの地に還りたくば、第三の術式を選定することこそ究極の解法。第一、第二はうぬらには不可能。どちらも人類の叡智を遥かに超越した難題」
「身の程を知れ。人間ごときに、神であるこの私は倒せん。人間ごときに、この私が封印した扉は開けられん。金を捧げる以外に、貴様たちが帰る術はないのだ」
礼史とメフィスの言葉がゲンに突き刺さる。両者の主旨は完全に一致している。帰りたければ金を払えと説いている。
神を自称する礼史はともかく、本物の神であるメフィスに勝つことは、確かに人間には不可能かもしれない。仮に勝ったとしても、非常に大きな犠牲を払うことになるだろう。
「ふざけんじゃねー! オマエら、そんなに金が欲しーのかよ!? オマエら、カネゴンかよ!? 1兆とか無理に決まって……お?」
ゲンの言葉を遮ったのは、突然現れたカードホルダーだった。いつの間にかゲンの首に掛かっていた。
中にはカードが入っている。裏面は無地で、表面には記号と数字が表示されていた。
表示は2段で、上の段にはコインのようなマークと数字の1。下の段には鎖のようなマークと、1の後ろに0が12個並んでいた。
下の段の数字は1兆。帰るために必要な金額を表しているのだとすぐにわかった。
上の段の数字は1。おそらくこれが今の所持金、つまり軍資金なのだろう。
たった1からスタートして、ゴールは1兆。気が遠くなるような苦行だ。
「それは私の力作、枚ナンバーカードだ。この世界の通貨はすべて金貨で、1枚1ゲル゚ート。すなわち、貴様は1兆枚集めねばならんのだ。だが、当然持ち運ぶことなど不可能。ゆえに、金貨を別空間で管理して、枚数をそのカードに表示する仕組みにしたのだ」
「だから枚ナンバーカードかよ! はいはいワロスワロス!」
ゲンは半ば呆れたように叫んだ。現実世界に、同じ読み方をするカードが実在する。
前回の旅では、冥ナンバーカードという代物も登場した。その名のとおり、冥界での個人番号が記載されたカードだった。
「っつーか、オレが持ってる金、たった1ゲル゚ートかよ! ふざけんじゃねーぞ! 1兆稼げっつーんなら、最初に100万とか1億とかくれてもいーんじゃねーのか!? そんなにオレに金を渡したくねーのか!? だったら0にしときゃいーじゃねーか! なんで1なのか小一時間問い詰めてーぜ!」
「その1ゲル゚ートが、うぬの魂を現世に繋ぎ止めているのだ。金が尽きしとき、うぬの命も尽きる。心に刻んでおくがよい」
「そーゆーことか! オマエら、やってくれんじゃねーかスギ!」
金の切れ目が命の切れ目だという。すなわち、今のゲンはHP1と同じ状態だ。早急に手を打たなければ、一瞬で命を落としかねない。
「約束されし終焉ゆえ、当然の摂理だ。救済の鎮魂歌など、ないも同然。所詮は泡沫の希望にすぎぬ」
「かける必要のない情けを、特別にかけてやっているのだ。もらえるだけありがたいと思うがいい」
「ちくしょー! ちくしょー!!」
ゲンにはただ悔しがることしかできなかった。
「……刻は満ちた。このリ゚ル゚・ロ゚ラ゚ーレ゚で、約束されし終焉を迎えるがよい」
礼史の声と同時に、再びゲンの目の前が真っ白になった。




