1 異世界再び
いつもありがとうございます。
何をとち狂ったか、続編を書いてみようと思い立ちました。
前作と同様、月1~2話のペースで投稿できればと思います。
よろしくお願いします。
「あ~、今日もよく働いたぜ~」
ゲンは椅子に座ったまま、大きく伸びをした。気がつけばもう夕方だ。自宅警備員として、今日も日がな一日パソコンの前で待機していた。今日も平和な一日だった。
あれからおよそ3か月。ゲンは相も変わらず自宅警備員の業務に精を出していた。サイバー攻撃に備え、一日中パソコンの前に陣取っていた。
もちろん、小説の続きなど書いてはいない。新しく書き始めた物語ならおよそ20作ほど存在するが、すべて冒頭部分の中途半端な場面でわざと放置されていた。
その主人公たちが会いに来てくれることを心待ちにしているが、今のところは何の進展もない。
「……作者よ、聞くがよい」
突然、頭上から声が降ってきた。
「……この声は、蓑田力丸! っつーことは、メフィスかよ!?」
ゲンは慌てて見上げるが、大量のポスターが貼られた天井が広がっているだけだった。
声の主はすぐにわかった。冥界神メフィス。ゲンが考え出したキャラクターだ。ただし、設定を考え出しただけで、登場予定の作品は今も未執筆のまま放置されている。
先日の冒険で、瀕死状態だったゲンの命を救ったキャラクター、土岐完二。
原作の完二は、死んだ妻の時間を戻して生き返らせるという禁忌を犯し、冥界神の怒りを買った。その冥界神こそがメフィスだ。
メフィスは完二の妻子を深い眠りに落とし、目覚めさせる条件として兆単位の金銭を要求することになっている。
ーーそんないわくつきの冥界神に、今ゲンは話しかけられていた。
「私は貴様が憎い。貴様を許すわけにはいかん。冥界の神として、私は貴様に天罰を与えねばならん」
「ファッ!? いきなりイミフなこと言ってんじゃねー! オレがオマエに何をしたっつーんだ!?」
「……貴様は命を何だと思っておる? 小説の中とはいえ、貴様は大勢を死なせすぎた。人間、妖精、精霊、魔物、悪魔など種族を問わず、多くの命を奪いすぎた」
「それがどーした!? オマエにゃ関係ねーだろーが!」
「貴様は知らんだろうが、貴様の作品内で死んだ者たちは、各々の作品の冥界を経て、最終的にはすべて私の下に送られてくる。世界の秩序を守るためには、死者たちの終着点が必要なのだ。作品が違おうとも、死者である以上は誰もが同じ場所に行き着かねばならん。作品により場所が違うなどということは、あってはならんのだ」
「マジで知んねーよ! なんだそりゃ!? 勝手な設定でっち上げてんじゃーよ!」
全くの初耳だった。そんな設定をした覚えはない。一部の作品を除き、死んだ後のことなど考えてはいない。
「貴様のせいで、私の世界は夥しい数の死者で溢れ返っておる。甚だ定員を超過し、各方面で多大な支障が出ておる。だが、自然の摂理ゆえ、私にはどうすることもできん。貴様が命を軽んじすぎたせいで、私の世界が混乱に陥っているのだ。実に腹立たしい」
「しゃーねーだろ! 戦記もんなんだから、大勢タヒんのは当たり前だろーが! 誰もタヒんねー戦記もんだったらおkっつーことか!? 何でも話し合いで解決とか、魔王を説教して改心とか、親の仇は殴って終わりとか、そーゆーふーにすりゃいーのか!? そんなの面白くも何ともねーだろーが!」
「そもそも、貴様がそのような話ばかり書くから悪いのだ。小説にもさまざまな種類がある。誰も死なない話も珍しくない。にもかかわらず、貴様が書く小説の大半は、戦いの中で数多の命が失われる話だ。なにゆえそのような話ばかり選ぶ? 貴様が命の価値を軽んじておるからだとしか思えん。冥界神として、私はそれが許せんのだ」
「うっせーんだよ! 何を書こーとオレの勝手じゃねーか! それに、そーゆー話は世界中にめちゃくちゃあるし、もっとバンバン人がタヒぬよーなえげつねー話だってあんだろーが! そいつらはどーなんだ!? やってるこたーオレと変わんねーだろーが! 言いがかりにもほどがあんだろ!」
ゲンは机を何度も激しく叩きながら、声を張り上げた。
「貴様との決定的な違いは、作品を完結させ、戦いを終結させておるかどうかだ。終結すればもうそれ以上命が失われることはない。失われた命も無駄にはならん。だが、そうでないならただの殺戮だ。貴様が物語を完結させておらんせいで、今もなお作品内で戦いが続き、新たな死者が次々と生み出されておる。貴様こそが諸悪の根源だ。貴様の罪は極めて重い。断じて許すわけにはいかん」
「ぐぬぬ……」
返す言葉もなかった。もう何年も、作品によっては四半世紀以上、ずっと放置しているのは事実だ。その間も作品内でずっと戦闘や侵略が続いているのだとすれば、甚大な被害が出ていてもおかしくはない。
「……我もうぬを赦さぬ。うぬの蛮行は万死に値する」
「……この声は岸野貴幸……! 礼史じゃねーか!」
声の主はすぐにわかった。黒木礼史、20歳の大学生。とある病に罹患し、数多くの黒歴史を持つ。原作では、冥府の支配者デーバスを名乗っていた。
前回の旅で、ゲンは一度だけ礼史と顔を合わせたことがある。捕まったら殺される鬼ごっこで、礼史に捕まってしまったのだ。だが、ゲンは作者の知識で礼史を止めることに成功し、逆に礼史が命を落とした。
そのような深い因縁があるにも関わらず、ゲンは当時の記憶を消されており、全く覚えていない。かたや礼史は覚えているのだろうか。だからこそ、ゲンに怒りを募らせているのだろうか。
「礼史……。それは昔の名だ。かつて人でありしとき、我はその名で呼ばれていた。今の名はデーバス。冥府界の究極絶対者デーバスだ」
「ファッ!? 何だそりゃ!? オマエは冥府の支配者だったんじゃねーのか!?」
「それも過去の話。我は冥界神メフィスと融合したのだ。我の大願が成就し、遂に超絶至極の存在となったのだ」
「私はかねてより人間の世界に興味があったが、神界とはあまりにも環境が違いすぎるゆえ、下界では常に何者かに寄生せねばならん。そこで見つけたのがこの男だ。この男はいささかも抵抗することなく、私を受け入れた。おかげで、私はこうして下界に降りてくることができたのだ」
原作の礼史は、ゼオンという悪魔に寄生されていた。だが、今は違う。なんと冥界神メフィスだ。冥府の支配者を自称していた礼史にとって、これ以上の喜びはないだろう。
「なるほど、そーゆーことか。礼史、オマエ、原作でも冥界神に寄生されたかったんだろ? ところがぎっちょん、ゼオンみてーな普通の悪魔だったから、そーゆー設定にしたオレにキレてんだろ? ぼくのかんがえたさいきょうのくみあわせになんなかったから、激おこぷんぷん丸なんだろ? どーだ? 違うか?」
「否定はせぬ。だが、それ以上に赦せぬのは、我の処遇だ。主人公選定の審判にて、うぬは我の存在を一切無視し、あの板杉という愚民に主人公の業を与えた。我のためだけに存在すべき聖域に、うぬはあの凡愚を侵入させたのだ。まさに我への冒涜。全宇宙の摂理を歪曲させる、究極の愚行。ゆえに、うぬは処罰を受けねばならぬ。無限の深淵に堕ち、地獄の業火に灼かれ、永遠の虚無の中で破滅と終焉を迎えねばならぬ」
ゲンを糾弾する礼史の言い回しは、非常に独特だった。
「オマエ、自分が主人公じゃねーからキレてんのか? 主人公しか勝たんと思ってんのか? 別に主人公じゃなくてもいーじゃねーか。主人公より目立つキャラとかつえーキャラとか人気あるキャラとか、そーゆーのは山ほどいんだろーが。オマエもそーゆーキャラじゃねーか。それに、どっちかっつーとオマエより忠二のほーが主人公に向いてんだよ。とっくにカンストしてるオマエと、のびしろしかねー忠二とじゃ、どー考えても忠二を主人公にしたほーがおもしれーに決まってんだろ? つまり、そーゆーことだ」
小説には主人公の成長が描かれていることが多い。であるならば、その余地があるキャラクターのほうが主人公に向いているはずだ。だからこそ、ゲンは礼史ではなく忠二を選んだ。
「うぬの話は一般論にすぎぬ。絶対不可侵の規律ではないゆえ、従うも従わぬも自由。最終決定権は当然、作者たるうぬが持つ。ゆえに、我を敵役に甘んじさせたのもうぬの意思。うぬの不条理な決定により、我の価値と尊厳は著しく棄損されたのだ。赦すわけにはいかぬ」
「ふざけんじゃねー! 主人公だろーとなかろーと、オマエはオマエだから気にすんなっつってんだろーが! 礼史、なんでこれがわかんねーんだ!」
ゲンは声を荒らげた。
先ほどから大声を出しっぱなしだが、隣近所からの苦情は来ない。不在なのだろうか。
「うぬを粛清する舞台は整っている。うぬは知らぬだろうが、かつて人でありしとき、我は幾許かの小説を書いた。その小説の世界を融合させ、我は新たな世界を創造したのだ」
「オマエが小説書いてたとか、ガチのマジで初耳じゃねーか! どーせオマエの書く小説なんざ、主人公が邪気眼持ってるとか、突然左腕が疼き出すとか、漆黒のなんちゃらみてーなキャラが出てくるとか、武器や技の名前が無駄にかっけーとか、そーゆーのばっかなんだろーけどな! その新しい世界っつーのも、どーせオマエの趣味全開なんじゃねーのか!?」
礼史がかつて小説を書いていたというのは、原作にはない設定だ。とはいえ、礼史は冥府の支配者を自称するだけでなく、その冥府の世界観を微に入り細を穿って作り上げていた。その想像力を活かせば、小説を書くことも十分可能だろう。
「その世界の名は、約束されし終焉の地リ゚ル゚・ロ゚ラ゚ーレ゚。すべて半濁点がつく。この文字は、歴史の狭間に取り残され、忘却の彼方に消え去った過去の遺産だ。うぬも同じ運命を辿り、虚無に還るがよい」
礼史の言うとおり、半濁点のついたラ行すなわちラ゚リ゚ル゚レ゚ロ゚は、かつて存在した文字だ。外来語のL音とR音を区別するために使われていたという。
「オマエのネーミングセンス、ぱねーな! どっからツッコみゃいーか、これもーわかんねーじゃねーか!」
自分のことを棚に上げ、ゲンは馬鹿にしたように笑った。
「うぬだけではない。他の主人公どもも道連れだ。有象無象の分際で、我を差し置いてうぬから主人公を託された罪は重い。命で贖わねばならぬ」
「ファッ!? 主人公全員!? 忠二だけじゃねーのか!?」
「案ずるな。皆ではない。貴様の小説の中には、命が失われん作品もある。その主人公を罰する理由はない。ごくわずかな数の殺生しかせん作品もある。それも目をつぶるとしよう。だが、それ以外の作品の主人公は、数え切れんほどの命を奪う鬼畜だ。神の裁きを下さねばならん。無論、貴様がどこまで書いておるかなど関係ない。書かれた範囲では無辜であろうと、話が進めばいずれ必ず大罪を犯す。ゆえに、断罪は免れん」
メフィスの補足により、詳細が明らかとなった。原作の進捗状況に関係なく、最終的に幾多の命を奪うことになる主人公たちだけが、リ゚ル゚・ロ゚ラ゚ーレ゚に飛ばされるという。
「ふざけんじゃねー! イパーイ敵をヌッコロす主人公っつったら、ユーシアとかミトとか富雄とか、この前と同じやつらばっかじゃねーか! 芽唯(CV:小酒井舞菜)とか美散(CV:七村萌々香)とか月奈(CV:菊谷歩佳)とか望愛(CV:吉崎更紗)とか希愛来(CV:高杉凛香)とか麗霧(CV:伊田里桜)とか陽南(CV:宮久保優那)とか心愛(CV:倉橋雫)とか、ちょっと前にwktkしながら書いたロリ連中は全滅じゃねーか! オマエら、嫌がらせにもほどがあんだろ! ちったー空気嫁! どー考えても主人公全員集合のほーが映えるに決まってんだろーが! さっさとそーゆーふーに変えろ! あくしろよ! 間に合わなくなってもしらねーぞ!」
ゲンは顔を真っ赤にして、早口でまくし立てた。せっかく自分好みの主人公を量産したというのに、会えなければ意味がない。彼女たちの主演作品は、どれも戦いとは無縁だ。
「……『オレだけにしろ』かと思ったら、『主人公全員にしろ』なんだね。ビックリしたよ。君みたいな作者に生み出されて、主人公のみんなは本当にかわいそうだね」
前回の旅で嫌というほど聞いた声が、天井から降ってきた。声だけで、顔はやはり見えない。
「ケイム! やっぱオマエの仕業かよ! そんなこったろーと思ってたぜ! 世界を作るとか、作った世界に飛ばすとか、そんなのオマエにしかできねーからな!」
「君の言うとおり、実際に世界を作ったのは僕だよ。でも、僕の役目はもうすぐ終わるんだ。今回のゲームマスターは、僕じゃなくて彼だからね」
「は!? どーゆーことだ!?」
ゲンには状況が飲み込めなかった。
「彼から力を貸してほしいと頼まれたんだよ。最初は断るつもりだったんだけど、彼の書いた小説を読んで気が変わったんだ。誰かさんのと違ってどの作品もちゃんと完結してるし、ものすごく面白かったからね。だから協力することにしたんだよ。彼が世界の隅々まで細かく設計してくれていたから、作るのもかなり楽だったしね。どうせならゲームマスターもやってもらおうと思ってたら、彼も最初からそのつもりだったみたいで、本当に話が早かったよ」
「天地開闢の創造主よ、あとは我に任せよ。この冥府界の究極絶対者デーバスが、背徳者どもを常闇の地獄に堕とし、終焉へと導こう」
「貴殿には感謝しておる。貴殿の協力がなければ、この世界は完成しなかった。冥界神として、貴殿に褒美を取らせることを約束しよう」
礼史とメフィスの声は、まるで別人のように穏やかだった。ケイムたちの関係性は、もはや疑う余地もなかった。
「オマエら、勝手に同盟とか組んでんじゃ――!」
「じゃ、そういうわけだから、今から君をリ゚ル゚・ロ゚ラ゚ーレ゚に飛ばすね」
パチンと指を鳴らすような音が聞こえたかと思うと、ゲンの目の前は真っ白になった。




