10. アンフィムの番
あれから玉座の間に人種である彼らの絶叫が響き渡ったが、誰一人として興味を持つことはなく。
使用人達は皆、自分の仕事で忙しそうにしている。
我関せずの態度を取っていたアンフィムは早々に移動し、ロレインの眠るベッドに腰掛けていた。
獣の花嫁。
陛下が言っていたように惚れ薬のような効果があるからこの感情を持て余しているのだろうか。
亡き妻との番は恋愛感情など一切なく屈強な戦士になるためだけのもので、愛おしいという感情は不必要だった。
それなのに眠っている彼女を見ているだけで心臓の鼓動が煩いくらい鳴り響くのは何故だ。
落ち着かせようと深呼吸してもみても余計に煩わしくなるだけで大きなため息をこぼす。
キスしたい。
そう思うとロレインの唇に吸い寄せられるように触れるだけのキスをした。
全ての人種に向けていた嫌悪感は何処に行ったのだろうか。
それだけでは足りないと疼く心に従って番の印を付けるべく腕を獣化させそっと左足に触れる。
痛みを感じさせないようゆっくり爪を食い込ませると瞼がふるふると動き始めたが、目を覚ますことはなかった。
暫くすると番の印が現れ、それを見ると同時に感じたことのない高揚感。
もっと欲しいと欲望のまま彼女の頬へと手を伸ばす。
「…私の番だ。このまま…。」
「このままなんだ。」
「グ、グレアム様!?」
「アンフィム、我の許可なしに番の印を付けるとは良い度胸だな。」
「そ、それは陛下が彼女とのキスを強要したからで…。まさか生まれて初めての感情を人種に持つことになるとは思いませんでした。」
「生まれて初めてだと?」
「はい。ロレインを愛おしいと心から想っています。」
「おかしいな。獣の花嫁の効力はすぐに切れるはずだが…。」
「陛下のせいですよ。ロレインは俺だけの番だったのに。」
「気にするな。」
「そう思うなら二度とロレインに触れないでください。俺はそんな生半可な気持ちで彼女を好きなわけではありませんから。」
「それは私も同じです。人種が嫌いだったのですから、容易な気持ちで番の印を付けたりしません。」
「フン、お前達に許可など取るつもりはない。」
「自己中心的な態度は彼女に嫌われますよ。」
アンフィムのその言葉に頷くグレアムだったが、騒がしくしたことで目を覚ましたロレインに皆動きを止めた。
「おはよ、ロレイン。」
「グレアム…?おはよう。」
「目が覚めたようだな。」
「陛下?」
「私もいるのだが…。」
「アンフィムさんも何故ここに?」
「番にした。」
「番…?え、いつの間に…?確かにキ、キスはしたけど…。」
「とても気持ち良さそうに眠っていたからその間にな。私はグレアム様と同じで他の番を持つつもりはない。」
「お前もそれを言うか。」
「陛下は他の番を構えばいいでしょう。」
「それは無理な相談だな。ロレインが気になるのであれば他の番は離れるとしよう。」
「え?番の印は一生なのでは?」
「王の権限を使えばできる。」
「なら、なぜ家族で戦わせたりしたんですか!?グレアムとの番の印を強制的に解除すればよかっただけじゃないですか!」
「…陛下から権限を使う兆しが見えたら、腕を食い千切っていただろうな。」
「食い千切るって…。」
「ロレインを奪われるくらいなら私もそうするだろう。」
「同感だ。」
「そういうものなの…?」
「意思に反して番の印を解除すればそれだけの危険が伴うものだ。腕を食い千切られたところで死にはしないが、片手では不自由だろう。」
そういう問題ではないのだが、リオはそう言って楽しげに笑みを浮かべている。
獣人種は戦いの種族というだけあって怪我を負うこと自体に恐怖の感情はないようだ。
「そこまで想ってもらえるようなことしたつもり無いんだけど…。」
「種が違えば感じ方も変わるものだ。理解しろとは言わない。だが、あまり否定しないでくれ。」
悲しそうに眉を下げるグレアムにそれ以上何も言うことが出来ず、視線を彷徨わせているとリオとアンフィムも同様に悲しげな表情をしていた。
リオに至ってはひょっこりと出てきた耳と尻尾が感情を表すかのように萎れて見える。
威厳のある陛下とは思えないその姿にくすりと笑みを浮かべるのだった。




