9. 獣の花嫁
あれから二人が険悪な雰囲気になったのは言うまでもなく、皇帝陛下というリオの立場だけが唯一グレアムの理性を繋ぎ止めているようだ。
「そろそろ離れてもらえませんか。ロレインは俺の番です。」
「忘れたか?我の番でもある。」
「それはっ!」
「そう怒るな。仕方ないだろう。我も預言者ではないのだ。ロレインが獣の花嫁だと知る由もない。」
「…。」
「だが、それで納得した。」
「何をですか…。」
「熊族のお前が人種を好く理由だ。」
「先程から話されている獣の花嫁とは一体…?」
「獣人にとっては惚れ薬のような存在と言えばわかりやすいか。番を持たなくても成長させられる理由の一つだな。」
「惚れ薬…だからグレアムも?」
「陛下はそうだろうが、俺は違う。」
「どうしてそう思うの?」
「俺は番の印を付ける前にロレインに好意を抱いたからな。惚れ薬が作用するのは番の印か接吻をした後だ。だから俺以外からの好意は信用するな。」
「…我の立場はどうなる。」
「陛下の言葉通りであれば事実でしょう。彼女を不安にさせるような発言は避けてもらえませんか。」
「ふ、不安とかじゃなくてそれなら納得できるなと思って…。」
「偽りの情報で納得するな。」
彼女の言葉に拗ねてしまったようで、鼻先を彼女の肩口に埋め後ろから抱きしめている。
グレアムだけズルいと言わんばかりにリオは膝枕を強要し目を閉じた。
ぐるぐると聞こえる猫の様な喉の音。
そういえば彼は何の動物に変化できるのか知らないままだとふわふわの髪を撫でながら遠くを眺めていた。
「陛下!こちらに居られたのですね。」
「何か用か。」
「人種が謁見の申し入れを…。」
「承諾した覚えはないぞ。」
「それはそうですが、既に押しかけていまして…。」
「内容は聞いたのか。」
彼のその言葉にバルトロは耳元に手を当て囁くように何かを伝えると、彼の視線が一気に鋭くなっていく。
何かにイラついているのか。
リオの周りに赤黒い瘴気が集まり始めている。
「ロレイン、もう少し眠るといい。」
ロレインから向けられる視線に気づいた彼は顔の前に手を当てると力が抜けたようにグレアムにもたれ掛っていった。
既に眠りについているのだろう。
そっとベッドに寝かし、ブランケットを掛け終わるのを見届けてからリオが動き始めた。
グレアムとバルトロもそれに続く。
やってきたのは玉座の間で、白銀の鎧を纏った騎士が数人と先頭には礼服を着た男性が立っていた。
そんな彼らを横切り、玉座に腰かけたリオに目を見開いている。
慌てたようにカーテシーをする彼らに小さく息を吐いてから煩わしそうに肘掛に頬杖をついて目を細めた。
右側にグレアム。
左側にはいつの間にか合流していたアンフィムの姿がある。
「面を上げよ。…それで?急ぎ我に用があると聞いたが、何だ…?」
「ここにロレイン・アンティルが身を寄せていると情報を得ました。」
「ほう。」
「獣人種の方々には伝わっていないと思いますが、彼女は断罪された元公爵令嬢。本来なら今頃死を迎えて…。」
彼のその言葉にバキッと何かが壊れるような音が聞こえてきた。
視線を向けると、玉座の肘掛がリオの手の中で粉々になっているのが見える。
グレアムはといえば、怒りで獣化した左腕を掴み何とか自制しているようだが、既にその瞳は彼らを喰い殺さんとしていた。
「…何か気に障ることでも言いましたか?」
「最近成長したばかりで力加減がわからなくてな。その人種をどうしろと?」
「もし身を寄せているのであれば、こちらに引き渡していただきたいのです。コランダムに戻り次第処刑を執行する予定ですから。」
「なるほど。では我はお前たちを喰い殺すとしよう。」
「じょ、冗談ですよね!?私は王家の一族ですよ!?」
「人種の王家など興味ないな。」
「だとしても、罪人の人種になどもっと興味ないのでは!?何故私たちを喰い殺すことに…。」
「言い忘れたが、ロレインは我の番になった。」
「…番…?まさか、そんな…。」
絶望で震える彼を見たリオの身体が少しずつ獣人へと変化していく。
大きな体躯と牙を向けゆっくりと彼らに近付いていくと、それに続くようにグレアムまで獣人化していった。
騎士達が構えた剣を枝を折るかの如く簡単に折り曲げてしまうと、楽し気に笑みを浮かべのだった。




