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その輝きは空を流れる星のよう

特化型VSチート。

 アンジェリカ様のお髪は、私が毎日整えているものだ。だからその美しさは誰よりもよく知っている。この王国のどんな宝石よりも、アンジェリカ様の髪は輝いているし、美しかった。

 それが今、まるでごみを捨てるときみたいな気軽さで、ぶちぶちと引き抜かれたのだ。やったのがアンジェリカ様ご自身でなかったら、もう何をしていたかわからない。

「ああ……なぜ……なぜですかアンジェリカ様……私が何か、悪いことをしたのですか……」

「いや、ただ数本髪を引き抜いただけだろうが……そんなことで頭を地面にこすりつけるな。とんでもなく不気味だぞ」

 物の価値もわからないゴミの声が聞こえてくるが、気にもならない。それよりも、突然凶行に及んだアンジェリカ様の真意が知りたい。

 アンジェリカ様は地面に跪く私には目もくれず、眼下に広がる広間の奥の方を見つめていた。さっきまで探していた人を、ついに見つけたのだろうか。

「……まさか」

 私は立ち上がり、アンジェリカ様の視線を追った。視線の先には、私の悲鳴を聞いて混乱しているのか、キョロキョロとあたりを見回す貴族たちが何人もいた。だがその中に一人、貴族らしくもない無地の白色のフードで顔を隠した、いかにも怪しい人間が一人混じっている。

「グレア。会場の。中に。虫が。います。なので。潰します。ね」

「は?虫?何の話だ、おい」

 グレアがアンジェリカ様に近づこうとした瞬間、さっき摘み取った髪の毛の一本が、眩く白い光を放ち始めた。その輝きは強烈で、付近の物が何も見えなくなるほどだった。

 これはアンジェリカ様が魔法を使おうとしたときに、同時に発生する光だ。体内に満ちる魔力を開放し、自身の周りを各属性の魔力で満たすことは、世間では魔力放出、と呼ばれる技に分類されるらしい。だが、アンジェリカ様は常人の数倍以上の魔力を常に貯蔵しているため、魔法を使おうとする際にため込んだ魔力があふれ出し、魔力放出が自動的に発動してしまうのだ。

 だからアンジェリカ様は、あまり人前では魔法を使わない。使う時があるとすれば、自分の身を守るときか、倒すべき敵がいるときのみだ!

 光がおさまり、恐る恐る瞼を開けた私は、思わず声を上げてしまった。アンジェリカ様の手にはいつのまにか、引き抜いた髪の色と同じ白色の弓と、何本もの矢が握られていたのだ。

 間違いない。理由はわからないが、あの白フードを射るために、アンジェリカ様は魔法を使われたのだ。

 アンジェリカ様が使う魔法は、光質化(ホーリーチェンジ)と呼ばれるアイギス家のみが使える特殊なもので、効果は自身の体、もしくは体に触れたありとあらゆる物に魔力を付与し、武器や防具に変換するというものだ。魔力を与える際に、形状や硬さを自分が思うように変えることができるため、さっきのように髪のような細くて柔らかい物を、太くてしなやかな弓に変えるといったことまでできてしまうのだ。

 ぎりぎりと、慣れた動作で弓を引くアンジェリカ様を見て、白フードが慌て始めた。他の貴族たちを押しのけ、西側の出口へと走ろうとしている。

「アンジェリカ様!あの者異様に速度が速いです!外の騎士たちに連絡をいれた方が、」

「必要ない」

 私の心配をよそに、アンジェリカ様は迷いなく矢を放った。髪の毛で作ったとは思えないほどの速度を持って、矢は白フードへと向かっていく。だがやはり、距離がありすぎる!

 白フードは矢の挙動をじっくりと見ながら、少しづつ矢の進行方向とは別の位置へと動いていく。やはり無理だと判断し、騎士を呼ぼうとした瞬間、私は信じられないものを見た。

 地面に突き刺さる瞬間にぐりんと、矢が進行方向を変え、白フードへと一直線に進み始めたのだ。悲鳴を上げる貴族たちの足をすり抜けながら、矢はどんどん距離を詰めていく。白フードも全力で走ってはいたが、矢の迫る速度には勝てず、ついに足を貫かれてしまった。

「いつっ!?」

 悲鳴とともに、その場にうずくまる白フードの男。だがアンジェリカ様はそれを見て、再び矢を構えた。

「うん。確実に。潰せって。言われている。から」

 ごめんね、と言う声とともに矢が再び放たれた。ひゅんひゅんと空を切る音のあと、矢が男の腕と足に何本も突き刺さる。悲鳴をあげながら、しばらくうごめいていた男はやがて、ぴたりと動かなくなってしまった。急所は全部外していたから、おそらく死んだのではなく、アンジェリカ様の実力を見て逃げることを諦めたのだろう。

「……ホーミングは、本当は反則なの。内緒にしてね」

「え、も、申し訳ありません。あまりに見事な射の数々に目を奪われて、その、ぼうっとしておりました!すばらしいです!アンジェリカ様!」

「……うん。まあ。これ。くらい。なら。当然。よ?」

 これくらいは当たり前だと言わんばかりに、自慢することもなく、私から視線をはなすアンジェリカ様。顔が隠されて見えなくなってしまったが、きっといつも通りの表情のままなのだろう。そう、侵入者を捕まえることなど、アンジェリカ様にとっては赤子の手を捻るよりも、簡単なことなのだから!

 こういう瞬間に立ち会う度に、この人に仕えることができてよかったと心から思う。先程の凶行によるショックは、この瞬間に立ち会えた喜びに打ち消され、私の中から完全に消えてしまった。とても気持ちがいい。

「おい!どういうことだアンジェ!俺が呼んだ客を矢で打ち抜くなど、いくらお前でももが」

「グレア様?あなたにはわからないかもしれませんが、アンジェリカ様は皆様のことを考えて行動しておられます。なので何も心配することはありませんので、しばらく黙っていてください」

「いだだ!わ、わかった!わかったから手を離せ!痛いだろうが!」

 ぱっと手を離し、アンジェリカ様の隣にぴたりと寄り添う。ああ、この場にいるだけで心が浄化されていくような気がする。誰もが尊ぶアンジェリカ様の周囲には、心を落ち着けるヒーリング効果を持った粒子が浮遊しているのかもしれない。本気でそう考えてしまいそうだ。

 あまりの心地よさに、不敬とわかっていながらも寄りかかろうとした瞬間、ぴくりと、アンジェリカ様の体が揺れた。

「ああ。二人目(・・・)ね。いえ。凄い。三人?四人?信じられない。わ。そんなに。いるの。かしら」

「……え、」

 アンジェリカ様が口にした言葉を理解する前に、また光が視界を覆った。私が瞬きを繰り返し、視界を取り戻すほんの数秒の間に、状況は目まぐるしい変化を遂げていた。

 私が突き飛ばした時の姿勢のまま倒れているグレアの周りを、いつのまに現れたのか、アンジェリカ様に射抜かれた者と同じ無地の白フードを身に着けた、三人の人間が囲んでいた。三人はそれぞれ、手に青い刀身の斧、刀、槍を持っていて、いつでもそれを振るえるように構えていた。

状況から見ておそらくグレアを殺そうとしている三人は、しかし、一歩も動けずにいた。なぜならグレアの前に、アンジェリカ様が立っているからだ。

 アンジェリカ様は丸腰だが、先ほどの魔法を見たせいか、三人の動きは鈍い。周囲にはナイフやフォーク、食器と光質化さえすれば強力な武器になりそうな物がたくさんある。それらの武器で反撃されることを恐れて、彼らは動けなくなっているに違いない。

「で、やぁぁっ!!」

「な!?」

 私がそう思った矢先、小柄な肉体に不釣り合いな、大きい斧を持った白フードの女が、アンジェリカ様に突進してきたのだ。しかもかなり早い。あれでは武器を用意するのが間に合わない!

「あら。一度。見た。動き。ね」

 アンジェリカ様は目の前の女を怖がりもせず、再び魔法を発動させた。まばゆい光が世界を包んでいる間に、ばきっと何かが勢いよく砕ける音と、何かが叩きつけられる音が聞こえてきた。視界が戻ると、バラバラに粉砕された斧と、壁に叩きつけられた白フードが目に飛び込んできた。

 ふわりと、長い髪がうねり、アンジェリカ様の周りを漂っている。それはさながら、意思をもつ長い鞭のようだった。

 アンジェリカ様は光質化で、自身の髪を武器に変化させたようだった。そういえば、ついこの前もグレアの傍にいた口の汚い騎士を懲らしめるのに、光質化した髪を使っていた。私はあの時も、丸腰のアンジェリカ様をさっきと同じように心配していたのだ。

 だが、さすがアンジェリカ様だ。武器を持っていなくても変わらず、彼女の強さは圧倒的。私の心配など、ただの杞憂でしかなかったのだと、改めて思い知った。

「ああ、本当にかっこいい……このままずっとアンジェリカ様を見ていては、周りの者がすべて有象無象にしか見えなくなってしまいそうです……」

「本当に、まったくだな」

 ぎょっとした。今まで身じろぎもしなかった刀を持った白フードの男が、急に武器を地面に捨て、喋り始めたのだ。


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