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令嬢、旅に出る⑧

 それから何日かの夜が過ぎて、出発の日がきた。

 人があまり出歩かない、夜もすっかり深くなったころに、私たちは大通りに出て、馬車を待っていた。ラースさんやレイナさん、ランとレンもいる。ありがたいことに、私たちの見送りに来てくれたのだ。

「リサさん。もう行っちゃうの?」

 これからのことを考えていると、ランが瞳をうるませながら、話しかけてきた。一月もの間、一緒に過ごした私にとっても、別れは少し辛い。つい、また戻ってきますわよ、なんて嘘をつきそうになってしまう。だけど、ガシャラに定住しようとしている私が、ここに戻ってくることはもうほとんどないだろう。   

 叶えられない約束は、しない方がいいはずだ。

「ええ。これでお別れですわ。名残惜しいですが……もう会うことはないと、思います」

「ここに残って、一緒に暮らしちゃダメなの?私、リサさんと一緒にご飯を食べるのすごく楽しかった。まだしてない遊びも、たくさんあるのに……」

 顔を俯かせたランから、涙がぽたりぽたりと零れ落ちていく。隣に立っているレンは何も言わないが、泣くのを懸命にこらえているのか、口元がきゅっとしめられていて、目尻には涙が溜まっていた。私と別れることを、こんなにも悲しんでくれる二人がいる。そのことに少し、胸が痛くなった。

「私ももっと、一緒にいたいですわ。だけど、私には叶えたい夢があるから、ここでずっと隠れて生きるわけにはいかないのですわ」

「夢?」

「ええ。ランやレンにも、やりたいことや、なりたいものがあるでしょう?それと同じように、私にも子供のころから考えていた夢がありますの」

「……それは、ここじゃ叶えられないの?」

「色々事情があって、ここでは無理ですわ。だから、遠い場所へ旅に出ますの。私は今とても悲しいけれど、少しワクワクもしていますのよ。ようやく夢に一歩、近づけるのですからね。……だから、とても勝手なのですけれど、ランやレンにも笑って、私を送ってほしいのですわ」

「……うん」

「……っ!」

 ランは顔を上げて、涙を流しながらにこりと笑ってくれた。レンは涙をこらえようとしているからか、うまく笑えずに少ししわくちゃな顔になっていた。

「ありがとう。とても嬉しいですわ」

 泣いている二人の頭を撫でていると、ガラガラと、馬車が近づいてくる音が聞こえてきた。本当に名残惜しいが、もう行かないといけない。

「ラースさんにも、本当に何から何までお世話になりましたわ」

「い、いえ!大したもてなしもできなかったのに、そんな風におっしゃらないでくさい。お礼としてあんなに綺麗なブローチをいただいてしまうなんて、なんだか悪い気がしますよ」

「そんなことはありません。寝床を貸してもらえなければ、私のような女はすぐに野垂れ死んでいました。だから一ヶ月もあの家に住まわせてくれたラースさんは、私にとって命の恩人なのですわ」

「そ、それは私の台詞ですよ!あの時リサさんが治してくれなかったら、冒険者として生きていくことも、働くこともできない体になっていました。そうしたら家族を養うこともできなかったでしょう。リサさんこそ命の恩人です!」

 ラースさんは力強く断言してくれた。それが嬉しいやら、恥ずかしいやらで、なんだか少しこそばゆくなった。

「本当ね。私からも言わせてもらいますね。リサさん、あの時夫を助けていただいて、本当にありがとうございました。リサさんの旅が上手く行くように、ずっと祈っています」

「私も同じ気持ちなのですわ。どうか、お元気にですわ」

 ラースさんとレイナさんに頭を下げていると、きぃと、馬車がとまった音がした。御者に行先を告げて、持ってきた荷物をアンナとベルダとともに後ろへと積み込んでいく。

「ベルダ、アンナ。あなたたちは、何か言い忘れたことはないのですの?」

「た、助けてもらったお礼は何度も言ったわ。お別れも、昨日のうちにしたわ」

「あたしも同じ。名前を忘れててごめんなさいって、ちゃんと言ったよ」

「それは言わなくていいことですわよアンナ……まあ、悔いがないならいいのですわ」

 最後にもう一度お礼を言って、私たちは馬車に乗り込んだ。しばらく馬車が進んだ後、後ろから呼ぶような声が聞こえてきた。馬車の窓から顔をだすと、全員が手を振ってくれるのが見えた。

「本当に、良い人たちですわ……さようなら」

 彼らの姿が見えなくなるまで、私も手を振り続けた。私にとっての初めてのお別れを忘れないように、何度も何度も、手が痛くなるまで私は手を振り続けた。

 曲がり角を曲がって、彼らが見えなくなってから私は室内へと戻った。アンナもベルダも、反対の窓から同じように手を振っていたようで、ちょっと疲れているように見えた。

「裏路地に住んでいる割に、凄く優しい人たちだったね。お嬢」

「ええ、彼らと子供のころに出会えたことが、何よりも幸運だったと思いますわ」

「まったくね……。ところで、しんみりとしているところ悪いんだけど、リサ。何度も聞いたけど改めて聞くわ。これから色々買いこむことになるんだけど、お金は大丈夫なのよね?」

「前に聞いた通りの金額なら、全然問題ないですわ。ガシャラについてからも、半月くらいは宿をかりられますわよ」

「戻る場所がない私たちにとっては、お金が生命線だからね……。管理は任せたわ。もし私が使い過ぎていていたらすぐに言ってね」 

 何日か過ごしていて気づいたことだが、ベルダは凄く切り替えが早い。さっきまでしんみりとしていたのに、今はもうこの先のことを考えている。いつもぼけーっとしているアンナと違い、凄く頼りになる存在だ。

 人数分の黒マントは用意したし、この街から出たらさっそく買い物だ。ベルダからの提案で、買い物の際に最低限のカモフラージュとして、私の髪を平民に多い茶色へと染めることになった。また、喋り方も平民らしく喋るように言われたので、現在練習中だ。

 金の髪は結構気に入っていたので、少し残念だけど仕方がない。目立ちすぎるのは間違いないからだ。喋り方も自分では気にならないのだけど、やっぱり平民の喋り方としてはかなり変らしいので、人前では変えるようにするというのも賛成だ。

 髪も喋りも変えるなら、この際、名前も変えたほうがいいだろう。リサ・フォーベルトという名前が名乗れなくなった以上、冒険者として名乗る名前は、何にするべきか。

 窓から見える満月と綺麗な星空を眺めながら、私はぼんやりと考える。まあ、焦っても仕方がない。ガシャラに着くまでまだ時間はあるのだから、これからのことは少しづつ、考えていくことにしよう。

 瞼を閉じながら、とりとめもないことを考えているうちに、私の意識は深い眠りへと沈んでいくのだった……。


 そういえば、アンジェリカ様とクソ兄上の婚約パーティも、もうそろそろ開かれるはずでしたわね。あの兄上が計画したパーティである以上、警備もゆるゆるで、客も碌な人間がいないはずだ。

 間違いなく、一波乱あるはず。明日の号外が楽しみですわね。




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