#789 EOの真実
俺は転移するとそこは社長室のような空間だった。
「よく来てくれたね。タクト君」
一応ゲーム名で呼ぶんだね。それじゃあ、俺も社長と呼ぼう。
「お久しぶりというべきでしょうか? 社長さん」
「はは。そうだね。さて、今日ここに呼んだのは君にこのゲーム『Elysion Online』について教えるためだ」
「その前にさっきの試練について、謝罪するべきだと思いますけど?」
流石に悪質の度が過ぎる。すると俺の予想を遥かに超える回答が返ってきた。
「確かにそうだが、ケストルを作ったのは賢吾と一桜さんだ。謝罪は彼らから受け取ってくれ。因みにケストルの姿は二つあって、他のプレイヤーには別のケストルが相手をするから安心してくれ」
「……はい?」
意味不明。死んだ父さんと母さんがケストルを作っただと?
「まずこれから話すことは会社の機密情報であることを理解してくれるかな?」
「はい。お喋り厳禁ってことですね?」
ゲームのことを話すんだ。機密情報であることは当たり前だろう。
「理解が早くて助かるよ。それじゃあ順を追って説明しようか。まず君のお父さんの賢吾はゲームが大好きで当時人間と同等のNPCの開発を研究していた。そして自動育成型人工知能『プルチック』を開発した」
「自動育成型人工知能ですか?」
言葉から判断すると自動で育っていく人工知能ってことだろうか?
「そう…これは電脳の世界で人間と触れ合うことでNPC自身が感情を学び、それに応じて喜怒哀楽を表現できるようになるという世界初の技術だ」
何しているの!?俺のお父さん!でも世界初の技術か…凄いな。でも父さんは既に死んでいて、EOが始まったのは今年だ。全然時期が合わない。ということはだ。
「父さんが亡くなったことでその技術が失われたんですか?」
「いいや。開発者が死んでも生きた証の技術は残るものだよ。そして引き継いだのが私だ。ただまだ完成されていなくてね。乗り越えなければならない課題が山済みだったんだ。まずどうやってNPCに感情を学ばせるかがある」
「それは直接会って、これが嬉しさとか教えればいいんじゃないですか?」
VR技術があれば可能な気がする。すると社長は質問して来る。
「ならばタクト君ならどうやって嬉しさという言葉しか知らないNPCに嬉しさという感情を理解させるのかな?」
俺は考えるとこの難問の難しさを知る。嬉しさと言っても色々な種類がある。それを一つ一つ教えても俺が嬉しいと感じるものがNPCが本当に嬉しいと感じるものと一致するか分からないんだ。
「悲しいなら赤ん坊でも泣くし、理解させ易いのかな? いや、でも」
「着眼点は素晴らしいね。確かに参考になるのは生まれたばかりの赤ん坊ということになる。人間は生まれてからずっと感情というものを学習する生き物だと考えられる。しかしなぜ赤ん坊が泣く? なぜ赤ん坊は笑うのかな?」
「それはお腹が減ったり、おむつの替えが必要になると…そうか。感覚や欲望が必要になるのか」
「正解だ。赤ちゃんはお母さんがいなくなったり、湿った不快感や空腹感を感じることで泣く。これを悲しいと理解すると我々は考えた。悲しいことがわかればその逆、嬉しさも理解出来る。それらを起点として人間の感情は構築されていくと考えられている」
なるほどね。ちょっと待てよ。
「もしかしてこのゲームに満腹度があるのって…」
「最初の頃の名残だね。お腹が減ることは悲しく、満腹なのは嬉しいことだと学習させるために作ったんだけど、これを消すとNPCたちが異変に感じるからゲームシステムに組み込んだんだよ」
凄いオチ!というかそもそも根本的なことを聞いてないな。
「ちょっと待ってください。ということはこのゲームはNPCたちに人間のような感情を学習させるためのゲームなんですか?」
「そうだ…ただし最初からゲームだったわけじゃないんだよ。何せ賢吾が作っていたのは人工知能でゲームでは無かったからね」
それはそうか。
「ということは社長さんが父さんの技術を受け継いでゲームを作ったってことですか?」
「そういうことになるのかな? 少し昔の話になるが賢吾が人工知能を研究しているときに私は医者をしていてね。そこでたくさんの命を救ったんだが、同時にたくさんの救えなかった命があった。その中には最愛の彼女もいたんだ」
社長さんが凄い悲しい顔をする。この人と似ている感じを受けたのは気のせいじゃなかったんだ。
「私はずっと後悔をし続けたまま、仕事を続けていた。そしてある日、私のところに賢吾と一桜さんが助からない重症で運ばれてきた」
「な!?」
父さんと母さんが運ばれた病院に社長さんがいたのか…するとこれは偶然ではなく父さんの希望だったらしい。
「私は急いで救急車に駆け寄ると死にかけの賢吾が私にお願いをしてきた」
『龍! 頼みがある! 俺と一桜はもう助からない! だから俺たちを俺の研究室に運んでくれ!』
「私は訳がわからないまま救急車に二人を乗せると必死に治療をして、賢吾の研究室に向かった。そこで賢吾の指示に従い、二人の意識を電脳の世界に作られたNPCにアップロードをしたんだ」
話がSFっぽく聞こえてきた。
「そんなことが可能なんですか?」
「私も驚いたが賢吾が開発していた人工知能のコンセプトと賢吾の悪ふざけがあったからこその技術だ」
「な、何したんですか? 父さんは」
物凄く嫌な予感を感じるぞ。
「まず人工知能のコンセプトは先程説明した通り、限りなく人間に近い人工知能だ。それを開発していた賢吾だからこそアップロードするための器はほぼ完成していた」
そりゃ、まずは意識をアップロードする器が必要になるだろうな。人間の意識のアップロードなんてどれだけの容量を使うのが全く想像が出来ない。
「そして人間の意識をスキャニングして、アップロードする機材が必要になるわけだが、本人曰く、人工知能にずっと感情を教える作業を続けていた時にストレスが爆発して作ったらしい。これなら人間の意識をNPCにコピーしたほうが圧倒的に早いとか言ってたよ」
「…いやいや、それは研究テーマから外れているじゃん」
口では言えないが研究費とか大丈夫なのだろうか?研究とは違うことをしたら、大問題な気がする。
「私もそう思ったよ。しかしその賢吾の暴走は私にとって奇跡の御技に思えた。何せ死ぬはずの人間が電脳の世界で生きていくことになるんだ。これはつまり死んだ人間にもう一度会えるということを意味している。これを奇跡と言わずして何を奇跡と言うのか」
それはそうだろうな。そしてゲームの名前の所以に気がついた。
「それでエリュシオン・オンラインってことですか…」
「よくわかったね」
エリュシオンはギリシャ神話に登場する死後の楽園の名前だ。実際にこのゲームに死んだ人間が生きているなら正しく死後の楽園だろう。そして俺は根本的なことを聞く。
「でもこの技術って大丈夫なんですか?」
電脳の世界に自分の意識をコピーというか移すなんて良い所を見れば素晴らしいことだけど、悪い所を見ればこれはある意味不老不死の御技のような物だ。
「当然問題がある。政府が目を付けるほどの危険な技術だ」
「政府まで関わっているんですか…」
どんなことを考えているやらだ。まさか電脳の世界で不死を手に入れて、現実の人間たちに永遠に指示出しとかしたいんだろうか?
「あぁ…政府はしかも賢吾のNPCの技術まで狙っている」
「まさか軍事転用とか考えてませんよね!?」
もしこれが事実ならリリーたちが戦争の道具にされる可能性がある。俺たちの出会いやここまでの冒険がリリーたちにそんなことをさせるだったなんて、許せるか!
「否定は出来ない。何せ自分たちで作戦を考えて行動するんだ。指示だけを聞く人工知能とは天地の差がある。もちろんそこには危険な可能性があるけどね」
裏切りだな…これもSFの世界ではよく聞く話だ。実際に人工知能の軍事利用は危険だと規制する流れも存在しているが軍事国家が言うことを聞くはずがないのが現状だ。
「私たちは当然軍事利用など断固反対の立場だ。その為にこのゲームにはPKを可能にしているからね」
「どういうことですか?」
「人工知能たちに人間の善悪を学習させるためだよ。こればっかりは敵キャラで学習が出来ない。人工知能は敵キャラが悪い存在と学習するからだ」
あくまで人間を学ばせるためにはPKというシステムが必要だったんだな。でもここで疑問が発生した。
「でも、今までの話なら父さんたちはゲームの中にいるんですよね? 父さんと母さんたちが教えればいいんじゃないですか?」
「それもしたが、結局は個人が悪い存在と認識してしまったんだ。そうではなく、人間には善悪の両側面があると学習させるためにはかなりの多くの人間と接する必要があった」
「そこでゲームとなるわけですか」
ゲームなら多くの人間と触れ合うには持って来いだろうな。
「そうだ。でも学んだ結果、どうなるかが分からない…一応フォローしておくと賢吾は純粋に人間と同じ知能を持つNPCと関わり合いたかっただけだ」
「そんなことぐらい分かりますよ。俺自身がどれだけ関わってきたと思っているんですか」
俺自身がリリーたちを人間の女の子として見ている。それは父さんが夢見たことで狙い通りだったわけだ。凄く負けた感じと同時に誇らしさを感じる。そしてここで信じられない告白をされる。
「そうだね。でもこのゲームは実は長く続かないんだ」
「え…それってゲームが終わるってことですか!? 結構ヒットしてますよね!?」
「あぁ…本来なら長続きする。しかしこのゲームに使われている先程話した技術と非公開の人体実験をしたことが問題なんだ」
それを聞くとやばい気がする。
「私は病院の許可を得ずに重症の患者を乗せた救急車を移動させたことや賢吾たちに人体実験をしたなどで責任をとって病院をやめて、刑務所に入るつもりだったんだが…病院関係者がこの情報を政府に売り、この事件はただの死亡事故として処理された。賢吾の技術を手に入れるためにね」
反吐が出る話だ。
「私は賢吾と一桜さんの願いを聞いて、政府の支援を受けながら、賢吾の人工知能の完成とゲームを開発した。逆に言うとゲームで学び終えたら、政府は動いてくるだろう。だから私たちはこのことを公開して、闇に葬るつもりだ」
「それは全てのデータを削除するということですか?」
それは事実上のリリーたちの死を意味している。
「そうだ…ただ私は君の覚悟次第で賢吾の技術を託したいと思っている。これは賢吾の意志でもある」
「どういうことですか?」
「ゲーム自体の削除は免れないが人工知能のデータを君に渡すことが出来るということだよ。元々は賢吾の技術だ。引き継ぐなら私より本来は君こそ相応しい」
「でも、そんなこと直ぐにばれると思いますけど」
父さんのことを知っているなら当然息子の俺のことも知っているだろう。真っ先に疑われるはずだ。
「そうだね。でも政府は君には手出し出来ない。既に君のお爺さんが手を回していてね。御剣家の分家には皇室関係者や政府、警察、検察、自衛隊の上層部や司法、弁護士まで数多くいてね。はっきり言って、御剣家を敵に回したら、政府ぐらい簡単に潰せるメンバーが揃っているんだよ」
ドン引き…うちの家系が昔から国と深く関わってきたことは聞いてきたけど、分家の話とか全然聞いたことがなかった。
「というかもしかしなくても爺さんも生きているんですか?」
「あぁ…どこで聞いたのか。亡くなる前に会社に来て、お願いしてきたよ。最初は武を極めたいとか言っていたが、今では君のことが賢吾たちと同じで心配だったんだろうね」
爺さんには本当に世話になるよ。でも武を極めたいというのは本音だろう。その証拠に爺さんの正体は間違いなく烏魔天狗だ。烏魔天狗は俺たちの他に鉄心さんやブルーフリーダムにちょっかいを出している。
そしてケストルを訓練したのは間違いなく爺さんだ。子供の俺にもう一度教えるようなものだ。それぐらい喜んであの爺さんはするだろう。
というか爺さん、父さんがゲームの世界で生きていることを知っていたんだな。そうじゃないと自分もゲームに参加することなんて思いつかないはずだ。言わなかったのは、まだゲームが完成していないことと俺に両親の死を受け入れて、前に進ませるためといったところかな?
「話が脱線してしまったが、君のことやゲームの段取りは私たち大人の仕事だ。ただ押し付けるつもりもない。君がいらないと言うなら本当に闇に葬るつもりだ。決断を委ねるようで悪いが、後は君に任せる」
「そんなことを急に言われても…」
「はは…それはだろうね。時間はまだあるからゆっくり考えて欲しい。私も元はゲーマー…ゲームを愛する者として、私たちのこのゲームはハッピーエンドで終われせるつもりさ。だから君にはこのゲームを最後まで楽しんで貰いたい。君の両親が作ったこの世界をね」
「はぁ…わかりました。どっぷりハマっていますし、最後までさせて貰います」
結局俺には何も出来ない…なら俺はゲームを続けよう。
「そうか…ありがとう。賢吾と一桜さんも楽しみに待っているよ」
「俺もですよ。最後に父さんや母さん、爺さんに会える機会を作ってくださって、ありがとうございます」
俺がそう言うと頭を下げた。それを見た社長は目を見開く。自分は彼女に別れの言葉や伝えたいことを伝えることが出来なかった。だからこそ彼はこのゲームを完成させることを決意した。別れの言葉すら言えない辛い別れにもう一度出会える機会を与えることで前に進めない人の助けになりたいと思っていたからだ。
「…頭を下げなくていいよ。君のその言葉を聞けて良かった。最後にもう一つだけ秘密を教えておこう」
「なんですか?」
「以前君からの質問で召喚獣の話があっただろう? あれはね。賢吾も私たち運営もほとんど関わっていない。人工知能たちが自らの意志で選んでいるんだよ。子供が親を選ぶような感覚と言えばいいのかな?」
「つまり俺はリリーたちに自分たちを育ててくれる親として選ばれたということですか?」
社長は優しく頷くと俺は転移の光に包まれる。
「最後まで彼女たちを導いてやってくれ。そして良い旅があることを祈っているよ。タクト君」
こうして俺はこのエリュシオン・オンラインの真実を知ったのだった。
これでこの小説の終わりが大体わかったと思います。政府のことなど色々書きましたが、一切登場しません!ついでに謎の外国人勢力なども登場しません。あくまでこの小説はゲームとしてのエンディングを迎えることだけはお伝えしておきます。




