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七話 ノーザとアイリス

 近衛騎士団において期待のルーキーと目されるジークは突然の来訪客に対して怒る気も失せていた。

 失念していたのだ。妹が、とんでもないお転婆だということに。

 この調子では両親はまんまと出し抜かれたか、はたまたパーティーに夢中で気が付かなかったのか。

 事情はさておき、ジークは警備場に突如として現れた妹のノーザを手元に置いておかなければいけなかった。


 そうしないと仕事の邪魔になるし、誰かが見張っていないとまたどこかへと消えてしまいそうだからだ。

 しかも、ノーザは見知らぬ平民の少女まで伴って現れた。一体どこで拾ってきたのか、なぜかだかそれを聞くのは少し怖かった。


「ほう、この娘が噂のお転婆娘か」


 しかも一番最悪なのは現場を取り仕切る騎士団長バルクムントがその場に居合わせたことだろう。

 それはある意味では当然だ。徹底した現場主義であるバルクムントは城内警備ですら自身が先頭に立つ。それは頼もしく、団員たちからの信頼を得るに十分な働きであったが、今日と言う日に限っては勘弁してほしかった。


「お初にお目にかかります。ノーザ・アンネリーゼ・アイランディと申します」


 しかも妹は妹で完璧な作法で、粗相のない挨拶。

 それは嬉しいが、今、この場で行う事ではないとジークは突っ込みたかった。


「申し訳ありません、団長。妹が……」


 だが、実際にでるのはこんな言葉だ。


「いや、なに。子どもはこれぐらい活発でないといけないとは昔から言われていることだ。それに、特別悪さをしているわけでもない。件のようなこともな」


 バルクムントは豪快に笑いながら頬の刀傷を撫でた。新兵だった頃の傷だと言われている。治癒魔法で簡単に消せるはずの傷だが、戒めという理由で残しているのだと言う。

 武功を立てる猛将ということで恐れる者も多い男だが、基本的にはおおらかな人物だ。そう言葉を荒げることもない。

 しかし、ジークにしてみれば偉大な騎士団長であるし、上司なわけで、その性格に甘えるわけにもいかなかった。


「はっ……ですが、ここは遊び場ではございませんし……」

「そうだ。その通りだ。活発さは子どもの美徳だが、時と場合という言葉もある。今宵は穏やかな日だ。ゆえに問題はないが、非常時ではそうもいかん。少女たちよ、そのことは胸に刻むのだ。我ら騎士団は民を守るが、民もまたそのことを忘れてはならん。此度のことは思い出として流すがよい。私も取り立てて問題にしようとは思わぬ」


 バルクムントはどこまでも優しかった。少女二人に刃メタルガーデンの見学を許したのだ。

 「気が済めば、戻れよ」と言い残し、彼は去って行く。ジークはそれでやっと胸をなでおろした。


「全く……ガーデンをこっそり操縦したかと思えば今度はパーティーから逃げ出すなんて……私が言えたきりではないが、お前はもう少しつつしみというものをだな」


 周りの同僚たちは物珍しそうな顔でこちらを覗きこんでくる。ノーザの起こした事件は有名な話だ。一体どんな娘がやらかしたのか、彼らも気になるのだ。

 それを一睨みで牽制しながら、ジークはこのお転婆をどうしたものかと考えた。


「だってパーティーはつまらないんですもの」


 ノーザはきっぱりと言い放った。

 ジークもそのことは理解している。社交界は基本的に政治の場だ。華やかな宴などは所詮表面のものでしかないのだから。

 それでも、口には出さなかった。


「陛下の記念祝典だぞ……」


 こうもすんなりと貴族の務めを否定するあたり、この妹は大物かもしれない。

 そんな場違いな感想がジークに駆け巡った。


「大人たちはどうでもいい会話ばかりですし、寄ってくる男は家にしか興味がありませんし」

「……寄ってきたのはどこの家の者だ」

「知りません。適当にあしらったので」


 その兄と妹の会話は愉快なものとして周りには映っていた。

 だが一人だけ明らかに場違いな者もいた。アイリスである。


「それで、そちらのお嬢さんはどこの誰なんだ?」


 ジークはそれとなく視線を向けただけなのだが、少女アイリスはびくりと肩を震わせ、そそくさとノーザの背後に隠れた。

 当のノーザは肩をすくめた。

 まさか、名前も知らない少女を連れてまわしているのか? そんな恐ろしい考えがジークに生まれた。


「ワタクシもついさっき出会ったばかりですので、名前は知りませんわ。ガーデンが見たい一心でここまで来た子みたいで、面白そうだから連れてきましたの」

「面白そうって……私は時々お前の考えていることが分からなくなるよ。それに、ガーデンが見たいって……別に遠くからでも見えるだろう? 何もここまでこずとも……」

「まぁ、乙女心の分からないお兄様。好きなものは、是非とも近くで見たいものですわ。遠くから眺めるだなんて、そんなことしていたら満足なんてできませんわ」

「そういう言葉はガーデンに対してではなく、人間に対していってほしいものだよ」


 この妹はいつ頃からか、機械騎士であるハイメタルガーデンにのめりこんでしまった。それまでは王子様がどうのと幼い少女そのものだったのに。

 子どもの好きなものは日によってコロコロ変わるものだと高をくくっていたが、どうにもノーザは本気だ。そして、そのそばについているこの見知らぬ少女も、同類という事なのだろう。

 知り合って間もないはずなのに、この親密具合を見るによほど意気投合しているらしい。


「私がいたからよかったものの。いなければ、つまみ出されていたぞ」

「お兄様がいるから、お邪魔したのです。サボっていないか、確認しておきたかったですし」

「嘘をつくな。ホレ、見れるものは見れたであろう? そろそろ戻らねば、父上たちが心配する。それに、君もだ。どこのものかは知らぬが、抜け出してきた手前、ばれると厄介であろう。戻るのだ」


 ノーザはまだ文句を言っているが、ジークはとうとうそれを無視して、少女たちを押しやる。

「お兄様のいじわる」とノーザはプリプリと頬を膨らませて怒っていたが、本気ではないように思えた。見知らぬ少女を伴い、その場から去って行く妹の背中を見届けながら、ジークは「あれじゃ嫁の貰い手があるかどうか……」という感想をよぎらせていた。


***


 そんな兄の心配など知ってか、知らずか。

 パーティーを抜け出したことはやはり正解だったとノーザは確信していた。月夜の光に照らしだされるストーレンの姿はどこか間抜けな見た目ですら幻想的に見せ、ある意味ではノーザの中にある「ロボットらしさ」というものが垣間見れた。

 それに、騎士団長であるバルクムントとも顔を合わせることが出来たのも収穫だ。


 特別深い話をしたわけではないが、顔を覚えてもらうということは得と考えるべきだろう。

 それに、バルクムントだけではない。今、自分のそばを離れない少女、アイリスともはからずとも接触が出来たのは大きかった。


「あの、ありがとうございました」


 人の少ない庭園を歩いていると、アイリスが立ち止まり、頭を下げてきた。


「いいのよ。暇だったし、お互い、考えていることは同じだったみたいだしね。それに、お兄様は可愛い子には弱いのよ。二人もいれば、押し通せるのは確実だったわ」


 ノーザの冗談にアイリスは下をうつむき、顔を赤くするという生真面目な反応を見せた。


(……可愛いわね、この子)


 その初々しい反応がどうにも母性本能をくすぐった。

 いずれは美少女に成長し、ヒーローたちを魅了する少女だが、なるほどそれだけの素養は確かに感じられる子だ。よくも悪くも表面に感情を出す性格が、表裏のない無垢な少女として男にしてみれば魅力的に映るのだろう。


「あの、このお礼はいつか必ず」

「いらないわよ。ガーデンを見た、お互いにそれだけよ。私にしてみれば、あなたを利用したようなものだもの。子どもの愛らしさって、こういう時は便利でしょ? お兄様は厳格だけど、あぁいう甘い所もあるし、私は私で『お転婆』だから」

「それは……ガーデンを操縦したノーザお嬢様だからということでしょうか?」

「知ってるの?」


 その時の言葉は素の言葉だったと思う。まさか、領地だけではなく王都に住む平民にすら届いていたなんて思ってもみなかった。


「大人たちの間では有名です……あ、私は、その、住み込みで働いている工場の人たちがそう言ってるのを聞いただけで……」

「工場?」


 そういえばアイリスが平民時代をどのように過ごしていたのか、そのあたりの描写は皆無だったなとノーザは思い出す。

 ただ平民だった、それだけの設定だった記憶だ。


「はい。ガーデンの部品などを組み立てる工場です。元々は王家に仕えていた技術者や錬金術師様たちが始めたものなのですが、余裕が出てきたので、工場をいくつも構えたそうなのです。私の母もそこの従業員だったらしくって、そのつてで、住み込みで働かせていただいているんです。ですから、私たちが作った部品が一体どういうものに使われているんだろう? って気になって……それで」

「あぁ、そういうこと。へぇ、ガーデンの部品工場ねぇ。面白そうね」

「そうなんです! 街じゃ見ないような機械がたくさんあって、親方様たちがずっとそれを難しい顔で作っているんです! なんだかよくわからない歯車や鉄の棒が、組み立てられていくと腕になった時は私、感動してしまって」


 それを語るアイリスはおどおどした姿を見せず、少し鼻息も荒かった。

 意外な一面といえる程、深い付き合いをしているわけではないが、それでもノーザは彼女の生き生きとした姿を見るとそう感じた。


「あぁそれ、わかるわよ。どう見たってガラクタにしか見えないパーツがドンドン組み合わさって形を作っていくのって楽しいわよね。プラモ……いえ、機械工場の面白い所だわ」

「あ、わかりますか! 不思議ですよね、あんな鉄の塊がストーレンのような丸くて可愛い姿になるなんて!」

「可愛い……うぅん、ストーレンって可愛いかしら? 私にはずんぐりむっくりな人形にしか見えないけど」

「そんなことありませんよ! あの球状装甲は堅牢ですが、それだけじゃなくて相手の武器を滑らせて衝撃を逃がす効果があるんです! それに各ブロックごとに取り外しも容易ですし、整備も単純化できるんですから! 大量生産にも向きますし、なにより操縦が容易なんです。ちょっとぎこちないですから、騎士様のように剣技を治めている方々には不評な所もありますが、慣れれば誰だって……あ、す、すみません!」


 まくしたてるような言葉が無礼だと思ったのか、アイリスは一気に顔色を曇らせて、萎縮していた。

 ノーザもノーザで、いきなり語り始めたアイリスにちょっと驚いていた。なんとなく内気そうな顔をしているのに、趣味になるとうるさいタイプのようだ。

 そういえば、ゲームにおけるアイリスの内面描写もそんな感じだった。貴族のしきたりや知識は知らない癖にやたらガーデンのことは詳しく呟いているそんな子だった。


(ま、急に早口になったら引かれるのは、そうよね)


 ある意味では女の子らしくないその姿が本来のノーザ、ライバルキャラだった彼女には理解できない、気味の悪いものに映ったのだろうか、それがいじめの原因になったのだろうか。

 しかし、今のノーザは違う。むしろアイリスの姿には共感を覚えるぐらいだ。少々、細かな趣味は違うようだが。


「いいわよ。あなた、面白いわ。私はノーザ、ノーザ・アンネリーゼ・アイランディよ。名前は?」

「え?」

「気に入ったのよ、あなたの事。それにお互い、ここまで話しておいて名前も知らないって嫌じゃない? 安心なさい。名前を覚えたからといって、別にとって食おうってわけじゃないわ」


 まぁ本当は知っているのだけど、と内心で思いながらも、自己紹介というやり取りはこういうものだ。


「あ、アイリス……アイリス・パーガンと申します……」

「そ。それじゃ、アイリス。また、いつか会いましょう」


 気が付けば二人は庭園を抜けていた。がやがやと騒がしい宴の音楽が大きくなってくる。

 そこは一般開放の区画と貴族専用の区画とを分けるように芝生と石畳みの通路できっぱりとわけ隔てられていた。


「私の事、覚えておきなさい。いずれはこの国の近衛騎士団長になる女よ。運があれば……そうねぇ、あなたを私のお付にしてあげてもいいわ。ガーデンの工場にいるのでしょう? 腕を磨いておきなさい、じゃ」


 ノーザはそう言って、踵を返すように城内へと戻っていく。

 その背中を見届けながら、アイリスは深々とお辞儀をした。


「ノーザ様……」


 アイリスの目には、颯爽と去っていく気高い少女の後ろ姿はどこまでも輝いて見えた。

 とてもすごい人。貴族にもあんな人がいるのだ。そう思うと、アイリスも自然と笑みを浮かべた。


(……いかん、いかん! あの子、めっちゃ可愛いわ!)


 だが、一方でノーザの内心はこうなのである。


(うぅ、しかもなによ私のあの口調、あの台詞! 気取りすぎでしょ、一体何が起きたって言うのよ。あー恥ずかしい。顔、赤くなってないかしら)


 さっと両頬に両手をあてがうノーザ。

 自分は一体何をしているんだろう。


(でも、そうよ。これも打算、計算の内、計画の一部よ。主人公に好印象を抱かせることで、少しでも不安要素を減らすべきよ。それに、アイリスのガーデンの知識は天才的だわ。あの子はいずれ、攻略キャラたちの機体を改良するそのきっかけになる子だし。そのおこぼれにあずかることだってできるはずだもの!)


 アイリスはただの少女ではない。それは実は生まれが貴族であるということ、聖光女になる運命だからだけではない。

 彼女の持つハイメタルガーデンの知識はどこかこの世界の常識の上を行くものだ。それは天才の一言では片付かないものだが、とにかく、アイリスはいずれハイメタルガーデンの根本を覆すことになる。

 

(そうよ、これも私が生き残るための手段なのよ!)


 しかし。

 ノーザがそのことを思いついたのはついさっきだ。それまで、彼女は、そんなことなど一切考えていなかった。それは、心の内側から湧き上がる、照れ隠しでしかなかったのだから。


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