六話 月夜の出会い
レクーツァ王国はオルバストロ大陸の中にあってもっとも古い歴史を持つ大国であった。かつての聖光女伝説、その発祥の地ともされ、四人の騎士の一人が興したとされる。
その大国を治める十五代目の王、レダ・ブレイカン・レクーツァ二世の統治は緩やかに十年が続き、その最高潮を誇っていた。
レダは既に五十を越える初老の王ではあったがまだ精神的にも肉体的にも若い王であった。
善政を敷く王ではあったが、唯一家臣たちに心配されたのは世継ぎの問題であった。政治に没頭するあまり妻をめとったのが遅く、そのせいで世継ぎが生まれたがつい最近のことなのだ。この事実は家臣たちをひやひやさせた。
最悪親戚筋の分家から引っ張ってくる必要もあったからだ。
年老いてから出来た皇太子に対してレダもその妻も深い愛情を注いでいた。溺愛していると言ってもいい。
即位十周年を迎えるレダは、その記念式に際してその一粒種ともいえる皇太子の社交界デビューを果たそうとしていた。
その皇太子の名はウェンディーズといった。
***
レクーツァ城を見上げた時、そしてその正門をくぐり城内、ダンスホールへと順々に移動していったノーザは豪華絢爛さに圧倒された。それは前世においては映画などでしか見たことのない光景だったからだ。
右を見ても左を見てもそこには着飾った人々が優雅に立ち話をしていて、家の後継ぎになるであろう若い少年たちは同じ年ごろの少女たちの後を追いかけては、つれない態度であしらわれている姿が見られた。
しかし、少し違うのはその中によく見れば人間とは少し違う種族が存在していることだろうか。
(天使のような有翼人種、ケモミミの獣人……まぁエルフっぽいのもいるわね。角がある美形集団は魔族かしら……へぇ、あぁいう風に見えるんだ)
そこには多様な種族がいた。そのどれもが高貴な衣装を身にまとっているのを見れば、彼らもまた記念パーティーに呼ばれた貴族なのだとわかる。
(もしかしたら、探せばその後の攻略キャラがいるのかも)
だが、ノーザはそんな暇などなかった。
両親に連れられ、主要な貴族たちに対してお披露目の挨拶をしないといけなかったからだ。何十回目かの自己紹介を終えるのに一時間、二時間は余裕で使った。
その場にジークはいなかった。
兄は警備があるということでパーティーには参加せず、城の外でストーレンに乗っている頃だろう。
城の周囲には十機程のストーレンが警備を固めていた。大剣を地面に突き刺し、構える姿は圧巻であり、いくら見た目が悪かろうともそのように並べば勇ましくは見える。
その勇壮さを目の当たりにすれば感動するのはロボットオタクとしては当然だ。
だが、それを差し置いてもパーティーの上流階級でございますな空気はノーザを辟易とさせるには十分なものだった。両親が付き合いの深い貴族たちとの談笑を楽しんでいる間、ノーザはホールの隅の方でげんなりとした表情でソファーを陣取っていた。
自分と同じ年の女の子たちはあちこちに愛想を振りまくことに集中しているようだったが、それはそれで難儀なことだなと思う。
(乙女ゲームって正直よくわかんないけど、ご令嬢も大変ね)
後にも先にも自分が乙女ゲームなんてものに手を出したのは『聖光女アイリス』だけだ。その他のゲームに登場するご令嬢がどんな生活をしているのかは知らないが、もしこんなことを何十年と続けているとすれば、そりゃ性格も歪むだろうとノーザは確信していた。
政治的な打算がどうのという難しい話ではない。ただ単純に忙しいのが重圧になるのだと。
「これ、何時まで続くのかしら」
古き良き御伽噺であるシンデレラだと真夜中の零時だったか。
夜遅くまで起きていることに抵抗はないが、この肉体はそうは思っていないようだ。精神的にはまだ元気なつもりだが、まだ幼い体は眠気を訴えていた。
「全く、くっちゃべって酒飲み合う集まりのなにが面白いんだか……あぁ、こういう所だけは前の世界の方が何万倍も楽しいわよねぇ……」
全く見知らぬ世界に飛ばされて即座に適応できる物語の主人公たちが羨ましいと思う。この世界にはテレビもなければゲームもないし、お菓子もない。魔法のおかげでお風呂やシャワーがあるのは嬉しいことだったが。
それ以外、ノーザの場合はこの世界にロボットが実在しているからという点だけで何とか耐えているようなものだ。あとは、迫りくる自分の死をどう回避するかだが、遠い先のこと過ぎて、時々、実感がわかないのだ。
溜息一つ吐きながら、ノーザはホールからテラスへと移動する。既に日は暮れて、丸い月が夜を照らしていた。
テラスからは城下町が見渡せる。王様の即位記念パーティーの為か、城下町もまた明るさを保っていた。国をあげての祭りのようだ。
だが、そんなどこか幻想的ともいえる光景よりも、ノーザの視線はやはりロボットであるハイメタルガーデン・ストーレンへと移動する。
相変わらずかっこいいとも渋いともいえない微妙な形状だ。
あの中のどれに兄がいるのだろうか。それを考えると、ノーザはフラフラと出て行ってしまった。ホールの出入り口を抜けても、城の通路には貴婦人たちがどうでもいい自慢話の合戦を始めていたり、警備兵たちが槍を構えて直立不動をしていた。
そのごった返す通路を抜け、開けた階段を下りてもやはり貴族たちは大勢いた。しかも城の外にまでいるのだ。夜風を当たっているのは酔いを醒ます為か、顔を赤らめた大人たちが数人いた。
だが、ノーザはそれすらも無視して城門を目指す。つまらないパーティー会場にいるよりはまだロボットを眺めている方が楽しい。何事も興味のあるものを優先しないといけない。
いつしかノーザは前を見て歩くのではなく、ストーレンの姿を追いかけるようにして、走っていた。
だから、自分の真横から同じように走っている少女の存在に気が付かなかったのだ。
「わっ!」
「あぅぅ……」
お互いに衝突するが、ノーザは剣術の稽古のおかげか、咄嗟に態勢を整えることが出来たが、相手はそのまま尻餅をつく形となった。
思いのほか、衝突の勢いは軽かった。どうやら大人ではないようだ。
「あ、あの、大変申し訳ございません!」
ノーザが相手を確認しようとする前に、その相手はその場に額をこすりつけていた。相手は少女だった。しかしドレスを着ていない。麻の衣服だ。それなりに小奇麗ではあるが、パーティー出席者とは思えない姿をしている。
そう言えば父、エーゲスが此度のパーティでは平民たちにも一部の区画を解放しているとか言っていた。とすれば、この少女はそこから、貴族専用の区画に迷い込んでしまったということだろうか。
「構わないわよ。怪我、してない?」
だとすればこの少女は幸運だ。もしぶつかったのが自分ではなく、別の者だったらつまみ出されるだけじゃすまないかもしれない。
こうして手を貸してやることもないだろうし。
「え?」
パッと面を上げた少女は差し出されるノーザの手を見て、目をぱちりと瞬かせた。
「もう、ほら立って。目立つでしょ」
ノーザはまじまじとその手を見つめる少女を無理やり立たせる。それだけで少女はガチガチに緊張していた。
「あ、そんな……貴族様にそのよう手を煩わせるなど……」
「よそ見をしていたのは私もだし、良いのよ。それより、早く出た方がいいわよ。平民がこの区画にいるなんて知られたら……」
そこまで言って、ノーザは言葉を切った。
目の前にいる少女。どうにもこの少女に身に覚えがあったのだ。平民にしてはさらさらとしたボブカットの少女の瞳は透き通るように青かった。幼さの中には利発そうな雰囲気を持つ少女、しかし今は貴族の令嬢にぶつかってしまったということで恐怖の色も浮かんでいる。
(亜麻色の髪、ブルーの瞳……それにこの顔立ち……ん? 待てよ……確か、主人公って昔、ガーデンを見たいが為にパーティーにもぐりこんでいたなんて過去が……)
そこまで来て、ノーザはハッと思い出す。
間違いない。この少女は『アイリス』だ。いずれ主人公となる女の子だ。
ノーザはそのことをすっかり忘れていた。目の前にいる少女がアイリスであることを認識した瞬間、ダンスホールがある上階がわぁっと活気づく。
またしてもノーザは思い出す。今日、この日、このパーティで幼き頃のノーザは皇太子であるウェンディーズと出会い、恋をする。それ以降の猛烈なアプローチと家の地位を受けて、ゲームでの彼女はまんまと婚約者の地位を受け取ることになるのだが、今、そのきっかけを作る場面に自分はいない。
恐らく両親は自分のことを探し回っている頃だろう。
だが、そんなことはどうでもよかった。元から結婚だ、王子だには興味などなかったし、図らずもフラグの一つが消失したことを考えると儲けものだ。
しかしそれ以上に大変な場面でもある。
まさか、ゲームの主人公とこんな場面でばったり会うなんて。
「……あなた」
そしてアイリスがこの場にいる理由。
だんだん思い出してきた。アイリスは、ハイメタルガーデンを見たいが為に貴族専用区画まで入ってきたのだ。それで結局、優しい騎士に見つかり、問題になる前に城から出されているはずだ。
アイリスもまた、この世界においては珍しく、ロボット、特に機械に興味のある少女だったのだ。
「ガーデンに興味があるの?」
「……!」
ノーザの言葉にびくっと肩を震わせるアイリス。
どうにも怖がられているようだ。別に、無礼だなんだと処罰するつもりはないのだが、貴族と平民の間というのは大体そういうものだ。
ノーザははぁと溜息をついて、「ついてきなさい」とアイリスを促す。
「パーティーはつまらないし、それならガーデンを眺めている方が楽しいのよ。あなたも見たいからこんな場所にいるんでしょう? 来なさい、兄が騎士をしているわ。話をつけてあげる」
そういって、ノーザはアイリスの手を引いた。
「え、ですが、しかし……」
当然、アイリスはしどろもどろだ。
「いいのよ。ほら」
ノーザはそんなアイリスなど無視して彼女を引っ張っていく。
(そうよ、忘れていたわ。アイリスはゲームの主人公である前に……生粋のロボットオタクだもの!)
そういう設定があったわけではない。だがゲームをプレイしている間、主人公であるアイリスは恋愛ごとが絡まない時は大抵ハイメタルガーデンについてあれこれ考えているような子だった。
ノーザにしてみれば、それは同志のようにも感じられた。
だから、こんな行動に出たのだ。




