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三十三話 父親たち

「お互い、歳をとったな」


 レクーツァ王国を統治するレダ一世は旧友との久々の語らいに盛り上がっていた。レダ一世は自身の自室にこもり、他一切の使用人や部下を入れず、出入り口は騎士たちを遣わせた。

 こうした中で、レダ一世は古びて所々にひびの入った小さな水晶玉とそれを囲うようにはめ込まれた木彫りの台を前にして、覗き込んでいた。


『久々の会話で、開口一番に言うのがその言葉か? やめてくれ、気味が悪い』


 水晶から返答が来る。自身と同じく年老いた声であるが、その口ぶりは若者のそれであり、その声を受けて、レダは巨躯の小さく震わせて笑った。


「フフ、どう言い繕うと俺たちは老人だ。ならば老人らしい会話が必要だろう?」

『フン、まぁいい。それより倅の件だが』


 水晶から聞こえてくるのはぶっきらぼうな口調だが、レダ一世はそんなものなど気にしていなかった。この通信の相手はそういう奴だと昔から知っていたからだ。口は悪いが、悪い男ではない。


「悪いようにはしてない。ついでというと聞こえは悪いが、こちらとしても果たしておくべき義理があったのでな、これを機にそれをさせてもらった」


 レダ一世の脳裏には無礼極まる手紙の内容が思い起こされていた。

 エミリオという王子からの手紙。要約すれば、自分は問題を起こしたので、その謝罪という形でものを贈りたいので、見繕ってほしい。というものだった。

 レダ一世としても、それを自身の息子であるウェンディーズから経由され、受け取った時は困惑というか、眉をひそめたが、その送り主のフルネームを知って苦笑に変わったのだった。


『……すまなかったな。倅の馬鹿でお前たちに迷惑をかけた』


 エミリオ・ヴァングラジオン。それが件の手紙の送り主であった。不遜、無礼、極まる内容であり、それを見た側近は青筋を立てていたが、レダ一世はそれを許した。

 ヴァングラジオンの名は彼にとってみれば、盟友国である以上に懐かしい名でもあった。


「グレージェフ」


 レダ一世は水晶の向う側にいるであろう旧友の姿を思い浮かべて、名を呼んだ。

 グレージェフ・ヴァングラジオン。彼こそは、現ヴァングラジオン国の王であり、件の王子エミリオの実父、そして、レダ一世とは幼い頃からの親友でもあった。


「わしは気にはしてない。まぁ、側近どもは煩く騒ぎ立てていたがな」

『当然だ。あいつはそれだけのことをした。甘やかせすぎたよ』

「……他人の、それこそ別の王家の問題だ。わしがどうこう口を挟めるものじゃないが……もう少し親子の語らいの場は設けるべきではなかったのか?」

『それでは他に示しがつかん……いや、こうして罰せず甘やかせている時点で、それは言い訳か……』


 グレージェフは自信過剰が服を着て歩いているような男だったが、この通信越しから聞こえる彼の声にはそんな様子はなかった。彼もまた、老人と言っても良い年齢だった。

 若い頃は才能にあふれ、それを当然のように行使する男であったが、寄る年波には勝てないようで、今は体を動かすことも少なくなったと聞く。


 それに、遠慮というものともかけ離れていて、とにもかくにも無礼であった。初めて会った時のことを思い出すと、なぜだか取っ組み合いの喧嘩をしていた記憶がある。


「気にしなくてもいい。まるで若い頃のお前を見ているようだった」

『似なくても良い部分だけは似てくれた。目は、あいつに似ているがな』


 その言葉にはどこか遠い何かを思い浮かべる色があった。

 レダ一世は押し黙った。ヴァングラジオン国の王家の話は、彼とて承知していることだった。才能一筋のヴァングラジオン国はとにかく才能ある次世代を求める。


 その結果、王は多くの妻を持ち、子を産ませる。多くの、特に倫理的な側面を考えると、確かにレダ一世としても一言申したいことはあれど、そんなことはグレージェフとて理解しているのだ。


 ヴァングラジオン国はその手法でもって、才能を持った次世代を多くはぐくみ、発展してきた。グレージェフ自身もまた先代の王からは『最高傑作』と呼ばれた男だった。

 彼は、その呼び名にふさわしいだけの才能を開花させ、就くべくして王位に就いた。


 そして、才能を認められたとされる多くの妻を迎えさせられ子をなした。

 だが、グレージェフにはそんな形ばかりの妻たちではなく、真に愛する女がいた。その女は、特別秀でた才能を持っていたわけではなかった。それでもグレージェフはその女を愛した。

 そして生まれたのがエミリオであった。


「一度、面と向かって叱ってやったらどうだ?」

『他の王子たちの手前、できるわけがないだろう? それに、どの面を下げて父親風を吹かせばいいのだ』

「しかしなぁ……」

『……今回は、助かった。それと、すまなかった。馬鹿息子の馬鹿な願いの手配をしてくたのだ……この恩はいずれ、返す』


 ノーザにファル=ブレースが行き渡った経緯はつまる所、エミリオの思いつきが原因であっても、それを実行したのはこの二人である。もちろん、それを知るのはこの二人だけだ。

 事件の知らせを聞いて、グレージェフは即座に謝罪の文をレダ一世に送った。そこには、エミリオに対するしかるべき処遇の旨が書き記されていたのだが、レダ一世は不要と返した。

 

 代わりに、ノーザという少女に新型を与えるという条件を受け入れ、ことの成り行きを見守ってみたくなったのだった。


「だから気にするなと言っただろう? 今回の件でアイランディからは何も言ってきていない。むしろ、娘がまだじゃじゃ馬していると嘆いていたよ」

『……ドラゴン殺しの娘か?』


 グレージェフもまた興味のある話であった。


「あぁノーザという。王子との婚約をやんわりと断った娘だ」

『それは、また大胆というか……』

「騎士団長になるとも言っていたな」

『幼子の頃にガーデンを操り、今なお剣を振るうか……エミリオが関心を抱いていたが、なるほどな』

「聞けば、他の国の連中もなにかとちょっかいをかけているらしい。ウェンディーズもな、あれで相応に対抗意識はあるようなのだ。まぁ奴の場合は他にも張りたい見栄があるようだが」

『女か?』

「だろうな」


 その会話は下世話だった。王がするべき話ではない。だが、今この時間だけは、二人は王ではなく父親として会話を続けていた。


「本人はうまく隠しているつもりだがな。とはいえ、どうやらライバルも多いようだ。もしかすればお前の所の息子もその渦中に入るやもしれんぞ」

『なら、良いのだがな。アレは……あまりそういう事に興味を引いていなかった。俺がそう仕向けたようなものだが……何かと他人を蹴落とすことに意識を向けるようになっている』

「だからこそ、頭を冷やす為にこちらへよこしてきたのだろう?」

『まぁな』


 エミリオの留学は何も彼が他の兄弟に追い出されたというだけではない。父、グレージェフにしてみれば、世間を知り、その荒波にもまれて欲しいという親心があった。

 惜しむべきはそれをグレージェフが伝えず、そして当然のように息子であるエミリオにも伝わっていない事だろう。

 レダ一世はそんな不器用な親子を思うと、似た者同士なのだなと微笑した。


「だというのに、新型のガーデンを渡すなど、やはり甘いのではないか?」

『ぬかせ。お前とて息子に渡しているだろう。それに、ガル=ガボスの件はこれとは別だ。我が国の技術力におののくがいい』

「レクーツァ王国の歴史の前では新興国の技術など何するものぞ」


 そんな子供のような張り合いもまた、楽しいものだった。

 二人はそれからも懐かしい思い出に浸りながら、語り合う。こうして身分を忘れ、語り合うなどいつ以来だろうか。お互いに王座に就いてからは、こうした機会もとんとなくなった。

 王家同士の密接な関係はそう問題ではない。同盟国であればそれらしく振舞うことも必要だ。


 しかし、それでは王という役割の中での事務的なにこやかさでしかなかった。国民の手前で、こんな姿で語り合って見せると、配下の者も、国民も少なからずの反感を買うというものだ。

 偉大なる存在でいるというのは時に、難しいものであった。


『ところでだ』


 ふと、会話の途中でグレージェフの声音が変わる。それは王としての声だった。

 その瞬間、レダ一世もまたピタリと微笑を消し、王の顔へと変わる。


『ミグレスの国だがな。噂は聞いているか?』

「城の増築が盛んだという話だな?」

『あぁ。なじみの商家のものがな、かの国まで足をのばしてきたようで、それなりに話には聞いてみたのだが……戦でもするのかという程に物々しい増築らしい』

「戦な。このご時世、それをする意味はほぼないが……フム、城の増築な。流石にそれだけでこちらがとやかくいう問題ではないな」


 目に見えて兵力を増強しているという点だけで言えば、それは各国がともに同じことが言える。ガーデンデュエルとはつまりそういう催しだ。自分たちの技術力もさることながら、ガーデンの性能と騎士の腕前、つまりは己らの武力を示すようなものだ。

 それに比べれば城の改築、増築は何ら問題らしい問題として取り上げることはできない。


『しかし、用心はしておけよ。あの国は最近妙だ』

「それに関してはこちらでも同様だ。それに、周辺国からも小言を言われているようだし、互いに牽制しあっている」

『ならば良いのだがな……ミグレスの国とレクーツァ王国は距離が近い。何かあった時、真っ先に被害を受けるぞ?』

「国同士、暗黙の了解で国境沿いに軍を派遣している。そちらからの報告も、今の所はない……それよりもわしはモンスターの活発な動きが気になっているのだ」

『それか……時期の問題だと思いたいがな』

「あぁ……モンスターに関してはこちらだけではない。各国が警戒している。騎士団を派遣する準備も整えねばならんし、最悪、またドラゴンが出てくるとな」

『あぁ……時間か……』

「そうだな」


 二人はお互いに時間を確認する。

 そろそろみなの前に戻らねばならない時間であった。


「ではな、グレージェフ。また、話そう」

『あぁ……レダ』


 二人に王はそう言って、水晶の機能を停止させた。

 レダ一世はその水晶の上に優しく布をかぶせると、すっくと立ちあがり、マントを羽織り、颯爽と部屋から出ていく。


「将軍各位を集めろ」


 その厳とした一声で部下たちが動き出す。


「各騎士団の稼働状況を知らせ。各方面のモンスターの動きもだ。早くしろ」


 


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