三十二話 ナイト・ディレッタント
『ファル=ブレースは機動性を重視した作りですので、操縦性能もストーレンよりは滑らかに出来ているはずです』
ざりざりとノイズが混ざった中で、ノーザは指示を聞いていた。
ハイメタルガーデンには通信機というものが一応あるにはある。騎士の多くは魔法を使える為、いわゆる念話、テレパスを使うのだが、状況によっては魔法妨害もあり、機械的な通信機も試行錯誤の中で作られていった。
ただしその精度はあまり良いとは言えず、数メートル離れただけでもノイズが混ざるのである。
『ほぼ人体の動きを完璧に行えているはずです』
ファル=ブレースを運んできた騎士はシュミエル・クリープスと名乗った。あの戦いの後、怪我で実戦部隊にいられなくなったが、開発チームのテストパイロットということで結局はガーデンからは離れなかったというのだ。
(テストパイロット。騎士じゃなくて、そっちの道も良いのだけど、それは物事が解決してからよね)
当然、ノーザもその職種の存在は察知していた。だが、どちらにせよそのテストパイロットになるのにも騎士としての結果を出さなければいけない。
プロのパイロットでなければそのような仕事は務まらないのだ。公爵令嬢であっても、おいそれと権力で入り込める程、甘い世界ではない。
『いかがですか?』
「少し……ふわふわします」
ノーザは贈られてきたファル=ブレースの慣らし運転を行っていた。ひとまず、自分の機体となったのだ。特徴というものを知っておきたかった。
しかも授業をさぼっての試乗だった。ノーザ自身に新型を操縦してみたいという欲があったのは間違いない。それに、自分の身を預ける機体だ。確認は疎かにはできない。
ファル=ブレースのコクピットはストーレンとそう変わらなかった。恐らく特殊な機体でもなければガーデンのコクピットは統一された規格なのだろう。
試乗を始めたノーザであるが、意外なことに苦戦を強いられていた。
(ストーレンに長く乗りすぎたせいかしら、ちょっと過敏な気がするわ)
機種変更がどう大変なのかはノーザは今までわからなかったが、これは相当難しいものだと感じた。
そもそもストーレンとファル=ブレースとでは運用方法が全く違うのだ。敵の攻撃を受け止める盾の役割を持つストーレンに対して、ファル=ブレースは前面に押し出る矛である。
しかも機体重量がまるっきり違う。操縦性の違いがあまりないという話はありがたいが、今度はその重さがノーザの違和感を加速させた。
『機体が変わると、操縦の癖も変わります。そのあたりはすぐに慣れると思いますが……』
ここで『使いこなせる』と言わないあたり、シュミエルもまたプロだった。お世辞は口にしなかった。
「ワタクシはもっと重たい方が好きですね。軽すぎるのは性に合わないわ。盾が欲しいぐらい」
『下手に重量を傾けると、それこそ動きがおかしくなります。ストーレンは良いガーデンでした』
少なくとも得物を選ばないという点において、ストーレンは旧式であってもしぶとく生き残っていた。
「えぇ、私もそう思うわ。見た目以外は」
『そうですか? 女騎士たちの間では可愛いと好評ですが?』
ノーザは『なんだそれ』と思った。やはり、この世界の感覚はわからない。
どう考えてもあのちんちくりんを可愛いとは思えないだろう。
「……ふむ。動かせるかどうかと言われれば動かせる。でも、こっちの感覚とは合わない機体ね……」
受け取ったものを返すつもりはさらさらないが、この違和感はなんともできなかった。確かに、ファル=ブレースは高性能な機体なのだろう。事実、他国の特殊な機体にも引けを取らないし、ゲーム本編においてもさして腕前のないウェンディーズが戦っていけたことを思えば性能を物語っていると言える。
しかし、どうやら自分は思った以上にストーレンに愛着を持っていたらしい。今となってはあの鈍重さが懐かしいのだ。
「装甲でも追加しようかしら」
追加装甲というのもかっこいいものだなとノーザは軽く考えていた。
『それではファル=ブレースの良さを殺すことになりますが?』
「動き回ってガチャガチャするのもいいですけど、ワタクシはどうやらデンと構えている方が性に合っているみたい」
『はぁ、ガチャガチャ?』
「気にしないで」
こちらのオノマトペは通用しないらしい。
しかし伝えたい意味はそれなりにはわかってくれたようだった。
『ガーデンデュエルには間に合いますかな?』
「正直なことを申せば、無理ね。今のワタクシでは一回戦で惨敗する未来が見えますわ」
機体に膝を着かせて、ノーザは一息ついた。やはり、この機体は難しい。ストーレンと同じ感覚で操縦すると、動作が遅れるのだ。特に顕著なのは攻撃動作である。何度か剣を振るってみたのだが、シュミエル曰くゆっくりと動いているというのだ。
『動かせるようになっただけでも十分だとは思いますけどね』
完璧とは言わない。礼とそれ以外はきっちりとわけるタイプなのだろう。誠実なのだ。そういう意味で考えればシュミエルという男は信用における人物だというのがすぐにわかる。
「棒立ちよりはマシってだけでしょう?」
『そりゃあそうですが……』
「頂いたものだもの、操縦は続けますが、やはり参加は見送りね。せっかく運んでくださったのに、申し訳ないけど」
『いえ、構いません。小間使いで腐る所でしたが、ノーザお嬢様の為とあらば。命の恩返しと思えば安いものです』
「昔の話でしょう?」
『命の恩人ともなれば、時間だけでは消えませんよ』
試乗の後、シュミエルはノーザに改めて礼を述べた。いずれ、機会があれば自分たちの職場に顔を出してほしいというやり取りを経て、ノーザは彼を見送った。
ノーザはシュミエルという男の事を覚えておかなければいけないと確信した。
「さて、思わずして新型を貰ったけど……こりゃ骨が折れるわね」
そして、自分を見下ろすように鎮座する灰色のファル=ブレースを見上げる。ウェンディーズの機体とは違い機械であることを隠さない灰色の機体色に装飾のない装甲はどこか力強さも感じさせるが、見なれたストーレンと重ねるとやはり細身で、どうにも違和感が先走ってしまった。
「うーむ……」
しかし、と思う。慣れなというだけで諦めてはいけないという感情もあった。
「新型、専用機、それらを欲してる癖に、泣き言なんていっちゃいけないのは当然よね」
それに……自分にはなさねばならないこともある。
生き残る。強くなる。それはこの世界で生きていく上で必要だと感じたものだ。初めは漠然とした何かだった。適当に思い描く、軽い考えであった。
でもそれはダメだと九歳の時点で思い知らされた。
母の絶望、父の無念、そして……『ノーザ』の虚無感。それは自分でも不思議な感覚であった。優しい兄のジーク。その突然の死。
いや、ジークという存在は初めからそういう運命にあったのだ。彼はゲームにおいては、当初から死んでいたキャラだ。
だからと言って、ノーザは『それが当然』であるなんて認めたくなかった。人が、死んだのである。その日まで、笑い、言葉を交わした相手である。それが、死んだのだ。
(ジーク……お兄様)
ノーザの感覚だけで言えば、ジークは年下だ。でも、彼は兄だった。兄としての務めを果たしてくれていた。優しいだけではなく時には厳しくもあった。そして深い愛情をもって接していた。
騎士としても崇高な人だった。若くしてエリートとして活躍していたし、それに驕ることもなかった。
でも、死んだのだ。
(魔王を相手取るっていうなら、どんな機体でも乗りこなさないといけない。いえ、生き残るならば、それぐらいはして当然よ)
なぜ、あの時、あのタイミングで魔王の力を感じたのかは知らない。なぜドラゴンが復活し、暴走したのかもわからない。だが、その裏には確実に魔王の存在がある。
未だこの世界では存在すら信じられていない魔王。それを知るのはノーザだけだ。その存在を語ったところで夢物語として笑われるだけだ。
いやそれだけではない。この国、この世界のものたちは世界がずっと泰平の世であると信じている。その幻想が崩れ去ると理解するのも数年後の話だ。
アイランディ家の滅亡という対価を払い、人々は戦争へと突入する。そして集結する頃には誰もアイランディのことなど忘れている。口にすらしなくなる。滅びるとはそういうものだ。
何十年続く名家であろうと、そういうものなのだ。
「なら、乗りこなすしかないわね」
ノーザは睨み返すようにファル=ブレースの瞳を見上げた。
そして、再び乗り込む。
「まずは戦争で生き残る。父も母も……いえ、領地を守る。兄がそうしたかったように……私がやるしかないものね」
戦うべき理由はあった。




