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二十話 アイリスの才能

 ハーンバスト学園の授業は一般教養のみではない。ハイメタルガーデンの騎士を育成する名目を打ち上げた以上、それに準じた教育もまた行われることになっていた。


 それが実機運用と機体整備、そして座学である。実機運用はその通りに学園内で用意された機体もしくは自前の機体を使っての動作及び模擬訓練を行うというものだった。大半の、特に男子生徒がこの学園に入学する理由の殆どがこれ目当てであるのは国内外の知る所である。


 そして機体整備であるが、これは彼ら生徒が実際に整備を行うわけではない。だが、全く自分たちの乗る機体を理解していないというのも問題であるとされ、機体の各部位の説明および起動点検などを含めた説明がなされる、それに似た形で行われるのは座学であり、基本的に共通した説明が行われ、たまにハイメタルガーデンの歴史及び運用理論などの説明がなされる。


「我々の鎧であり、剣であるハイメタルガーデンだが、かつてはたんに機械騎士、もしくは巨人騎士と呼ばれていた。これらが開発されは背景には巨大なモンスターに対抗する為、より強固な盾を欲した時の王の発案である。特にドラゴンのような巨大なモンスターが出現した際、過去の者たちは国家の戦力を動員して事に当たっていたのだ。潰えた国々も多いと聞く」


 その教鞭を振るうのが現役の騎士であり、以前は王都防衛隊にて団長を務めていたメイザー・ライトビーである。

 歳はまだ四十前後であり、騎士としての実績も確かな男であった。


「ふむ、そうだな……ここで一つ質問をしてみようか。あまり有名な話でもないで、知っている者の方が少ないと思うが……ハイメタルガーデンの祖を知っている者はいるか? あぁ一応言っておくが、騎士、ではないぞ?」


 メイザーの質問に教室中はざわざわと騒がしくなる。皆、左右の学友たちに答えを求めているのだ。だが、一向に答えを出す者は現れない。


「あの、ノーザ様は御存じですか?」


 教室の後列に陣取ったノーザは隣の女子生徒から質問を受けていた。


「……さぁ?」


 ノーザは肩をすくめて、答えた。

 しかし、真実は違う。ノーザはメイザーの質問の答えを知っていた。だが、あえて答えなかった。ここで自分が答えてしまうとイベントが発生しないのだ。


(さて、出番よアイリス。生徒の誰もが知らない知識を語ることで、みながあなたに注目する。それは、わずかながらにウェンディーズの好感度をあげることになるし、メイザーがあなたを気に入ることで、ガーデン整備に便宜を図ってくれるようになるんだから)


 ノーザの狙いはそこにあった。

 これはゲーム本編で、アイリスがその才能の一端を見せつける場面であった。彼女は学園に来るまでガーデンの生産工場で生活しており、さらにはちょっとしたオタクでもある。そういった知識は豊富にあるのだ。


「あ、あの……」


 ざわつく教室が一瞬で静まり返る。

 教室の中央に座っていたアイリスがおずおずと手をあげたからだ。誰もが知らない知識、それを答えようというのだから必然的に注目が集まった。


「ん、君は……アイリス・アクトレイシア君だったか?」


 アクトレイシアとはアイリスの貴族としての名、つまりは父方の性である。

 メイザーは名簿を確認しながら、アイリスの名を呼んだ。その表情は少し嬉しそうな笑みを浮かべていた。まさか、こんな雑学のようなものを知っている生徒がいるとは思わなかったからだ。


「では、答えてみてくれないかアイリス君。ハイメタルガーデンの祖とはなにかな?」

「は、はい! ハイメタルガーデンの御先祖様は、あの……じ、城壁です!」


 その答えが出た瞬間、教室中が大きな笑いに包まれた。


「おかしなことを言うんじゃない!」

「優麗なガーデンがただの城壁だと? 馬鹿を言え!」

「全く、常識のない子だこと」


 城壁、ようは壁である。そんなものが巨大な鋼鉄の騎士の先祖などありうるはずがない。そんな嘲笑が含まれた笑いだった。


「あの子、変なことをいう子ですね」


 また、ノーザの隣に座る女子生徒が耳打ちしてきた。この授業で一緒になってから何かと話しかけてくる少女であった。その魂胆はわかっている。公爵家であるノーザを親しくなることで、派閥というものを形成しようというのだ。

 しかし、ノーザはそんな少女に対して、不敵な笑みを浮かべた。


「それはどうかしらね」

「え?」


 生徒たちの大半が一見、頓珍漢な答えを言ったアイリスをバカにする傍ら、メイザーは拍手を送った。そうすると、教室の卑下するような笑いが静まった。


「素晴らしい、よく知っているじゃないか!」


 メイザーはよほどうれしいのか一人、大きな拍手を続けながら、説明を続けた。


「君たちにとってみれば意外かもしれないが、ハイメタルガーデンの先祖ともいえる兵器は、実は武装強化した城壁なのだ。過去ドラゴンなどの大型モンスターへの最終的な防御は要塞化した街もしくは城で行っていたのだ。壁にいくつもの槍や弓を配置し、時には杭を括り付け、撃ちだしていた」


 メイザーは説明しながら、背後の黒板に簡易的な絵を描いていった。


「だが、巨大とはいえ、モンスターもまた生物。固定された拠点など飛び越えるし、方々に移動もする。それに防衛戦というものは損失も大きい。そう考えた我らの先祖は、どういうわけかこれらの城壁を移動式にすればよいという結論に至った。それが、今でいう戦車だな。おっと、私に『なぜそんなことになった』は聞かないでくれよ? これは歴史学者たちの間でも議論になるのだからな」


 黒板には長方形の、恐らくは城壁だと思われる絵と四角形の戦車だと思われる絵が追加されていた。

 メイザーはそれらの隣にこれまた四角形を組み合わせた人型の絵を描いた。


「そして、大砲は火薬と弾丸がなければ使えないし、過去のものは天候によって使えなくなるものも多かった。それに、精度もよくなかったからな。故に彼らはその戦車に巨大な槍や剣を括り付けた。括り付けただけではダメだと悟り、腕を付けた。車輪だけでは移動が困難な土地があるとわかれば足を付けた。そして……戦車に手足が付いた。それを見た者たちは『まるで巨大な騎士だ』と呟いたとそうだ。それが、今日のハイメタルガーデン、その試作機とも呼べるものだ。まぁ、細かい説明を入れると、また違ってくるが、それ以降のことはのちの授業でも話すことにしよう。とにかく、アイリス君の答えは正解だ。私としては戦車と答えるだけでも正解のつもりだったのだがね」


 再度、メイザーが拍手で称える。アイリスは顔を赤らめて、気恥ずかしそうにしながら座った。そんな彼女を隣にすわる一人の女子生徒が好意的な笑顔でほめていた。


(イレイナ・バルトか……親友枠の一人ともきちんと出会えているのね)


 その少女はショートカットの茶髪で、どこか強気な目をしていた。彼女はアイリスの同室であり、親友となるイレイナという生徒だった。勝気、強気、そしておよそ貴族らしくない活発さと遠慮のなさが魅力な女の子だ。

 そんな彼女だからこそ、元平民であるとか、不義の子であるなどの陰口を叩かれるアイリスに対して何の偏見もなく接することができるのだ。


 ゲームにおいては家の立場が圧倒的に違うノーザに対しても食って掛かり、アイリスの恋路を応援するお助けキャラでもあった。何気に人気は主人公であるアイリスより高かったと記憶しているが、彼女はお助けキャラである以上の何者でもなく、戦いに参加するわけでもないし、恋のライバルになるわけでもなかった。


(今の所は順調ってことね)


 そして、授業が終わると同時にノーザはアイリスの下へと駆け寄った。ゲームであればノーザは因縁を吹っかけてくるイベントだが、当然、自分はそんなことはしない。


「アイリス!」


 ノーザはなるべく、友好的な姿勢で話しかけたつもりだった。


「あ、ノーザ様!」


 アイリスはパァッと太陽のような笑顔を見せてくれる。

 しかし、その隣にいたイレイナはどこか警戒的だった。彼女の目にはノーザの笑顔はうすら寒い冷笑のように見えたのだ。まるで他人を見下すかのような顔とでもいうべきか。

 ノーザはイレイナがそう感じ取っていることも悟りつつ、「凄い知識ね」とアイリスを褒めた。


「いえ、そんな……工場にみなさんに教えていただいた話ですし……」

「それでもよ。そんな知識を知っているとなると、今度の整備の授業も期待大かしら? あなたのガーデンの知識は私が思っている以上かもしれないわね」


 そういいながら、ノーザは先ほどからこちらを警戒するイレイナへと視線を向けた。その瞬間、イレイナはびくりと肩を震わせたが、姿勢を崩さず、軽く会釈で応じた。


「この子は?」


 ノーザは知らないていを装って聞いた。


「あ、彼女はイレイナ・バルトさんです。えと、ルームメイトになります」

「どうも、イレイナ・バルトです。ノーザ・アンネリーゼ・アイランディ様」


 どうあっても礼儀は礼儀、イレイナもまた貴族の人間であるが故にその作法は完璧であった。

 ノーザもまた同じように返す。


「えぇ、よろしくイレイナ。ルームメイトなら、アイリスのことを頼んだわよ。この子、見かけによらずそそっかしいし、たまに信じられないことをするのだから」

「はぁ……ノーザ様はアイリスのことをご存知なのですか?」

「えぇ、過去に一度会ったことがあるわ」

「一度だけ?」

「そうよ? でも、あの出会いは忘れられないわね。レダ国王陛下の即位十周年の式典に忍び込んで、近衛騎士団のガーデンを覗こうとした子ですもの」

「あんた、そんなことしたの!?」


 ノーザの言葉にイレイナは大きく目を見開いて、アイリスへと詰め寄った。

 

「う、うん……」

「呆れた。なんてことしてるのよ、あんた」

「ね? 意外と、大変な子なのよ、アイリスってば。まぁ、一緒に近衛騎士団のガーデンを覗きにいった私がいうのもおかしな話だけど」

「一緒にって……アイリス、あんた中々図太い神経してるのね」


 そういうイレイナはノーザへの警戒を薄めているようだった。


「フフフ、そういうことだから、アイリスをお願いね。アイリスもよ。あなただってもう十六なんだし、ここに来た以上、貴族としてつつましくならなきゃ」


 入学早々に五人抜きをして、果ては決闘までやらかした自分が言うのもおかしな話ではある。

 だが、アイリスはやはり子犬のように、まるで尻尾を振るかの如く元気な返事を返した。

 

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