信頼と放置
「はーい」
305号室のチャイムを押すと、中から聞きなれた声が聞こえてきた。
「あの、俺だけど」
「えっ・・・!」
向こうも声を聞いただけでわかったんだろう。小さく驚きの声をあげて、ゆっくりととドアを開け、顔だけ出した。
「な、なに?」
「いや、その、、、少し話したいことがあって
「ちょっ、ちょっと待ってて」
そういうと、紗羅は急いで部屋に戻りなにやらドタバタ動いているようだった。
部屋を少し片付けているに違いない。
「いいよ、入って」
「サンキュー、、」
お互い幼馴染みなのにどこか距離のある態度をとりつつ、とりあえず部屋に入った。
俺らの部屋と違い、部屋の窓からは蝦夷富士が一望できた。
「なんだ、こっちの部屋は羊蹄山見えんのか」
「綺麗だよね」
なにかとりあえず話題を、と思って窓際に寄ると、紗羅も俺のそばに寄ってきた。
「ああ、綺麗だな」
それしか口からは出て来なかったが、不思議と会話が続かない居心地の悪さとかはなかった。
むしろこれが一番いい距離感だと、そう感じた。
「それで?」
しばらく2人で蝦夷富士を見ていたら、紗羅が小さく口を開いた。
「何か言いたいことでもあったの?」
「え、あー、、、そうだったな」
と、言っても、実はなにも考えていなかった。エレベーターに乗ってここにくるまでなにを言えばいいか考えていたが、特になにも思いつかなかった。
少し頭の中を整理し、紗羅の方を向くと小首を傾げてこちらをじっと見ていた。
「・・・ぷふっ!」
「ちょ、ちょっと!なに笑ってるのよ!」
「あははは、ごめんごめん。なんか急に可笑しく思えて」
「なにがおかしいのよ!」
「悪いって」
本当に俺はなにに悩んでいたんだか。今更どうでもよくなってきた気がした。
ただ俺の隣に紗羅がいて、紗羅が俺のことを見ている。それだけでなんだか心が落ち着いてきた。
「全く、心配して損したわ、、、」
「え?紗羅、心配してくれてたのか?」
「なっ!誰があんたの心配なんかするのよ!」
いつもの返しに、俺は頬が上がるのを抑えられなかった。
「ちょっと!だから笑わないでよ!」
「はいはい、悪かったって」
今はただそばにいる、昔から一緒にいる幼馴染みとの幸せを噛み締めていたかった。
「周、ごめんね」
ひとしきり自分の馬鹿さ加減に笑っていたら、紗羅が小声で謝った。
「どうしたんだよ。紗羅が謝るなんて、らしくない」
「なんか分かんないけど、周が女の子と仲良くしてると、、、」
「ん?」
「その、、、なんかやな感じで。突っかかっちゃった」
「なんだよ、それ。俺のことでも好きになったか?」
「なっ!」
ふざけてそう言ったのに、思い切り拳で頭を殴られた。
「ず、図に乗らないでよね!」
「い、痛いです」
顔を真っ赤にして言ってもあんまり説得力無いんだが、これ以上いつと俺の頭蓋骨が心配になるから黙っておこう。
まさか、紗羅に限ってそんなことないだろうしな。
ただ、紗羅も同じことを気にしていたのには素直に驚いて、なぜか心が穏やかになっている気がした。
■ ■ ■
「あ、おかえり。ずいぶん長かったな、、って、悩みは解決したのか?」
「お前はなんでそういうのがすぐ分かるんだよ」
部屋に戻ると早速柳に茶々を入れられた。
「ん?なんか眉間のシワが減った気がする」
「マジかよ」
「おい、引くな引くな。そんなところまで見てるわけないだろ」
なんだ冗談か。
「で?実際どうなのよ」
「ん?んー、まぁひと段落はしたかな」
「まだひと段落かよ」
とりあえず今出た結論は『放置』。少しの間考えない時間が必要だった。
紗羅がそばにいればいいとはいったものの、それでもあの時に抱いた負の感情がなぜか説明できない。しばらく考えても答えが見つかりそうもないため、今は考えるのをやめようと思った。
きっとそのうち答えが勝手に出てくるだろう。
「あ、そう言えばさっきエレンちゃんが部屋に来たよ」
「は?御田が?何の用で」
「さぁ、なんかお前のこと探してたけど。今はいないっていったら、夕飯の時に来るようにいっておいて、だってさ」
「あ、そう」
なんなんだ?一体。
「そんな話ししてたら、もうすぐ飯か」
スマホの電源を入れると、もうすぐ6時半になるところだった。
「あれ?」
しかし俺が驚いたのは通知が一件来てたからだった。
「・・・はぁ。そういうのは本人に言えっての」
[さっき言い忘れてた。ありがとう]
「周?どうかしたかー?」
「あ、なんでもない。今いくよ」
すでに玄関のドアを開けていた柳にそう叫んで、素早く受け取ったメッセージに返信した。
[こっちこそ、ありがとう]




