ワシの葬式が終わったら、娘が不倫相手と寿司を食っていた
今、ワシはワシの通夜に出席している。
通夜はシクシクと泣いているイメージだったが、ドタバタと、なにしろ忙しそうだ。
妻の富江は喪主として反復運動のように頭を下げては、沈痛な面持ちを保っていた。
娘のヒカリも小走りにあちこち動き回っている。
まっ! 義理事ってそういうもんよね。
ワシも親が死んだ時、悲しみよりも忙しかったイメージがある。
葬儀屋が色々やってくれるが、それでも親族や友人に訃報を伝えたり、葬儀の予定を連絡したりと、悲しんでいる暇もなく、やることをこなしていかないとならない。
ワシはそっと棺桶に近づいたが、高くて顔を見ることができなかった。
「キラトくん、おじいちゃんが見たいの?」
生前、ワシの名前は源三だった。時代の変化とはいえ、キラトくんなんて呼ばれるのが恥ずかしい。
ワシもついこないだまで『キラトくん』と呼んでニコニコしていたのだが、実際呼ばれると気持ちが落ち着かないぞ。ホストみたいだ。
ワシは弟に抱きかかえられ、棺の中の自分の顔を見た。
非常にイケメンになっているではないか。
死化粧とはすごい技術である。
「あっ、叔父さんすいませーん」
少し離れた扉の方から娘の声がして、ワシは弟から娘へ手渡された。
「ヒカリちゃんも大変だったね。兄さんがこんなことに巻き込まれるなんて」
「ええ、ちょうど私が買い物に出かけている時に、まさかねえ」
そう。娘は今流行りの連れ去り別居で、ワシの家に転がりこんでいたのだ。
『もう耐えられない! モラハラ夫よ。あんな奴。絶対離婚する』
ワシも富江も驚いたが、記事なんかで読んだことはあった。
娘の旦那のマコトくん。そんなふうには思えなかったが、端的に言えば理屈っぽいところに嫌気がさしたようだ。
ワシは娘に抱っこされているのが気恥ずかしくなり、身体を捩らせた。すると娘はワシを下ろし、弟と話を続けていた。
そのままテレビのある部屋へ向かった。
テレビをつけてチャンネルを変えると、ちょうどワシの家が上空から映し出されていた。
おお、テレビ中継されているぞ。
そのあと映し出された犯人は、まだ若い。
二十五才だったとは。目出し帽をしていたから分からなかったが、結構普通そうな子じゃないか。
『強盗殺人の疑いで逮捕された眉長細郎容疑者は、犯行は認めているが、自分は殺していないと一部容疑を否認している模様です』
「おらっ! ジジイ! 金だ。金とキャッシュカードを出せ!」
突然二階へ上がってきた男に、ワシはバールで背中を殴られた。
「キャー」
「うるせぇババア! 殺すぞ」
「富江! 来るな」
ワシは男の横から素早く廊下に出て、富江に向かって走っていった。
「待てジジイ!」
男が追いかけてくると、富江は「ギャーギャー」と叫んで取り乱している。
その時、富江がこちらへ走ってきて、階段の手前でワシにドンッとぶつかった。
「うっ」
富江はワシの横をすり抜け、階段を駆け下りて逃げていったが、ワシはその拍子に階段から転げ落ちて即死した。
そう……実は犯人……富江なんだよね。
富江は犯人がワシを押して階段から落としたと警察へ言ったようだが。
葬式も無事終わり、ワシも燃えて灰になった。
この壺にワシが入っているのか。
そう思うと不思議な気持ちになった。
『母さん! ちょっと出かけてくるねー』
『ええ? 夕飯どーすんの?』
『食べてくるからいい』
奥から娘と富江の話し声が聞こえた。そのあと、ワシは娘に連れられて、近所のわりと高い寿司屋へ向かった。
「ごめん、待った?」
「いや、さっき来たとこ」
「道混んでてさ」
娘はワシの知らない男と会っている。
まさかな。
「キラトはお子様セットでいいか」
はっ? マジ? ペラペラのエビとかタマゴと、なぜかナポリタンがついているあれか?
ワシの好きなアジやイワシがないではないか。
「マ、ママ? できれば自分で選びたいのだが」
「どうしたの? 急に大人みたいな話し方になっちゃって。でもダーメ。いつもお子様ランチも残すでしょ」
言えない。ワシがキラトくんの人生を全うするなら真実を言うが、もしキラトくんに戻ったら変だと思われてしまう。それは可哀想だ。なんとしてもキラトくんらしく振る舞わねば。
「う、うん。きょーは全部食べるね、ママ」
うう。ヒカリと呼んでいた娘にママと言うのもハズいが、赤ちゃんプレイをしているようで、そのほうが嫌だ。
なんて不憫なのだ、子どもは。そもそも寿司とナポリタンなんて最悪の食い合わせだ。
一体誰が考えたのだ、こんな不愉快なお子様ランチを。
「その後どう? 旦那から虐待があったんでしょ?」
「今もしつこいのよ。復縁しろとか悪かったとか」
「俺たちの関係はバレてないの? 嫌だぜ、金とか取られるの」
「だーいじょーぶよ。私のこと信用しきっているから」
「ならいいけどな。あっ来た。はーい、キラトくんのご飯来たよー」
な、なんだと! 娘は浮気していたのか。
ショックで父さん死にそうだ。いや死んだが。
「あら、どうしたのキラト。ユウくんを見てそんな驚いた顔して。何度も会ってるでしょ」
はぁ? 何度もだと。ヒカリ、お前どういうつもりだ。マコトくんになんて言えばいいのだ。
あまりの衝撃で寿司もナポリタンも味がしない……
いや、子ども向けに薄味になっているだけだ。
それよりも虐待ってなんだ。娘はピンピンしているし、ドチャクソキレまくって帰ってきた時には、マコトくんにケリを入れたと自慢していたではないか。
そうか。やけにキラトくんをワシたちに預けることが多いと思ったら、そういうことだったのか。
食事を終えて車に乗り込むと、二人はまた話し始めた。
「今度、いつ会える? できれば長ーい時間会いたいんだけど」
「もう、ユウくんのエッチ。でも父さん死んじゃったからねえ。母さんがもう少し元気にならないと流石にね」
「そうかあ? 逆に子どもと二人にしてあげたほうが、気が紛れるかもよ」
おいおい、どういう理屈だ。そして子どもがいる前でなんちゅー話をしているのだ。
そしてどうにか動きたいが、チャイルドシートのベルトで身動きが取れない。こりゃ拷問だな。
娘のヒカリはワシが知っている限りそんな悪い子ではなかった。特別目立つような子でもないが、犯罪を犯したりするようなこともない。
浮気が原因で別居に至ったのか、それとも本当にマコトくんのモラハラが原因なのか。キラトくんになった今も分からないままだった。
「ただいま」
「あら、早かったのね」
「まあ、ご飯一緒に食べてただけだからね」
「ユウさんと?」
「うん。駅前の銚子亭でご馳走になった。疲れた。キラトのお風呂お願いしていい?」
「いいわよ」
なんだと。何十年も一緒に富江と風呂なんて入ったことがないのに一緒に風呂だと!? でもそれは二位だ。
一位は富江が浮気を知っていただと?
ワシだけ知らなかったのか。
そしてなぜワシに浮気のことを教えてくれなかったのだ。
だがチャンスはここしかない。
ワシは気恥ずかしさがありながらも富江と風呂へ向かった。
「バァバ、僕はパパが二人いるの?」
「えっ? なんでそんな風に思うの」
富江は驚いた顔でワシを見ている。
切り出し方が全く分からなかったが、熟考した末に出した質問だ。キラトくんならこう思うかもしれない。
「今日もユウって人とママは会っていたから」
「キラくんのパパは一人だよ。そんなに気にしなくて大丈夫よ」
なるほど富江は流石である。仮に再婚しても確かに実の父親は一人であることには変わりがない。
ならばもう少し切り込んでみるか。
「僕、パパにも会いたいな」
「そりゃ困ったねえ。ママが嫌がるかもしれないからね」
「じゃあバァバが連れて行ってよ」
「んー。難しいかなぁ、バァバは年取ってるからそんなに遠くに行けないなー」
ちっ! 上手いこと逃げやがる。どうも浮気している娘に味方しているようだ。
ワシも娘である以上、味方ではいたい。だがキラトくんの立場になってみるとそれだけではいけない気がする。しかし、ここで駄々をこねて喚き散らしたりできればいいのだが、一度大人を経験しているワシにはそれができない。
詳しくはないが、異世界転生や逆行転生なんかの物語があるのは知っている。
多くはめちゃくちゃ強かったり、弱くても成長物語だったりするのだろう。
しかしワシはなんだ。
異世界でもなければ、過去に戻ったわけでもない。
ただ一番気まずいヒカリの息子へ憑依してカオスに巻き込まれているだけではないか。
特別な力が湧き出るわけでもなく、ただの三歳児。
クレヨンしんちゃん以下の年齢。
そして見たくもない現実。よく「墓場まで持っていけ」というセリフがあるが、掘り起こされるとは夢にも思わなかったぞ。
いっそ富江には事情を話すべきか。
そう考えたが、今の現状を考えるとその勇気は出てこない。
風呂からあがるとビールが飲みたくなるが、そんなことをしたらオオゴトになるだろう。
仕方がないのでヤクルトを飲み、二階に上がってベッドに横になった。
今のワシに何ができるのか。こんな転生のようなことが起きた意味があるのか。そしてこんな世界線が存在するファンタジーなら、四十九日にはワシはエンジェルになってしまうかもしれない。
キラトくんに憑依したのなら、キラトくんのために何かを残してあげたい。
そんなことを漠然と考えていた。
「あっ、こんなところにいた。ダメでしょお、ジイジのお部屋に入っちゃ」
娘はそう言うと、ワシを抱っこして下へ連れていった。娘はビールを飲みながら食卓に座ってテレビを見ていた。
いいなぁ。
「ママ、パパに会いたいんだけど」
「はあ? パパは悪い人だからジイジのおウチに来たんでしょ? 悪い人だからキラくんも痛い痛いしちゃうよぉ」
「えっ、ママがパパのことを蹴ったんでしょ」
「違うよぉ。パパが叩いてくるから、足で避けて逃げたんだよぉ。パパは怖ーい人だから会っちゃだめよ」
「ママの嘘つき」
「えっ」
もちろん嘘かどうかなど知らない。
ただ、話を聞かないと何もできないのだ。
「悲しいなママ。キラくんにそんなこと言われて」
「悲しいのは僕だ」
「そ、そう、かもねぇ……」
娘は初めてワシの話をまともに聞いたような気がした。
三歳児のキラトくんが言いそうな言葉を慎重に選んだつもりだ。元サヤに戻すのがキラトくんの幸せなのか、このまま娘の思うとおりに育てていくのが正解なのかは、分からない。
ただ、浮気を隠したまま別居している。
本人はそれをなかったことにして生きてはいけるだろうが、キラトくんにとっては負担になる。
そんな風に思っていた。
そこへ富江がやってきた。
「ヒカリ、どうすんの? さっきお風呂で私にもパパに会いたいって言ってたよ」
「今さら会えるわけないでしょ。会う気もないし」
「いや、アンタじゃなくてキラ君よ」
「それは……」
娘はそれ以上答えず、押し黙ってしまった。
「バァバ、やっぱ連れていってよ。じゃなきゃ僕一人で行くよ」
「冗談言わないで。外は怖い人たくさんいるのよ。ジイジは悪い人に……」
少し涙目になり、それ以上キラトくんに言うのを止めた富江を見て、ワシは反省した。
まあ、ワシが死んだのは悪い人のせいじゃなくて富江がぶつかったからなんだけどね、という事実は心の宝箱へしまっておいた。
罪名は強盗致死なのだろうが、富江のタックルに近い体当たりは今でも感触を覚えている。ノッコン寺田級だ。
ワシは我が家でついこないだ強盗事件があったことすら忘れていた。
それほど娘の浮気が衝撃的だったのだ。




