2章-73話 王立学園の腹黒教師③
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「む、無効だ! こんな試合、認められるわけがない!!」
ボロボロの衣類を纏い、全身を激痛に苛まれながらも、リンズは必死の形相で立ち上がった。
こんな訳の分からぬ怪現象によって敗北したなど、口が裂けても認められるはずがない。
そもそも、いくら口約束とはいえ「負けたら教師を辞める」とまで言い放ってしまったのだ。ここで退くわけにはいかないのである。
「「「えぇぇぇぇ!?」」」
あまりの理不尽さに、さすがのCクラスの生徒たちからも呆れ混じりの悲鳴が上がった。
「その杖には、危険かつ陰湿な細工が施されている。そのような怪しげな魔道具を用いた勝利など、学園の規律に反する! 無効だ、無効!!」
取り乱して怒号を撒き散らすリンズに対し、Cクラスの生徒たちは困惑したようにリンズを見つめた。
「でも、先生……。その杖、変なトラップがついているだけで、魔法を補助する性能自体はごく普通の杖ですよ?」
「うぐっ……!」
痛いところを突かれ、顔をしかめるリンズ。
……しかしここで引き下がる訳にはいかない!
「そ、それでもだ! そのような危険な代物の使用は断じて禁ずる!」
「……私達、この杖しか持っていないのですが」
「フン! どうせ本日限りで退学になるような者たちの事情など、私の知ったことではないな!」
リンズが吐き捨てるように言い放った。
……まさに、その時だった。
先ほどからコッソリと成り行きを見守っていたアシュレイと、プラチナピンクの髪を持つ凛とした少年が、堂々とした態度で練習場内に足を踏み入れる。
「――その発言は、王立学園の教師として相応しくないな。そうは思わないか?アシュレイ殿」
「そうですね。……あと殿は入りませんよ?ムトイ殿下」
「ハッハッ、殿下は要らないと何度も言っただろう?」
凛とした少年の声が練習場に響き渡る。
驚いたリンズたちが振り返ると、そこには立ち代わるように一組の主従……いや。対等な絆を感じさせる少年たちの姿があった。
白を基調とした上質な衣装に身を包み、整った容姿に王族特有の気品を漂わせた少年。その背後には、数名の近衛騎士が静かに控えているその人物とは。
「だ、第二王子殿下!?」
リンズの顔色が一瞬で青ざめ。それを聞きいた学生達も慌てて姿勢を正す。
「「「第二王子殿下!?」」」
彼こそが、来年からこの王立学園へ入学予定の第二王子『ソラリス•ムトイ』なのであった。
この王国の第二王子といえば、噂の絶えない人物だ。
歴代でもトップクラスの魔力量を誇りながら、属性魔法を一つとして発動できないことから、陰では『無能王子』と蔑まれていた。
生徒たちは口にこそ出さないものの、頭をよぎる噂に生唾を飲み込み、そっと視線をムトイへ向ける。
本来であれば無礼きわまりない視線だったが、当の二王子はそんな好奇の目に慣れ切っているのか、一切顔色を変えない。
むしろその表情には、晴れやかですらある爽やかな笑みが浮かんでいた。
それもそのはず、ムトイはほんの少し前まで、学園長室でアシュレイと面談を行っていた際、彼からかけられた言葉によって現在大変上機嫌だったのだ。
『あなたは無属性魔法の天才ですよ。属性魔法が使えないから何だというのです? あなたの才能は、そんな枠組みなど軽々と凌駕できる』
その言葉に、どれほど救われたことだろう。
幼少期から浴びせられ続けてきた『無能王子』『王族の恥』『魔力量だけの出来損ない』という心無き刃。それらが今日、初めて軽くなった気がしたのだ。
だからこそ、今日から始まるアシュレイの指導を楽しみにこの練習場へ足を踏み入れたのだった。
しかし目の前で行われていたのは――。
教師が敗北を認めず、生徒を退学扱いしようとする醜い姿だった。
ムトイは静かにリンズを睨みつける。せっかくこれから自分の可能性を『友人』に教えてもらえると言うのに、このバカ教師は…………
「質問してもいいだろうか?」
「は、はい!」
ムトイの放つ静かな気迫に押され、リンズは思わず一歩後ずさった。
「先ほどの試合は、双方合意の上の正式な一戦だったと聞いているが?」
「そ、それは……」
「それにもかかわらず、敗北したから無効にする…と?」
リンズの額から大粒の冷や汗が吹き出す。
「い、いえ……その杖が危険で……」
「ほぉ?……危険?」
ムトイは首を傾げ、Cクラスの生徒が持つ杖へ視線を向ける。
「その杖の魔法性能自体はごく普通のものだと、そこの生徒は言っていたように思うが? まさかお前は、この俺に嘘をついているとでも?」
「………………」
その一言で、練習場の空気は氷点下まで凍りついた。
無能と揶揄されようとも、相手は王族。しかも客観的に見ても、非があるのは百パーセントリンズ側なのだ。反論などできるはずもなかった。
「正式な試合を行い、実力で敗れた。それを模範たるべき教師が認めないのでは、筋が通らんだろう」
「ぐっ……」
リンズは完全に言葉を詰まらせた。
その様子を横で見守っていたアシュレイは、口元に小さく笑みを浮かべる。
今日会うまでは、自信を失い荒れ果てていたと宰相から聞いていた。しかし今の第二王子の瞳に迷いはなく、まっすぐ前だけを見据えている。
「さて……そこの生徒。ジーヌと言ったか?」
「は、ひゃいっ!?」
不意に声をかけられ、緊張のあまり裏返った声を上げるジーヌ。
「フッ、そう身構えずともいい。その杖を使って、一度魔法を撃ってみせてはくれないか?」
「えっ! で、でも……」
「大丈夫だよジーヌ。危険な杖でないことを、みんなの前で見せるだけさ」
ジーヌと面識のあるアシュレイが、優しく微笑みかける。
「わ、わかりました。」
【ライト】
ジーヌが唱えると、杖の先から柔らかな光が放たれ、周囲を明るく照らし出した。何の実害もない、ごくありふれた初級魔法だ。
「……異常はありませんね」
「そうだな。込められた魔量に対し、出力も安定しているように見受けられる。素晴らしい魔力制御だな。……俺より上手いのではないか?」
「なっ……!? し、しかし! あのような歪な形状の杖など見たこともありません。絶対に何かカラクリが——」
なおもしつこく食い下がるリンズに、ムトイは心底呆れたように深いため息をついた。
「ふぅ。……なるほど。そこまで言うのであれば、俺にも考えがある」
ムトイが背後の近衛騎士に軽く目配せをすると、騎士たちは迅速に手配し、学園支給の標準的な練習用の杖を数本用意した。
「「「……え?」」」
「杖が原因だと言うのなら、全員同じ学園支給の杖を使えば問題ないだろう?」
ムトイは当然の権利のように言い放った。……だが。その提案に対し、全力で抗議の声を上げた者達がいた。
「「「い、嫌です!!!!」」」
真っ先に悲鳴を上げたのは、まさかのBクラスの生徒たちである!
「「「絶対に嫌です!!」」」
「もう勘弁してください!!」
「俺達もう戦いたくありません!」
「杖とか関係ないです!」
「あんなの普通の杖でも負けます!!」
「先生がやってください!」
「「「そうだそうだ!!」」」
彼らの心は、すでに木っ端微塵に砕け散っていたのだ。あのような隙のない無詠唱弾幕を叩き込まれては、どんな杖を使おうが勝てるわけがない。
先ほどまでの高飛車な態度はどこへやら、十人全員が青ざめた顔で激しく首を横に振り、全力で拒絶の意を示していた。
「き、貴様ら何を聞き分けないことを言っているのだ!!」
リンズは顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
貴族たる者が、平民の田舎者に負けを認めるなど断じてあってはならないのだ!
「相手はCクラスだぞ! Bクラスのお前達が負けるはずがないだろう!」
「いや負けます!!」
「先生だって見てたでしょう!?」
「頼むからこれ以上戦わせないでください!」
「う、うるさい!! 黙れ黙れ黙れぇぇぇ!!」
リンズは半狂乱になり、まるで駄々をこねる子供のように叫び散らした。
「私は認めん、認めんぞ!! こんな不可解な結果など絶対に認めん。何かあるはずだ……絶対に何か不正があるはずなんだぁぁぁっ!!」
その姿は、もはや教師としての威厳など微塵も残っていなかった。
「哀れだな……。おい、連れて行け」
「ハッ!」
「な……なにを!…………ウッ」
ムトイが静かに命じると、近衛騎士の一人が瞬時に間合いを詰め、手刀一撃でリンズを気絶させた。そのまま担ぎ上げられ、学園長室へと送還されていく。
静まり返った練習場で、ジーヌがおそるおそるアシュレイに問いかけた。
「あの……私達、これからどうなるんでしょうか……?」
「ん? あぁ、心配いらないよ。もともと学園長も貴族派の偏屈な教師たちには手を焼いていたみたいだからね。今回の件を口実に、大々的な教師陣の入れ替えが行われるんじゃないかな」
爽やかなイケメンスマイルを浮かべるアシュレイ。……ついでに気になっていた疑問をジーヌへと投げかけた。
「……ちなみにだけど。その杖と、あの異次元の魔力制御技術……一体誰から教わったんだい? 本当に恐ろしいほどの精度だったけれど」
「えっ〜と……これ、言っても大丈夫なのかな?」
「口止めはされてないし……多分大丈夫だよね?」
Cクラスの面々は顔を見合わせ、頷き合う。
「新魔団って冒険者の人達に、……教えてもらいました」
ジーヌはとっても遠い目をしながら答えたのであった。
「………………あ〜。そうなんだ。うん、わかった。ありがとう」
相変わらず裏でとんでもない大事をしでかしているな……と、アシュレイもまた、静かに遠い目を浮かべるのだった。




