碧緒は少女である
「一姫には可哀想なことをしてしまったわ……。ねぇ、豊。私、これで良いのよね」
碧緒は丸椅子に腰かけ、月を見上げていた。その横で豊が布団の準備をしている。
「貴方の好きなようにすればよろしい。貴方はこれまで我儘という我儘を言ったことがないのだから、少しくらい良いでしょう」
手を休めることなく豊は答えた。
「ありがとう豊。……咲のことも上手くやってくれて感謝しているわ」
「焚きつけられたのは貴方の計画が良かったからに他なりません。そろそろ、ご自分の評価を改め直したらどうです? 貴方は何も出来ない姫ではありませんよ」
そうね、と碧緒は素っ気ない返事をした。床の準備を終えた豊は肩を落とし、碧緒に歩み寄った。
「……なぜ、もっと自由になさらないのです。貴方なら何処で何をするにも困らないでしょう。なぜ、此処から出ないのです?」
「此処というのはこの部屋? それとも足垂のこと?」
にっこり笑って見せる碧緒に、豊は「両方です」と返した。碧緒はふふ、と笑って壁に寄りかかった。
「……お父様に認めてもらいたいのよ。どんな辛い目にあわされても、私は結局お父様の子なの。……子は、親に認められたいものなのよ。単純ね」
豊はゆっくりと瞬きした。
「そうですか。……私は、迷っているのかと思っていました。此処から出ないのは時間稼ぎかと」
あはは、と碧緒は声を出して笑った。いつも静かに笑っているのに、珍しいことだった。
「豊にはお見通しね」
「足垂で五十年も過ごしてみれば身につきます」
逞しいこと、と碧緒は悪戯っぽく笑った。少女らしい表情であった。久しぶりに少女らしい笑みを見せた碧緒を見て、豊は少しばかり安堵した。このところ碧緒はずっと思い悩んでいる顔をしていた。他の者に分からなくても、豊には分かっていた。碧緒は悩んでいる。きっと生まれてはじめて己の生き方について悩んでいる。
「貴方なら御当主様のところへ行かない道もあると思うのですが」
違う道を提示してみる。
「豊は竜臣様との結婚に反対しているのだったわね。一姫が言っていたわ」
「えぇ。『竜の子』はやめておいた方が良いでしょう」
「隠さないのね」
「隠す必要がないですから」
そうよね、と碧緒は笑った。
東方 竜臣については良い噂を聞かない。
妖退治のために山を丸ごと焼き払ったり、邪なことを考えていた者たちを何の慈悲もなく殺したりする冷酷非道な男。まるで竜そのもののような強大な力を持ち、それでいて人の感情の欠落した妖のような、『竜の子』だと言われている。それは碧緒も知っているはずだった。この碧緒が知らないはずがない。それでも碧緒は竜臣を選ぶと言うのである。
「何故、あの竜の子なのです?」
豊は一姫と同じような質問をした。すると碧緒は笑って言ったのだった。
「豊なら分かっていると思うわ。人ってとっても単純よね」
少女の笑みであった。




