第三話 知らないところで祖父孝行
フレティア王国の主要産業は農業と林業である。これはフレティア王国の歴史と深く関わっている。
フレティア王国を建国した長耳族はもともと森林に住む狩猟と採取の民であり小さな部族に分かれて暮らしていた。そんな長耳族が多く住むフレティア島東部は南のエーオシャス大陸の人族などから小規模ながら何度か侵略を受けていた。これに立ち向かったのがフレティアの長耳族の一部族の族長であったジョーセフ・ケンドリックであった。ケンドリックは東部の長耳族をまとめ、エーオシャス大陸からの侵略者を何度も打ち払った。
この時に得た捕虜達から大陸の発達した農業の技術がフレティア島に伝わった。それまで農業といえばごく小規模なイモ類の栽培程度であったフレティア島に大陸の北部で生産されている米や麦の種子が農法と共に渡って来たのだ。
イモ類栽培の経験や冬季の飢えの恐怖からか、この農業はケンドリックの部族のみならず東部フレティアの部族に瞬く間に広まっていった。
フレティア島における狩猟社会から農耕社会への変革の始まりである。
フレティア歴 274年 4月16日
フレティア王国 ポート・ヴァール フォード名誉子爵邸
善は急げ、これに関しては日本にいようが異世界にいようがどこでも通用するものだと私は思っている。
父に畑の使用許可をもらった私はその後、書庫に戻り明日から行う耕作の計画を練ったあと、使用人に必要な道具を手配し床についた。
そして私は今、父が手伝ってくれるといった使用人の部屋を訪ねている。場所は屋敷の外にある長屋の中だ。庭の広いフォード邸には庭の手入れを行う使用人のための長屋がある。そんな長屋の一室、部屋は調度品などはあまりなく綺麗に片付けられている。これだけで部屋の主が大変几帳面な性格であることが分かる。
「旦那様によりますと坊ちゃまはアンドリュー様のご趣味を引き継ぎたいそうですが…… そういう認識で宜しいんでしょうか?」
私の目の前にいる山人族の男グレック・スミスは大きな瞳でこちらを見据えている。赤色の髪と髭には所々白髪が混じり往年の迫力は陰りを見せているが元は隣国エイウス共和国で傭兵をやっていたそうだ。引退し、諸国を回っていた時に祖父と出会いそのまま雇われたらしい。
「だいたいそういう認識であっています。それと植物学はおじい様の趣味ではなく研究です」
とりあえず訂正をしておく。祖父の研究はニッチなものが多いらしく恐らく他の植物学者も異端者として祖父を扱っているだろう。
「そうですか、これはアンドリュー様が大層喜ぶでしょうな。かわいい孫が自分の研究を手伝ってくれるのですから」
グレックはそう言って微笑む。彼は恐らく私を祖父の真似をする可愛い孫のように見ているのであろう。やや不本意ではあるが、そう思ってもらったほうが色々と都合がいいだろう。
「はい、書庫でおじい様の研究を呼んで少し気になるところがあったので少し自分の考えを踏まえて試してみたいと思いました」
「わかりました、それで何を植えましょう今の時期ならカブやニンジン、キャベツ、大豆などが時期ですな」
「野菜ではなく稲を植えたいと思います」
グレックは稲という単語を聞くと少し嫌そうな顔をした。
「坊ちゃま、今から稲を育てるのは少し難しいですぞ。育てられても出来て一畝(100m²) ほどでしょう」
そりゃそうだ、この国の稲作は田に種籾を直播するのが主流だからだ。このやり方は種蒔きが五月の中旬になってしまい今から畑の土をほぐす田起こし等の作業を行っていてはグレッグの言う通り猫の額ほどの土地しか耕せないだろう。まぁ今回は研究なので猫の額程でいいのだが……。
「構いませんですが、研究のため二通りのやり方で育ててみたいと思います」
「二通りのやり方ですか……。それは一体どういったもので?」
「まず一つ目は今まで通りに水を張った田に種を直播きするやり方でやってもらいます。そして、二つ目は種籾を一箇所である程度の大きさまで育てて田に植え替えるやり方です」
今の説明ではいまいち理解ができなかったのだろう、グレックは首をかしげながら
「いまいち想像できませんな。その植え替えるというやり方は」
最初から理解されないのは想定済みだ。だからこうやって研究の名目でやろうとしているのだ。
「では、もっと詳しく説明します。まず田の一角を区切ってそこに高い密度で種籾を蒔きます。これでは穂ができる前に密集のしすぎてほとんどが枯れてしまいますが20~30cmほどまでは十分に育ちます。そしてこの育った稲を田に植え替えるんです」
見るとグレックは孫を見るような目から真剣な表情へと変わっている。私のした話に興味を持ったようだ。
「……それで、坊ちゃんそのやり方はどんな利点があるとお考えですか?」
おお! なかなかに目ざとい。この育成方法に利点があると気づいた様だ。これは下手な答えはできないな。
「まず第一に芽を出す種籾と出さない種籾の両方を田に蒔かなくても良いということと密集して育てることにより成長の早さが一定になるということ、さらに雑草も密集した場所には生えづらくなります。まぁ思いつくだけでこれだけの利点があると考えます」
「そうですな、坊ちゃん考えただけでもそれだけの利点がある。ですが、利点だけじゃない、違いますか?」
やはりこのグレックという男、頭の回転が早い。ただ漠然と祖父の研究を手伝っていただけではなかった。しっかりとこの植え替える方法の欠点も理解しているようだ。
「そのとおりですグレックさん。やはりこの植え替えるという手間がどうにもなりません。植え替えをもっと簡単できればいいのですが……」
グレックの言う通りこの植え替える手間――田植え――が一番の不安要素だ。この狭い庭の中で行う泥遊びではあまり気にならないが、これを世に広めるとなるとこの手間を惜しんででもやるという農民たちがいるのだろうか。
「確かにこの植え替えは手間がかかります……。まぁ今回は狭い田でいいですからそこまで気にすることはないでしょう。ですがこれを世の農民に広めるとなると相当の対価…… まぁ強いて言えば収量が必要でしょうな」
これはかなりの好感触、思ってた以上だ。グレックはこの研究の可否どころかその先の技術の伝播までもを見越している。これなら率直に聞いてみても大丈夫だろう。
「グレックさんはこの育て方を世に広めても大丈夫だと思いますか?」
少し考えると真剣な顔で答えてくれた。
「育ててみないと何とも言えませんが、これで収量が上がるようでしたら広める価値は十分にあるでしょう」
グレックの言うとおり育ててもいないのにこんな事を聞くのは野暮だったようだ。
「そうですね、まずはこのやり方で育ててみましょう。種籾などはもう揃っていいるはずです屋敷取りに行きましょう」
「わかりました。農具の方はこちらにありますので種籾の他に田を区切る木板が必要ですな」
屋敷に向かう間も私とグレックはこれから行う研究について色々と意見を出しあった。そんな会話の合間グレッグはふとこんなことを言い出した。
「坊ちゃん、その『グッレクさん』という呼び方なんとかなりませんかどうも背中がムズ痒くって……。ただグレックと読んでくれませんか」
「別にかまわないけど、じゃあグレックは僕のことをウィルと呼んでくれるかい?」
グレックは少し困った顔をしながら
「坊ちゃん、それは少し困りますそんな呼び方をすると旦那様に叱られてしまいます。そうですなぁ、『ウィル様』ではどうでしょう?」
「うーん……。やっぱり少し硬いけどまぁいいよ。じゃあこれからもよろしく頼むよグレック!」
「こちらこそよろしくお願いしますウィル様」
私たちはそれから他愛のない話をしながら畑に向かった。
今回から内政が始まりました。
作者は狸ですので細かい技術や説明などは間違っている事があるかもしれません。何かお気づきの事があればご気軽に感想欄にご記入ください。
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