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第二話 縛り縛られ

 

 フレティア歴 273年 11月1日

 フレティア王国 ポート・ヴァール フォード名誉子爵邸




 フォード邸の本に囲まれた一室で黙って静かに本を読んでいる幼い子供がいる。年の頃は三歳ほどであろうか金髪に栗色の瞳で肌は雪のように白く、その耳は木の葉のように上に向かって尖っている。耳長族エルフの全て特徴を備えた子供は、その幼い容姿とは不釣り合いなほど真剣な目をしていた。


 突然な話であるが、この子供は前世の記憶を持つ俗に言う転生者である。


 この子供、名前をウイリアム・フォードという。フレティア王国の名誉子爵ロレンス・フォードの長男で、フレィア有数の規模を誇る商会フォード商会の後継者となるであろう子供だ。

 

 転生する前は日本という国で、地方の官吏として働いていた。顔立ちは平凡、家族は妻と娘が二人、趣味は読書と畑いじり。日本という国のどこの田舎にもいる平凡な人間だった。


 ウイリアムは転生者のみが成せる技なのだろうか、一歳にも満たない時分にフレティアの言葉を理解し話すようになった。そして二歳になる頃には大人たちと会話し、三歳には大抵の読み書きは出来るようになってしまった。


 そして、四歳の誕生日の記念にロレンスから書庫への入室を許可されて以来、食事と睡眠の時間以外の大半を書斎で過ごすという、まさに本の虫と言って良い状態であった。屋敷の使用人たちはウイリアムのことを神童と呼んで誉めそやしていたが、書庫籠もりが三日を過ぎると神童という評価を改めはじめた。


 曰く「書物としか会話できない」、曰く「変人の多いフォード家随一の変人」等々……、齢4歳にしてここまでひどい異名と評価の転落を経験したものはいないであろう。


「ふぅ……」


 今読んでいる本を読み終えたのだろう、一つ小さなため息をつくとパタンと本を閉じて立ち上がり、椅子を引っ張り出してそれに乗り、読んだ本を元の場所に戻し、また椅子を移動させ本棚を眺め新しい本を探し出す。目当ての本を見つけ出すと、またまた椅子を使って手の届かない所にある本を取る。こんな作業を続けつつ書庫の本を端から端まで読んでいく。


 ウイリアムの集中力と読書にかける情熱は留まるところを知らない。







 フレティア歴 274年 4月15日

 フレティア王国 ポート・ヴァール フォード名誉子爵邸




 「屋敷の外への外出の許可をください」


 私は自分ができる最大限の笑みで、前にいる二人目の父親にそう言った。


 この言葉を聞いた父は私と目を合わせると、蟀谷こめかみを押さえ眉間に一本皺を作り瞑目している。そして目を開き困り果てた顔で、搾り出すように言葉を発した。


「……ウィルよ、私は28年の人生のうち、こんなにも人の心の中が見てみたいと感じたのは初めてだよ。ウィルお前は一体全体何がしたいんだ」


 一体全体何がしたいか、と言われても困る。書庫の本を読み尽くした私は、ただ屋敷の外を見てみたいだけなのだ。とりあえずここは、思ったことを正直に言おう。


「……何がしたいと言われても困ります。私はただ書庫の本を読み尽くしたので、やることがなくなっただけです。なので屋敷の外の世界を見てみたいのです」


「……読み尽くしただと」


 父は私を鋭い目で睨む。もし私が本当の四歳児ならば泣き出していただろう、そんな鋭い目つきだ。


「はい、私が読める本のすべて読ませていただきました」


 正確には全てではない。本の中にはよくわからない言語で書かれた本や、フォード商会の会計記録、植物図鑑のような挿絵が多いもの、はたまた四歳児が読むに相応しくないであろう艶本などがあったからだ。


「書庫の本の中には、お前が読むには相応しくないであろう本もあったと思うが」


「『プロッサー夫人記』みたいな艶本のことでしょうか? あれは確かに私には早すぎました」


 流石に私も自分を縛られることには興奮しないし、したくもない。あの本の話が実話ならプロッサー男爵夫妻は相当な上級者だろう。


 私の話を聞いた父は、私を睨みつける顔を急に青くした。


「ウィル、読んだのかあれを……」


「一章だけですが読みました。それ以降は私の理解の範疇を超えていました」


 父は一瞬怒ったかのような素振りを見せたが、全てを諦めたような表情で肩を落としながら呟く。


「当然だ。私もあの本の四章と六章は理解の範疇を超えている。それ以外は……まぁ、お前にも分かる時がくるだろう」


 衝撃だ。私の父は縛られて興奮するどころか、それ以上のことでも興奮するようだ。……私は一体、どの様にして産まれて来たのだろう。


 私の表情を察したのだろうか、父は顔を真っ赤にしながら


「馬鹿者、お前は恐らく普通にして出来た子だ」


 恐らく…… 恐らくかぁ。


「ともかく、そんなことはどうでもいい。とにかくお前は屋敷の外に出て遊んでみたい、そういうことだろう」


 なんとか父親としての体面を取り繕いたいらしい我が父は、私の要求の結論を急ぐ。


「その通りです父上。ですが、私の言ったことを信じるのですか」


「確かに全て読んだとは信じられんが、書庫にある本の多くを読んでいることはさっきの話で、よーくわかった。」


 艶本の話だけで、書庫の本全てを読んだ証明になるのは、何とも言えないが、なんとか私の要求は通りそうだ。私はまた最大限の笑みを浮かべ。


「ありがとうございます父上。では……」


「待てウィル、まだ許可するとは言っていないぞ。あと、その気色の悪い作り笑いを止めろ。子供だったらもと普通に笑え」


 これは意外だ。この父は私の作り笑いに気付いていた。ただ顔がいいだけの父親では無いようだ。


「そんな魔法使いでも見たような顔をするな。私はこれでも商人だぞ、それくらいのことは分かる」


 そういえば私の父はこの国随一の商人だった。本ばかり読んでいたので失念してしまっていた。


「それで、結論から言わせてもらうとウィルお前の外出の件はダメだ。まだ早すぎる」


 私の要求は通らなかったようだ。


「なぜですか『プロッサー夫人記』の事でしたら母上には秘密にします。なので、どうかお願いします。外の世界を見てみたいんです」


「そんなことが理由ではない! まだ早すぎるといったんだ! ……こうしてお前と会話をしていると忘れてしまうが、お前はまだ四歳だ。普通ならまだまともに喋れず、鼻を垂らして玩具で遊んでいる年頃だ。しかも、お前は名誉子爵とはいえ子爵家の長男だぞ。街で何かあったらどうする。せめて五歳くらいになるまでなんとか我慢しろ」


 確かに父の言うことはもっともである。精神年齢ではもう70に届くのではあるが、体はまだ子供だ。だがここで引き下がるわけにはいけない。こんな娯楽のない屋敷で、一年も何もせず過ごすのは精神衛生上非常によろしくない。こっちは毎日、同じような遊びをして満足するただの子供ではないのだ。


 そんなことを考えていると、ふと一つの考えが浮かんだ。


「それでは父上、屋敷の中なら何をしても構わないんですね」


「何をしてもいい、というわけではないが、危険でないことであれば許してやろう」


「では、おじい様が使っていた畑を使わせてください。それと王都に行った時には新しい本を買ってきてください」


 歩けるようになった時分に、屋敷の庭を使用人と一緒に歩いたところ裏庭の一部が畑になっていた。大半はもう耕していないのだろう荒れ果てていた。使用人に聞くと、祖父が昔ここでいろいろな野菜や植物を育てていたそうだ。祖父は父が20歳になってすぐに隠居して今は王都で自称植物学者をやっている。


 父は訝しげな表情で


「新しい本はまあいいとして、畑とはどういうことだ。お前も父上と同じように植物学者にでもなるつもりか」


「おじい様の真似をしようという訳ではないのですが、書庫にあったおじい様の手記を見て少し思うところがありまして、それを少し試してみたいのです」


 父は少し悩んでから、私の条件を受け入れてくれた。


「いいだろう好きにやれ。父上が耕していた時に手伝っていた者にも伝えておこう、恐らく手伝ってくれるだろうから、存分にやれ」


「ありがとうございます。存分にやらせていただきます」


 私の精神衛生はなんとか保たれたようだ。また、書庫に戻って生育可能な野菜を見つけておこう。それに稲作をするのなら少し急いだほうがいいかも知れない。日本より少し暖かい国とは言えこの国の平均的な種蒔きの時期は四月の終わりだったはずだ。……土づくりが間に合うか。どうせ今年は一畝ひとせも作れれば上出来だ。


 この畑づくりで、色々と試してみたいことが出来そうだ。うまくいったら祖父にもこの成果を教えてあげよう。



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