第十九話 祖父帰る
久々に更新です
フレティア歴 274年 10月31日
フレティア王国 ポート・ヴァール フォード名誉子爵邸
祖父からの手紙が届いて五日後に、その当人はポート・ヴァールに到着した。着くと同時に屋敷の使用人が私を呼びに来るよりも早く、勝手知ったる屋敷に上がり込み本を読みふける私の私室に乱入するという、見事な奇襲戦法をかましてきた。
乱暴というより叩き壊す様な勢いで扉を開けつつ、私が視界に入るや否や質問を飛ばしてくる。
「ウィル! 手紙での成果は本当か? 資料は何処だ? それに現物は? もう刈り終わっているのだろう?」
突然の出来事に驚き、祖父の質問に答えるよりも先に質問が出てしまう。
「お、おじい様……いつヴァールにいらっしゃったので?」
「つい今しがただ。それよりもどうなんだ? 現物は何処にある?」
長らく会っていない孫との対面の場面で挨拶もなくこの言いぐさである。仕方なく、机の端に綴ってまとめておいた観察記録を渡しながら祖父の質問に答える。
「現物はまだ乾燥させています。少し期間が長いですが、おじい様に見せたいものもあって到着を待っていました。今日、明日にでも天気さえ良ければ脱穀して総量を量ることができます。従来の方法との収穫量の差についてはデレクさんは三割増と言っていましたが、実際は一割五分か良くて二割程度だと…」
「いや、一割五分の収量増でも十分だ。今のところは収量が上がるという事実が重要なのだ。ところでこの肥料とやらは何を使った?」
手渡した資料を熟読している祖父に説明しているとそのまま資料から目を離さずに、私の説明を遮る。
「肥料は一般的なものです。水牛の糞と小屋で踏ませた草を混ぜて暫く置いたものを近所の農家から分けてもらい同量を両方の畑に撒きました」
「そうか、なら問題ないな」
何が問題ないのかは知らないが、こちらは問題しかない。手紙で知らせていたとはいえ突然やってきて挨拶もなしに、この態度である。そういえば手紙には客人が来ると書かれていたがどこにいるのだろうか、まさかこの祖父は客人を放り出してそのままこの部屋に直行してきたのではなかろうか。
「おじい様、手紙にあったご客人というのは今どこに?」
「ん? ああ、忘れていた。多分まだ庭先に止めている牛車の中じゃろう、今から呼んでくるから玄関で待っとれ」
やはり忘れていたらしい。資料を私に手渡し、素知らぬ顔で私の部屋を老人とは思えない足取りで出ていった。
父は今日商館の方で帳簿の突き合わせがあるとか言っていたので屋敷にはいないだろう。だがその代りにギルバードが対祖父用に屋敷にいてくれたはずなので歓迎の準備は何とかしてくれるだろう。
それにしても祖父の言う客人とやらはどのような人物なのだろう。私は軽く身なりを整え、読んでいた本に栞を挟んで玄関へ向かった。
「あ、フォードの旦那、やっと帰ってきましたか。いきなり牛車から降りて飛び出していっちまうんだからびっくりしましたよ。旦那も意外と孫思いな様で」
私が屋敷の玄関の方まで出てくると、外から祖父の声とともに、良く通る声がやや軽薄な調子で聞こえてくる。どうやら件の客人のようだ。
「いやぁ、すまない。しばらく孫とは会ってなかったのでな、居ても立っても居られず、飛び出してしもうたわ」
「はは、旦那も少々変わった御仁とは思っていましたが、孫を思う心は人並みでしたか」
どの口からあのような言葉が出てくるのだろうと感心する。平然と嘘を吐くという才能に関して言えば我が祖父の右に出る者はいないのではなかろうか。
「おいウィル!お前も出てきて挨拶しなさい」
祖父の呼びかけに応じて外に出てみると、祖父と談笑する長耳族ではない人間の男性が二人、おそらく手紙にあった客人というのはこの二人のことだろう。その後ろには祖父の使用人だろうか、三台の牛車から、いそいそと旅の荷物を降ろしている長耳族の男たちがいた。
客人であろう二人のうち一人は、無表情で眉間に一本筋が入っており少しくすんだ金髪と相まって冷淡な印象を受ける、その体格は中肉中背だが服の間から覗くは身体の線は、研ぎだされた刀剣のような鋭さがあった。もう一人は白髪交じりの栗毛色の髪で、どこか愛嬌のある顔立ちで祖父との談笑のためだろうか口元には笑みが見えるが、体格は背が高く、肩幅の広い筋骨隆々な屈強という言葉がぴったりの男だ。手紙に軍人であると書かれていたが、なるほどまさにそれらしい二人組であった。
私は元軍人であるという、彼らのその威容に若干、気おされながらも、出来るだけ堂々とする様心掛け、挨拶をする。
「あいにく父が出払っており、代わりに私があいさつ申し上げます。遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました。ウイリアム・フォードと申します。どうぞお見知り置きを」
歳に似合わない挨拶に驚いてくれたのだろう、中肉中背の男の方は無表情を少し崩し、片眉を少し上げ、背の高い男の方は目を見開き分かりやすい驚いた表情になる。
「丁寧な挨拶痛み入ります。私はガス・ワイルダー、そちらのはイーデン・マッカロー、今は君のおじい様に世話になっている身です。ご厚意に甘えてしばらくの間、君の家に世話になるので何かと不便をかけるかもしれないがよろしく」
以外にもワイルダーと名乗った一見、冷徹そうな男が片膝をつき目線を合わせ、大人から子供にする挨拶としては不自然なほどに丁寧な返答を返してくれた。
その挨拶に続いてマッカローと紹介された男も、こちらに歩み寄り腰を下げて笑顔で挨拶をしてくれた。
「イーデン・マッカローです。坊ちゃん世話になりますが、よろしく頼みます」
マッカローの挨拶はワイルダーに比べて少々丁寧さに欠けるが、これは生来のものだろう。なんの嫌味もない。
「旦那のお孫さんは、ずいぶんと利発なお子さんで…… 長耳族は若く見えると言いますが、お孫さんはおいくつで?」
イーデンは私への挨拶を終えると、振り返り祖父に話しかける。
「まだほんの四つではあるが、自慢の孫じゃよ」
五つである。まぁつい先日のことではあるが、一応、子供らしく背伸びして訂正しておこう。
「おじい様、失礼ですが先日五つに……」
「おぉ、そうかそうか、いやぁ歳をとると物忘れがひどくなってな。それよりウィル、客人を迎える用意は?」
「はい、客室の方は先日よりギルバートが使用人に言って用意させています。料理もラッセルが食材を揃えています。詳しいことは中にギルバートがいますのでそちらに聞いてくれれば」
いつ来るかわからない客人のおかげで、ラッセルが毎日町の商店に注文していた新鮮で、いつもより豪華な食材たちは、私を含め使用人たち全ての胃に消えたのは非常にうれしいことであった。
「ゴードウィンか……奴なら間違いあるまい。ロレンスはいないといったが商館か?」
「はい、何でも帳簿の突き合わせだそうで、夕食までには帰るかと」
「そうか、では夕餉までワイルダー殿は奥の部屋でおくつろぎ下さい。粗末な屋敷ですが、旅の疲れは癒えるでしょう、ささ、中にお入りください」
そう言って祖父はワイルダー達とっさっさと屋敷の中に入って言ってしまった。
相変わらず突然な訪問で少し驚きはしたが、久しぶりの祖父の帰郷である。少しはもてなさないとと思い、何をするべきかと考えながら、私も屋敷へ入ろうとしたところ、後ろで作業をしていた男達の一人に「坊ちゃん」と呼び止められた。
「なんですか?」
こんな子供に何の用だろうと振り返ってみると、少し困った風な長耳族の男が話しかけてきた。
「牛は何処に止めておけば?」
「すみません使用人に聞いてみますので、少しお待ちください」
私は笑みがこぼれるのをこらえながら思った。
(相変わらず向こう見ずというか、足元を見ない人だなぁ)
祖父が返ってきたということを、つくづく実感しつつ、私はギルバードに牛のつなぎ場所を聞きに行った。




