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第十七話 再来! 祖父からの手紙

 

 

 フレティア歴 274年 10月26日

 フレティア王国 ポート・ヴァール フォード名誉子爵邸




「もーいーかーい?」


「まーだだよー!」


 何処かから間延びした幼い声が、幾つか聞こえてくる。それを聞いた私は目をつむったまま、心の中で三十ほど大きく数を数えた。そしてもう一度大きな声で「もーいーかーい?」と聞き返すと、今度は「もーいーよー!」と、いくつかの声があちこちから聞こえてきた。


 目を開き「よし!」と小さく呟くと、私の隣でトンカンと大工仕事に精を出すグレックを尻目に、我が家の庭のあちこちに隠れているだろう、友人達を探し出すために走り出した。


 そう、私ことウイリアム・フォードは遊んでいる。更に言えば隠れんぼで友人達と遊んでいる。


 思えば数日前にデレクさんの余計なお節介から始まったニコラとの治療《・・》の日々は、三日目頃から多くの人を巻き込み始めた。ニコラが近所の子供たちを連れてきたのだ。


 ニコラはかなり外向的な性格らしく、このポート・ヴァールにやって来て幾日も経たないうちに、多くの友人を作ったようだ。聞けば、デレクさんの挨拶回りついて行った結果出来た友人だそうだ。そのためか、かなり裕福な家庭の子供が多いようだ。


 紹介してもらった限りでは、我が家と同じような商家の子供や、地方官吏として務める貴族の子、造り酒屋や船大工の棟梁など比較的裕福な職人の子などだ。


 年の頃は全員5、6歳で私に近く、何かしら遊ぶにしてもやりやすかった。


 父に聞いた話では、この国では裕福な家の子供は治安の関係上あまり外に出さないそうだ。それなのに危険も顧みず我が家に集まるのは、デレクさんがニコラに護衛の従者を連れている関係から、他の親も「これなら安全だろう」と、我が家に喜んで送り出しているようだ。


 また、あわよくば、大店の我が家で名誉が付くが一応の貴族である我が家と、リンメル商会の覚えをめでたくしようとの、親の下心も見え隠れしているように思える。


 そんな事はさておき、最初はこの世界では同年代といっても、前世を含めると70歳近い年の隔たりがある友人たちとの遊びにあまり乗り気ではなかったが、やっているうちに不思議と、楽しくなっていた。


 童心に帰り懐かしさを感じるだとか、孫を眺めるだとかとは、また別の次元の楽しさ。ただただ純粋に楽しい。何かしらの幼稚な遊びをしていても楽しい、泥だらけになるまで外を走り回るのも楽しい、ちょっとした悪戯で大人たちの反応を見るのも楽しい。とにかく、する事なす事全てに新鮮味があり、面白いのだ。


 このことから思うに、どうやら体だけでなく精神もだいぶ若返っているようだ。今までは前世の記憶や理性が邪魔をして気付いていなかったようだ。これなら私が以前、ニコラに対して抱いた淡い恋心にも合点がいく。


 違いない。うん、そうに違いない。そうでなければ、前世を含めて70越えの私が4歳の幼女に対してあのような感情を抱くわけがない。全ては私の第二の人生がつまらないものにならない為に、気を回した神の粋な心遣いが原因なのだ。


「コフィ、見ーつけた!」


 脳内では言い訳じみた自己検証をしつつも、遊びの手は緩めない。まずは、一人目の友人を見つけ、まだ隠れている友人を探すべく、先程声のした方へと歩みを進める。


 太陽は南中を少し過ぎた頃、遊び始めて間もない私達、子供の体力は底を知らない。







 秋も深まり、少し気の早い日が沈む頃まで遊びつくした私は、友人たちとニコラを門前まで見送った後、汚れた服を脱ぎ、体を拭った後、夕食のため食堂へと向かうと、街の商館から帰ってきていた父が、一足早く席についていた。


「お帰りなさい、父上。今日はお仕事如何でしたか?」


 物思いに耽っていたのか、父は私の判でついたような挨拶に、少し驚いた様な素振りをした後、口元だけで笑いながら、返事をした。


「ああ、ただいま。今日も仕事はいつも通りだったよ。書類にサインをして、会いたくもない商売相手と顔を合わせて昼を食べて、現場に行って直接話を聞いて、そんないつもと変わらい日常だよ。 ……家に帰る直前に父上から手紙が届かなければな」


 父上からの手紙…… この言葉を噛み砕き飲み下すのに、私はたっぷり二十秒程使い、表情が固まり、背中から汗が噴き出し、空腹な筈の胃袋から胃酸が上がってくるのを感じた。


「……それは一体、どういった内容で?」


 父も表情を崩さず、仮面のような様子のまま答える。


「気になるか?」


 前科持ち(祖父)が、何かやらかして気にならないほうがおかしいだろう。それが被害者な(私)ら尚更だ。


「勿体ぶりますか?」


「いやいや、そんなつもりは」


父の少々おどけた言葉で少しの間沈黙が訪れる。気持ち悪いことこの上ないが、男同士で見つめあっていると、父は堪らずといった様子で、表情を崩し、笑い始めた。


「はは、いやぁすまない。お前がそこまで態度に出すと思ってなくてな。つい、悪戯心が出てな」


悪戯という言葉を聞いて、ほっとする反面、この駄目親父に担がれた自分に対する情けなさを感じ、なんとも言えない心境だ。ともかく、また厄介事が増えないことだけは喜んでおくべきか。


「まだ喜ぶのは早いぞ、父上から手紙が来たことは、本当だからな」


この親父、私の僅かな表情の変化を読んできやがった。


「どっちだよ!」と、叫びたくなるのを、喉元辺りで必死に抑え、なんとか言葉を紡ぐ。


「……それで、内容は一体?」


父はとびきりの悪戯が成功した子供の様な顔で答える。


「まぁ、そんなに急くな。何、内容は大したことじゃない、詳しいことは、食事が終わった後でもいいだろう?」

 

父の優越感に溢れる言葉に、反論をしてやろうとは、思ったものの、食堂の入り口から、トタトタというラッセルの足音と共に、美味しそうな料理の匂いが漂ってくる。


これに、一日中遊び疲れ、栄養の補給を求める私の体が正直に「ぐぅ」と答えてしまう。


「決まりのようだな?」


父が心底楽しそうに問いかけてくる。……この糞親父が。


「……分かりました」


腹立たしいが、生理的欲求には抗えない。父の案を受け入れることにする。


しぶしぶ、椅子に腰掛けるのとほぼ同時に、ラッセルとメイドが料理を持って入って来た。


ホカホカと湯気を上げる皿の上にあるのは、魚介類や根菜などのごった煮にした料理だろうか。この国ではポピュラーな料理らしい。


なんにせよ、悲鳴を上げた胃袋にとって、食事ほど嬉しいものはない。


 さっさとこれを胃に詰め込んで、後顧の憂いを除き、枕を高くして寝てしまおう。……うん、そうしよう。







 食事を終わらせ、父とともに書斎へと向かう。部屋へ入ると、独特のインクの香りが鼻につく。


 父は部屋の隅に置かれていた椅子を引っ張り出して、私に座るように促した後、机の端に置かれた木製のレターケース(のようなもの)から一通の手紙を取り出した。


「ほら、これだ。読んでみろ」


 私は渡された手紙に目を落とす。


『ロレンスへ


 デレク君との商売は上手くいっているだろうか? 分かっていると思うが、彼との取引は大口になるだろうから、仕入れの量を増やして、在庫尽きないように、しっかりと管理しておくように。

 それで、本題だが、突然で悪いが近いうちにそちらに寄らせてもらう。ウィルの実験の結果を見せてもらいたい。なので、ウィルには準備をしておくようによく言っておいてくれ。滞在は少し長めに一週間程を予定している。

 それと、今回は客人も一緒に行かせてもらう。シュローニュの元軍人でで、名前はガス・ワイルダー、お前にも報告が上がっていると思うが、今でも王都の家で預かっている。彼とその副官にフレティアのあちこちを見て回らせることになって、その道すがらヴァールにも寄ることになっているので、彼の部屋も用意しておいてくれ。


 アンドリュー・フォードより』


 相変わらず、内容だけをかなり一方的に伝えてくる手紙だ。だが、手紙の内容から察するに今回は私の精神衛生を脅かすようなことはないと思う。祖父が言う、私の実験の結果といっても、出来る限りまとめて、綴じているので特に準備する必要はない。それより、シュローニュからの客人というのが引っかかる。


「父上、シュローニュからの客人というのは?」


「ああ、それか…… ウィル、シュローニュは知っているな?」


「はい、本に書いてある程度は……」


本に書いてある程度、と断りを入れたのは、本に書かれていた内容に、それぞればらつきがあり、どれが正しいのか分からないからだ。まぁ、そんな内容でも、最低限の情報は得られる。


曰く、シュローニュはエーオシャス大陸北部に位置する、王制国家だ。その歴史は古く、四百年前に建国されたと云われる。大陸北部の諸国の中でも、大国の部類で、私が読んだ本の中では、歴史書、伝記共に、大概何処かの国と戦争をしていたイメージが強い。


「それなら話が早いな。手紙では元軍人なんて書いてはいるが、実際のところは罪人だ」


「罪人、ですか……」


「ああ、詳しいことは分からないが、処刑される前に逃げ出して、うちがたまたま出していた船に乗り込んで、フレティアまでやって来たという訳だ」


それはまた難儀な話だ。祖父の気質のことだ、知らぬ存ぜぬで、放り出す様なこと出来ないだろう。窮鳥懐に入らばというやつだ。そもそも送り帰そうにもフレティア王国とシュローニュ王国にはまともな国交が無いはずだ。大罪でも犯していない限り、向こうも返せとは…… ん、国交が無い……。


「父上、国交が無い国になぜうちの船が……」


ふと、密貿易という言葉が頭をよぎり、深く考える前に言葉が出てしまったが、これは聞かない方が良かった事かも知れない。 ……主に自分の保身的な意味で。


私の質問に「可笑しな事を聞くやつだ」といった様子で、父は答える。


「何故って、そりゃあ、商売を…… ああ、そういうことか。気にするな、名義上はうちじゃなくエイウスの商会名義だ。密貿易にはなっていない。関税もしっかり払っているしな」


父は私の質問の意図に気付き、途中から的を得た回答をしてくれたが…… 名義上って、それは「白に近い黒」という奴ではないだろうか?


「そう難しい顔をするな、少々危ない橋だが、王都の法匪が何を言おうと、言い逃れ出来るようにはしている。少なくともうちに何か被害が及ぶことはない」


どうやら、「白に近い黒」ではなく「黒に近い白」なようだ。小さな違いのようで大きな違いだ。まず第一に前者は罪問われるが、後者は罪に問われない。第二に前者はほとんどの人がやろうとしないが、後者はそれが自らの利益になるのなら頼まずともやる。


つまりは、枝葉末節を見て非難する輩に「違法ではない」と抗弁できるし、「あいつもやってた」と子供じみた言い訳をしつつ、「あいつ」を含めた愉快な仲間達と、道理を抑え、無理を通す事もできる。


 何が言いたいかというと、将来的にどこかの幼気な子供が、罪人の家族として刑場の露と消える可能性は低いということだ。


「理解してくれたかね」


「はい、十二分に理解しました」


 私は、含羞の笑顔を浮かべさせながら、答える。


「それではガス・ワイルダー殿は、何処から、どのように来て、うちとはどのような関係だろう?」


「さぁ、私には分かりかねます。ワイルダー殿はただの客人、うちとはそれだけの関係でしょう」


 父は、少し悩んだ後、大きく首肯する。


「……うん、まぁいいだろう。つまりはそういうことだ」


「はぁ」


 含みのある父の返しに、困惑が混じった返事を返してしまうが、どうやら、妥協点にはとどいたようだ。もう少し、おとぼけ(・・・・)を効かせたほうが良かったかな? いやはや、元の世界と違い、この世界で商人という職業をやるには、並大抵の面の皮ではやっていけないようだ。まぁ、面白、可笑しい頓智《とんち》劇を、公共の電波に乗せて、御世間様に御見せすることが、殆どないだけ、マシというものだろうか。


 まぁ、そんなことはさておき、祖父と、件《くだん》のワイルダーさんをを含めた数人が、我が家へとお出でになる。お出でになるならば、それなりの準備というものが必要だ。(主に心の……) ならば、彼らは何時ここへやって来るのだろうか?


「それで父上、おじい様達の到着は前回と同じくらいでしょうか?」


「ああ、それなら恐らく、ワイルダー殿とあちこち見て回ると書いていたので、前回より遅くなると思う。まぁ、あの父上の性格だ。殆ど真っ直ぐこちらに向かうか、これでもかと遠回りして来るかのどちらかだと思うがな」


 遅いか、早いか、なんとも自由奔放な方だ。昔は偉大な商人だったらしいが、現役時代もこうだったのだろうか…… まぁ、デレクさんの時を基準とすると、最短でも5~6日もの猶予があるわけだ。


 稲の生育の記録、以前に習った礼儀作法の復習、心の準備、全ての面において、それだけの期間があれば憂いなく祖父を迎えることが出来るだろう。……うん、そうであると願いたい。




 なんか、書いてるうちにウィル君のおじいちゃんに対する表現が過激になっちゃた。 まぁ、いいか(適当)


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